*2005年*
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十四番目の月
海月ルイ
☆☆☆
2歳の女の子が誘拐された!犯人は巧妙に警察の網の目をくぐり抜け、
身代金を手にした。身代金受け渡しの場所に指定されていたホテルで
演奏していたピアニストの奈津子は、独自に事件を調べてみようとする。
この誘拐事件には、隠された理由があった・・・。
誘拐で一番難しいのは、身代金の受け渡しだという。犯人はこの受け渡しを
あざやかに成し遂げてしまう。後手後手に回る警察の捜査。裕福な家の子供
でもない。身代金にしては少なすぎる2千万円という額。犯人の真の目的は
一体何だったのか?さまざまな謎があり、読み手を作品の中に引き込んでいく。
だが、途中の描写は少々退屈だった。もっとすっきりした描写ならよかったと
思う。ラストは逆にもう少していねいに描いた方がよかったと思う。読みながら
残りのページ数を確認したとき、「えっ!この残りのページ数で大丈夫?」と
思ったほどだった。あまりにもあっけない終わり方だった。
しあわせのねだん
角田光代
☆☆
物には必ず値段がある。だが、値段をつけられない大切なものも
たくさんある。日常生活の中で、物の値段との関わりをコミカルに
描いたエッセイ。
一人の女性としての角田光代さんがいる。彼女は普段どんな生活を
しているのか?どんなときにどんなふうにお金を使うのか?また
そのときにどんなことを思うのか?読んでいて興味深い面もあった。
また、彼女の金銭感覚に驚かされもした。だが、そこに書かれている
ことには、あまり共感できなかった。ただ淡々と読み進めていったという
感じだけの作品だった。もう少し読み手に伝わってくる手ごたえの
ようなものがほしいと思うのだが・・・。
蒲公英草紙
恩田陸
☆☆☆☆
槙村家の末娘の聡子様。体が弱く友達もいないため、峰子は父に頼まれ
話し相手になることにした。ある日槙村のお屋敷にやってきた不思議な
人たち。常野一族と呼ばれる彼らの力とは?峰子はそれを目の当たりに
することになる・・・。
遠くの出来事を感じたり、これから起こることを予知したり、人の思いを
感じたり・・・。常野の人たちの不思議な力。彼らはその力を隠し、
ひっそりと生きている。槙村家と常野一族の不思議な因縁は、やがて聡子の
運命を変えていく。峰子の口から淡々と語られる出来事は、読み手を、物語の
奥深くへといざなう。人にはそれぞれ生きていく意味がある。そして、
すべきことがある。そのことから目をそむけてはいけない。常野の人たちに
出会い、それぞれの道を歩み始めた人たち。彼らにとって日本は、光り輝く
国だったのだろうか?
ポーの話
いしいしんじ
☆☆☆☆☆
泥川でうなぎを捕る「うなぎ女」を母として、ポーは生まれた。
やがて彼は成長し、メリーゴーランドと一緒に盗みを働くようになる。
だが、ある年の夏に500年ぶりの大雨が町を襲う。濁流となった川は、
ポーをはるか彼方へと運んでいった・・・。心打つ、感動の作品。
読み終えたとき、何だか泣きたい気持ちになった。人が信じるもの、
大切なものは何だろう。そういうことに対する考えが、根本から崩れて
いくような気がする。私たちが今しがみついているものは、それほど価値の
あるものなのだろうか?ポーが見たもの、感じたもの、それこそが生きていく
うえで、かけがえのないものだったのではないだろうか?
「しあわせは、いいそらにつながっていく。」
「ポーのいちばんふかい底で、まちがったことをしないのがだいじ。」
ポーに語る人形の言葉が、とても心に残った。
黒笑小説
東野圭吾
☆☆☆☆
どんなに有名で偉くても、もらえるものなら賞はほしい!作家と編集者の
ホンネが見え隠れする話など、「黒い笑える話」13編を収録。
ブラックユーモア?はたまた痛烈な皮肉話とでも言おうか。作者の
毒舌ならぬ毒筆が冴え渡る。読んでいて胸にグサッとくる人もいるのでは?
どの話も笑える。だが、おかしいだけではない。その中にはよく読むと
恐ろしいことまで書いてある。ある薬の話・・・。もしこういう薬が
本当に出来たなら、世の男性たちはパニックに陥るだろう。もちろん
女性は大歓迎♪「東野さん、ここまで書いてしまっていいの?」この
作品を読んだ人は、きっとそう問いかけたくなるに違いない。
いつかパラソルの下で
森絵都
☆☆☆
父が嫌いで20歳のとき家を飛び出した。五年後、父が突然の事故死。
父の死後、父の秘密が明らかになったとき、野々は兄と妹とともに
父の生まれ故郷である佐渡へと向う。そこには今まで知らなかった
父の姿があった・・・。
家族の誰にでも厳しかった父が、実は浮気をしていた!
その衝撃的な事実に、残された家族は呆然となる。そして父が語っていた
「暗い血」という言葉。その事実を確かめるために、野々たち兄妹3人は
佐渡へと向う。そこで知らされた意外な事実!
現実はきっとこんなものなのだろう。拍子抜けするような事実。野々たちの
気持ちにも変化が生じる。愛しても愛されないこともある。受け入れても
受け入れられないこともある。だがそれも人生。そう思ったとき、父への思いも
変わってくる。「いつか、野々たちと仲良く語り合う日がきっと来る。」父も
そう思い、願っていたのかもしれない。
ルパンの消息
横山秀夫
☆☆☆
15年前の女性教師の自殺は、実は他殺だった!時効24時間前の
たれ込み情報は、警察を混乱の渦に巻き込んだ。15年前、3人の
高校生が計画した「ルパン作戦」。それはどういうものだったのか?
また、事件とどういう関係があったのか?ラストには驚愕の真実が
待っていた・・・。
たれ込み元が分からない情報・・・。時効まで24時間という限られた時間の
中で、はたして真実は見えてくるのか?緊迫した状況は、読み手にも緊張感を
与える。次第に明らかになっていく15年前の事件の夜のできごと。死んだ
女性教師の裏の顔。はたして犯人は誰なのか?ラストには驚かされた。だが、
詰めが甘く、多少の疑問も残る。前半がとてもよかったと感じるだけに、後半の
展開には不満が残った。けれど、作者の処女作ということで、楽しみ
ながら読んだ。非凡な才能をあらためて感じた作品だった。
幸福な結末
辻仁成
☆☆
移植された角膜が見せる一人の男の幻。角膜提供者の女性と、いったい
どんな関係があったのか?ブリュッセルから日本へ・・・。ヴァレリーは
ナツキマサトに会うためにやって来た。
角膜にも持ち主の思いが宿るのか・・・。ヴァレリーは次第に、自分だけに
しか見えない男性に惹かれていくが、それが自分の思いなのか、提供者である
ベアトリスの思いなのか分からなくなってしまう。確かめたくても確かめきれ
ないもどかしさ。ナツキは自分を愛してくれているのか?それとも自分の中に
ひそかに生きるベアトリスを愛しているのか?行き場のない「愛」が漂う。
作者の独特の感性が光る作品。だが、現実感がなく、ふわふわとしたあいまいな
印象を受ける。感動的な作品なのかと期待して読んだのだが、ちょっと裏切られた
感じだった。
ねこのばば
畠中恵
☆☆☆
江戸の大店の若だんな一太郎が出くわした三つの事件。お気に入りの
「桃色の雲」がなくなった。猫又が広徳寺に捕まった。その広徳寺で
一人の坊主さんが死んだ。これらはどこでどうつながるのか?表題作を
含む5つの作品を収録。
おなじみの、一太郎と妖たちがくりひろげる愉快な話。いつものように、
一太郎は体が弱く、妖たちは一太郎を心配しすぎ、一太郎の両親は一太郎に
甘く、そして友人の栄吉は菓子作りが下手だ。そんないつもの登場人物に出会え、
なぜかほっとする。江戸で起こる数々の不思議な出来事。その背後の隠された
真実に触れるとき、ちょっと切ない感じもした。謎解きと人情が見事に
溶け込んで、読後もさわやか♪また新たなシリーズを楽しみに待つことに
しよう。
闇先案内人
大沢在昌
☆☆☆
追う方もプロなら、追われる方もプロ。ひそかに日本国内に入った某国の
重要人物をめぐり、それぞれの国や機関の駆け引きが始まった。関東に
拠点を置く「逃がし屋」のリーダー葛原は、関西の「逃がし屋」成滝の
行方を追うが・・・。
ストーリーの構成、展開は抜群!追う者追われる者、その立場を逆転
させながらの攻防は手に汗握る。限られた時間の中で、集められた情報から
的確な判断を下し行動する葛原の姿は、読む者を惹きつける。プロとは
こういうものなのか!国や組織という強大な力を前にして、はたしてどれだけの
ことができるのか?スリリングな内容は、最後まで読者をハラハラさせる。
身分や立場を超えた男たちの友情も見逃せない。ただ、作品の中から作者の思いが
伝わってこない。そのことで、この作品が単なる娯楽作品になってしまって
いるのが少し残念だった。
花散る頃の殺人
乃南アサ
☆☆☆
ホテルの1室から、70代後半と思われる老夫婦の死体が発見された。
死因は青酸中毒。花の咲く季節に死を選んだ二人。「あの人たちは、
どんな人生を歩んできたんだろう。」音道貴子は、二人の足取りを
追い求める・・・。表題作を含む6つの作品を収録。
音道貴子32歳。警察官なのだけれど、一人の女性としてもきっちりと
描かれている。どの事件も、実際の日常の中で起こり得るものばかりだ。
背景にはやりきれないものもある。悩んだり、怒ったり、悲しんだりしながら、
彼女は事件解決のために奔走する。彼女の両親や妹たち、そして同僚や近所の
人たちとの関係も、読んでいて楽しい。これからもずっと彼女の活躍を見守って
いきたいと思っている。
光の帝国
恩田陸
☆☆☆
膨大な情報を暗記する力、遠くで起こった出来事を知る力、予知力など・・・。
不思議な力を持った人たちが、社会の中でひっそりと暮らしている。
彼らが住んでいた「常野」とは?そして、彼らの未来は?不思議な出来事を
つづった連作短編集。
特殊な能力を、決して人に知られてはいけない。普通の人間として暮らすための
絶対条件だ。私たち一般人からすればうらやましいと思うが、その特別な力は、
時にはその人自身を滅ぼす結果にもなってしまう。力を持つことが幸せなことなのか
不幸なことなのか、それは一概には言えない。しかし、彼らにしか出来ないこともある。
ある意味、彼らは選ばれた人間なのかもしれない。これから常野の人たちはどうなって
いくのだろう。作者への期待が大きく膨らむ。
透明な旅路と
あさのあつこ
☆☆☆
真っ白な女の首を絞めた・・・。いつ事が発覚するだろう?
そんな不安の中、吉行は車を走らせる。旧道に入ったとき、
幼い少女を連れた少年が現れる。やがて3人は、少女の家があるという
「尾谷村」を目ざすが・・・。夢かうつつか?不思議な旅が始まった。
不思議な話だった。どこまでが現実なのだろう。全ては吉行の心が作り
出したものなのだろうか?去っていった妻と子、殺してしまった行きずりの
女。吉行の心のすきまに少年と少女が入り込む。読んでいくうちに、この二人の
存在だけでなく、吉行の存在さえ現実のものかどうか疑わしくなってしまう。
旅の果てに吉行が見たもの、それだけが確かな真実となって迫ってきた。
噂
荻原浩
☆☆☆
「ニューヨークからやってきた殺人鬼レインマンは、さらった女の子の
両足首を切り落とす。」
こんな噂が、やがて現実のものとなる・・・。犯人はいったいだれなのか?
そしてその目的は?渋谷を舞台にしたミステリー。
香水の販売戦略だったはずの「噂」が一人歩きし始める。足首を切断された
少女の死体が発見されたとき、噂は現実のものとなった。誰がどんな目的で?
刑事の小暮は必死で追い求める。見えてきたのは、今どきの
少女の姿。その姿は、同じ年頃の自分の娘と重なって見える。つかみどころの
ないものを求めて渋谷を歩く小暮の姿に、ちょっと哀れっぽさを感じた。
ストーリーの展開も人物描写もとてもよかった。だが、真相にはちょっと不満。
犯人の動機に納得の出来ないものを感じた。だが、ラストは意外だった。それと
最後の1行。これがたまらなく怖かった。「えっ!?」と思った瞬間、背中が
ぞぞ〜〜っと・・・。
アイズ
鈴木光司
☆☆
「連絡が取れない友人のアパートを訪ね、鍵穴から中を覗いてみた。
そこに見えたものは?」「家の白い表札に赤いマジックでマーキング
する男の真意は?」「死体に突き刺さっている棒は自分しか見えない・・・。」
過去が現実につながったとき、そこから生まれる数々の恐怖を描いた作品。
「因縁」という言葉の持つ恐ろしさ。過去から未来へつながる時間の流れの中に、
人の思いは変わることなく漂っている。「つながり」という糸をたぐりよせたとき、
その先に結ばれているのは一体何か?読んでいて何ともいえない怖さを感じる。
ただどの作品もインパクトが弱いと思う。読んでいて少々退屈に感じてしまうのが
残念だった。
半島を出よ
村上龍
☆☆☆☆
北朝鮮の9人のコマンドが福岡ドームを占拠!なすすべもないまま2時間後には、
輸送機で運ばれてきた484人の特殊部隊を受け入れざるを得なかった・・・。
日本政府による福岡封鎖!北朝鮮はさらに12万人もの後続部隊を日本に上陸
させようとする。無力な日本政府に代わり、ある若者の集団が立ち上がる。
北朝鮮との緊迫した関係を考えると、読んでいて恐ろしい気がした。もし
同じようなことが実際に起こったら、日本はやはりきちんとした対策はとれないの
ではないだろうか。そう考えるとたまらなく不安になる。日本は決して安定
した土台の上に乗っているわけではないのだ。いつ足元が崩れるか分からない。
作者は日本経済の危うさにも警鐘を鳴らしている。それにしても、日本を救ったのが
社会からはじかれてしまった若者たちというのは、何とも皮肉なことだった。
作者の思いが込められた、ラスト1行の言葉が胸にしみる。
雨恋
松尾由美
☆☆☆
ニューヨークに行く叔母に頼まれて、マンションの留守番をすることに
なった渉。雨の日に彼の前に現れたのは、以前この部屋で死んだ女性だった。
彼女の名前は小田切千波。自分を殺した犯人を捜していた・・・。
雨の日だけに現れる千波。なぜ死んだのか?真相が少しずつわかるたびに、
最初は声だけだった彼女の姿も少しずつ見えてくる。初めは気味悪がって
いた渉だが、次第に彼女に惹かれていく。だが、どんなにお互いを思っても、
決して結ばれることはない。そして全てが明らかになったとき・・・。
ラストは予想がついたけれど、それでもたまらなく切なかった。
銭売り賽蔵
山本一力
☆☆☆☆
公儀が金座後藤家を督励して開所を進める亀戸銭座。銭座請け人、橋本、
中西、千田の3人は、深川銭座の行く末を、両替商ではなく、町場の銭売りの
賽蔵に託すことを決心する。深川銭座の生き残りをかけた賽蔵の勝負が始まろうと
していた・・・。江戸深川を舞台にした心温まる物語。
作者得意の江戸人情物語。今回の舞台は深川銭座。銭にかける熱い思いを描いて
いる。「困っているときはお互いさま。」この言葉が心地よく響く。支えあって
生きていく人々。義理と道理を重んじる世界。当時の暮らしぶりがいきいきと
伝わってくる。一人では無力かもしれない。でもみんなが力を合わせれば、困難な
ことも乗り越えられる。読みながらそう思った。亀戸銭座と深川銭座の勝負の
行方は?やはり人情は強かった!
檸檬のころ
豊島ミホ
☆☆☆
田舎の高校で、コンビニもないところだけれど・・・。そんな高校での
レモンのような甘酸っぱい出来事を、連作という形で描いた作品。7つの
短編を収録。
高校時代なんてもうずいぶん昔のことのように思える。あの時どんな
ことを考え、どんなものを見つめていたのだろう。この作品は忘れて
しまっていた高校時代を懐かしく思い出させる。友達関係、恋愛、
将来の道・・・などなど。昔も今も、悩んでいることは同じなのだ。
その頃は早く大人になりたいと思っていたが、今はもう一度高校生活を
味わってみたいと思う。過ぎ去ってから、その時がどんなに大切な
時だったのかが初めて分かる。読んでいて、作者の思いが優しく伝わって
くる作品だった。
なかよし小鳩組
荻原浩
☆☆☆☆
ユニバーサル広告社は中小企業。景気がよくなく仕事もない。
そんな時、待ちに待った仕事が!だが依頼主は指定暴力団
「小鳩組」だった・・・。はたして無事仕事をやり遂げることが
できるのか?
ユニバーサル広告社は社長の石井、社員の杉山、村崎、猪熊など
個性豊かな人ばかり。暴力団からの仕事の依頼を無事こなせるのか?
難問は山積みだ。杉山も、自分個人の悩みを抱えながら奮闘する。
「小鳩組」を売り込む最善の方法は?小鳩組の組員に脅されながらの
日々。だがラストに杉山は思う。「俺と同じだ。不安と臆病を抱えて
生きている者同士だ。」怖そうに見える組員も、実は自分と同じ
人間なのだと。人はそれぞれ生きている環境が違う。だがそれぞれの
環境の中で、一生懸命に生きていこうとする姿は同じなのだ。ユーモア
あふれる作品の中にすてきな人間ドラマをちりばめた、とても楽しい
作品だった。
「藪の中」の死体
上野正彦
☆☆☆
ミステリー作品の中の死体を検死してみれば、意外なことが見えてくる・・・。
もと東京都監察医務院の監察医の著者が、今までの経験からさまざまな事例を
検察する興味深い作品。
事件が迷宮入りすることを「藪の中」と言うが、その語源が芥川龍之介の
同名小説からきているとは知らなかった。著者は「藪の中」だけではなく、
谷崎潤一郎、森村誠一、横溝正史そしてエドガー・アラン・ポーの作品にも、
監察医としての目を鋭く向けている。また、今までに起こった注目すべき
事件にも、専門家としての意見を述べている。読んでいて面白かった。
これからますます多種多様化するであろう犯罪。たった一つしかない真実を
見極める監察医の必要性が、より求められていくに違いない。
図書館の水脈
竹内真
☆☆☆
村上春樹の「海辺のカフカ」を読み、四国への旅を思いつく
ワタルとナズナ。一方作家の甲町岳人も「海辺のカフカ」に導かれ、
四国を目指していた。やがて3人は出会い・・・。一冊の本が
人と人との絆を作っていく物語。
図書館や本が、見知らぬ人たちを出会わせる。その不思議なつながり。
一作品が何千人、何万人に読まれることを思えば、あり得ないこと
ではないのかもしれない。本が人との絆を作るというのは、本好きの
私にとってはたまらなく楽しい♪ワタルやナズナ、そして甲町のように
好きな本を携えて旅に出たくなる。
作者は村上春樹の作品をとても大切に思っている。そのことが行間から
にじみでていた。村上春樹ファンの人にもぜひ読んでもらいたい。
草原からの使者
浅田次郎
☆
各界の名士が集まる「沙樓」。そこで語られるのは、それぞれの
人たちの秘められた話だった。決して公には話されることのない
その話の内容とは・・・?表題作を含む4つの話を収録。
人それぞれ生きていればいろいろなことがある。人生の岐路に立たされた
とき人はどうするのか?「宰相の器」、表題作の「草原からの使者」では
そのことをテーマに描いている。だがどちらも現実離れした話で、内容的には
受け入れ難い。「終身名誉会員」も作者の言わんとしているところが理解
できない。最後に収められた「星条旗よ永遠なれ」はおふざけとしか思えなかった。
久々に読む浅田作品だったが、がっかりだった。
生首に聞いてみろ
法月綸太郎
☆☆☆☆
高校時代の後輩の田代周平から写真展の案内が届き、そこを訪れた
綸太郎は、彫刻家川島伊作の娘江知佳と知り合いになる。川島伊作は
胃がんの手術後退院して、江知佳の石膏像を作成していたが急逝する。
残された石膏像は、何者かによって首から上が切り落とされていた!
そして江知佳自身も・・・。
500ページ近い長編だが、最初から最後まで読者を飽きさせない内容だった。
一人一人の人物描写もていねいで、それぞれの個性がよく分かり、作品を厚みの
あるものにしている。複雑に絡み合った人間関係。「犯人は誰か?」ラストまでの
構成力もすぐれていると思う。ただネタばれになると困るので詳しくは
書けないが、川島家の過去のいきさつなどについて不自然さを感じるところが
あり、ちょっと残念だった。全体としては、面白い仕上がりの作品だと思う。
Good Luck
アレックス・ロビラ フェルナンド・トリアス・デ・ベス
☆☆
セントラルパークで54年ぶりに再会したマックスとジム。
仕事が順調にいったマックスは仕事に失敗したジムに、
「運と幸運」の違いについてのおとぎ話を語り始める・・・。
魔術師マーリンが語る「魔法のクローバー」。それを手に入れた者
すべてに幸運をもたらしてくれるという。だがあまりの困難さに多くの
騎士たちがクローバー探しを断念する。残った騎士は二人。彼らの
行動は対照的だ。一人はただあちこち探すだけ。もう一人はなぜ見つから
ないのか、その原因を一つ一つ取り除きながら進んで行く。どちらの騎士が
クローバーを手に入れたかは明白だ。「幸運は自らの手で作り出す」。
この作品は、どんなときにも希望を捨てずに努力する心が必要だと語って
いる。
天国で君に逢えたら
飯島夏樹
☆☆
国立がんセンター中央病院に設けられた「手紙屋Heaven」。
そこを訪れる人たちは病に侵され、心に悩みを持つ人たちだった。
手紙代筆屋で精神科医の野々上純一と、彼に関わる人たちの出来事を
描いた心温まる物語。
がんになった人たちの気持ちは、同じ病気にならなければ分からないだろう。
作者の置かれた状況を思うと、読みながら切ない気持ちになった。しかし、
ひとつの作品として冷静に見たとき、ここに書かれている内容は読者の心には
届きづらい感じがする。本当はもっと感動できる話のはずだと思うのだが、
描かれ方がいまいちという印象だ。ただ、がんという病気が不治の病で
なくなる日が、一日でも早く来てほしいと切実に思った。
小説以外
恩田陸
☆☆☆☆
作家恩田陸の素顔は?どんな生活をして、何を考えてきたのか?デビューから
14年分のエッセイをまとめた、ありのままの恩田陸を知ることのできる
貴重な作品。
面白い。とにかく面白い。今までにいろいろなエッセイを読んできたが、
これほど面白いと思ったことはない。あらためて物書きとしての恩田陸の
すごさを知った。この本の中には等身大の彼女がいる。いろんなことに
悩んだり、笑ったり、泣いたり。日常の過ごし方から、読んできた漫画や
本の話、好きなお酒、好きな映画、好きなテレビ番組も♪彼女の作品からは
ちょっと想像できない気さくな人柄がそこにはある。恩田陸の新たな魅力
発見!そう言っても過言ではない。これからもたまには彼女のエッセイを
読んでみたい。恩田さん、また書いてください!
むかしのはなし
三浦しをん
☆☆☆
「昔々あるところに・・・」で始まる昔話をもとに、作者の独特の
感性で描かれた7つの作品を収録。
ここに収められている7つの作品のもとになっている話は、かぐや姫、
花咲か爺、浦島太郎、桃太郎など、誰もが知っている話ばかりだ。
昔話は単なる子供の話ではないという。その中には教訓や、警告、
暗示などさまざまなものが秘められているそうだ。作者はそれらを引っぱり
出し、独自の解釈で現代の昔話を作り上げた。この作品が時を経て真の
昔話になった時、それを読む人たちはいったいどう感じるのだろう。
今私たちが住んでいるこの時代を・・・。
神様からひと言
荻原浩
☆☆☆
中途入社した会社はどうしようもない会社だった。不本意な異動で
「総務部お客様相談室」へ回された佐倉涼平。そこでの日々は
頭を下げることばかりだった。辞めるに辞められない・・・。
はたして生き残るためにはどうすればいいのか?サラリーマンの
悲哀を描いた作品。
利益優先。原材料は出来るだけ安くする。お客様の苦情は聞き流す。
創業者の思惑とはまったく別の方向に突っ走る珠川食品。そこには
本気で会社のことを考える人間なんてだれもいない。こんなに極端な
会社は現実にはないと思うけれど、似たような会社ならありそうな気が
する。最後に涼平がとった行動は・・・?普段ふんぞり返っている
お偉方をぎゃふんと言わせるのは痛快♪楽しい作品だった。
死亡推定時刻
朔立木
☆☆☆☆☆
一人娘の美加が誘拐された!渡辺恒蔵と美貴子は1億円を用意し、犯人が
指定した場所へと向うが・・・。誘拐、犯人逮捕、そして裁判までを描いた
異色のミステリー。
身代金の受け渡しが失敗し、美加は死体となって発見される。そして犯人逮捕。
一人の人間がこんなにも簡単に犯人にされてしまうものなのか!冤罪の何もの
でもない。しかし、逮捕された小林昭二に救いの手を差し伸べる者は誰もいない。
弁護士さえも彼の味方ではなかった。警察の手によって都合のいいように作られた
供述書が、真実となって一人歩きする。読んでいて怒りさえ感じた。そして同時に
恐ろしさも・・・。冤罪だと証明することがこれほど困難なことだとは
思わなかった。重く、そして深い内容の、読み応えのある作品だった。
オロロ畑でつかまえて
荻原浩
☆☆☆
過疎に悩む牛穴村。村おこしをしようと、慎一たちは東京の広告会社を
訪れる。そこで生まれた村おこしの奇抜なアイディアとは・・・?
ど田舎だけれど、そこに住む人たちは個性豊かな人ばかり。そして、純粋で
温かい。村おこしのアイディアは、とにかく笑える。関わる人たちが真剣に
やろうとすればするほど、読んでいておかしさがこみ上げる。ラストはどう
なるのかとハラハラしたが、みごとにまとめられていた。読後もさわやか♪
楽しい作品だった。
優しい音楽
瀬尾まいこ
☆☆☆☆
人と人とが出会い、そこからいろいろな思いを紡いでいく。優しい時間、
優しい関係、そして優しい心。読んでいて心が温まる3つの作品を収録。
恋人に亡き兄の面影を重ねる「優しい音楽」、不倫相手の子供を預かる
「タイムラグ」、人間を拾ってきた「がらくた効果」。どの作品もそれ
ぞれにとても優しく描かれている。人と人との出会いや関わりは、思いがけない
ところから生まれる。この作品に登場する人たちは、そういうことをとても
大切にしている人ばかりだ。読んでいて心が癒されてくる。そして優しい
気持ちになってくる。心の清涼剤のような作品だった。
辰巳八景
山本一力
☆☆☆
時が流れ、季節が移り変わっても、変わらないものがそこにはあった。
江戸の町に生きる人たちのさまざまな思いを、しっとりと描いた8編の
作品を収録。
ろうそく問屋のあるじ、煎餅屋の娘、辰巳芸者、鳶の女房など、この
作品に出てくる人たちは、江戸の町に根づき暮らしている人ばかりだ。
それぞれに、時には苦悩し、時には涙し、そして時には笑顔で人生を
送っている。思いは違えども、一生懸命生きていることに変わりはない。
作者は温かなまなざしでそれを描いている。どの作品も江戸に生きる
人たちの人情があふれている、ほろりとくるものばかりだった。
象の消滅
村上春樹
☆☆☆
ある日、象と飼育係が忽然と姿を消した。それはまるで「消滅した」と
いう消え方だった。象の最後の目撃者である男は、そのときにいったい
何を見たのだろうか?表題作「象の消滅」を含む17編を収録。
以前、この作者の別の作品を読んだときにも感じたことだが、文字の持つ
意味だけをとらえようとすると、彼の作品は理解できないような気がする。
文字の裏に隠されたもの、それはいったい何なのか?読んでも読んでも
つかめないこともあるが・・・。また、同じ作品でも、いつも同じ姿で読者の
前には現れてくれない。読むたびに色も形も変わっている。彼の作品は多彩な
面を持っている。
この作品からは、何気ない日常の中で人の心が変わる瞬間や、人が心の奥に何を
秘めて生きているのか、そういうものがぞくっとするほど激しく伝わってくる。
人の本質を見つめようとする作者の思いが込められているのだろうか?とても
不思議な雰囲気を持った作品だった。
関ヶ原
司馬遼太郎
☆☆☆
天下分け目の戦いといわれた「関ヶ原の戦い」。東軍の徳川家康、西軍の
石田三成。どのようにしてこの戦いが起こったのか、またどのようにこの
戦いが進んでいったのかを、史実をまじえながら作者独自の視点で描いた作品。
戦いとは、力と力がぶつかりあうだけではない。力がぶつかりあうのは戦いの
最終段階だ。それまでに行われる裏での工作。敵か味方か、時には判断に迷う
こともある。日和見主義を決めこむ者もいるだろう。石田三成は智将といわれた。
しかし、その人柄は人をひきつけるものではなかった。そこに彼の弱点があった。
「智」だけでは勝てない。「関ヶ原の戦い」はそのことを三成に思い知らせる。
歴史が大きく動いた「関ヶ原」。この作品は、400年前の世界を存分に楽しませて
くれた。
ボーナス・トラック
越谷オサム
☆☆☆☆
ひき逃げ事件を目撃!その直後から、草野はひき逃げされ死んでしまった
横井亮太の幽霊に、まとわりつかれることになる。彼らは協力してひき逃げ犯を
見つけ出そうとするが・・・。ちょっぴり怖くて、ちょっぴり切ない物語。
起こった事故は悲惨だし、幽霊にまとわりつかれるというのも怖い。しかし、
明るくさらりと好感が持てる描き方だ。死んでしまった亮太にも悲壮感が
まったくない。ただ、ひょうきんな彼がときおり見せるホンネの心が切なくて、
ぐっとくる。誰だって死にたくはない。まして突然の事故でなんて・・・。
悲しむ両親の姿を、幽霊の亮太が見るシーンは胸に迫るものがあった。
ラストにも、ホロリとさせるものがある。死んでしまっても決して終わりで
はない。そう信じたい気持ちになった。
君たちに明日はない
垣根涼介
☆☆☆☆
リストラの作業を、いろいろな会社から請け負う村上真介。
面接を受けに来た人に、怒鳴られたり、泣かれたり、うらまれたり・・・。
だが、首を切る側と切られる側の狭間で、今日もめげずに仕事する。リストラに
まつわる五つの短編を収録。
リストラする方もされる方も必死だ。生きていく現実の厳しさ。自分が生き残る
ためには一体何をすべきなのか?内容は切実だが、作者は軽快なタッチで
描いている。涙あり、笑いあり、男と女のドラマあり。読んでいて「人生何が
あっても、どうにかなるさ!」そんな気持ちにさせられる。どんな時でも誰にでも、
明日は必ずやって来る!明日は絶対にあるのだ。
古道具中野商店
川上弘美
☆☆☆
小さな一軒の古道具屋。そこで働く人にも、そこを訪れる人にも、
それぞれの思いやドラマがあった。さりげない日常の出来事を、
心温まるタッチで描いた作品。
妻がいるのに、愛人をつくってしまう古道具屋の主人の中野さん。愛する
男との生活を大切に思う中野さんの姉のマサヨさん。そして、タケオとの
恋に悩むヒトミ。小さなお店を舞台にした話だが、そこに集う人たちの
思いは深く、果てしない。現代の話なのに、どこか懐かしいにおいを
感じさせる・・・。昔なくしてしまったものを思いがけずに見つけたような、
そんな気持ちにもさせてくれる・・・。不思議な雰囲気を持った作品だ。
さて、ヒトミとタケオの恋の行方は?読んだ人は、ほのぼのとしたものを
感じるだろう。
駆けこみ交番
乃南アサ
☆☆☆
不眠症で眠れないとき、いつも交番に顔を出す文恵。そんな文恵を
優しく迎える新米警察官の聖大。文恵に気に入られた聖大は
「とどろきセブン」と名乗る7人の老人たちに助けられ手柄を
たてるが・・・。面白くも、ちょっと切ない物語。
近所の人たちが気軽に寄ることの出来る交番。困ったときは何でも
相談できる交番。こんな交番が実際にあったならきっと楽しいだろう。
地域に根ざし、その地域の人たちとの細やかな交流を通して犯罪を
防いだり、解決したり。聖大とお年寄りたちの様子がなんともほほえましい。
読んでいて楽しい作品だったが、聖大の言葉遣いがちょっと気になった。
「ス」を使い過ぎているのでは?
しゃばけ
畠中恵
☆☆☆☆
外出先から帰る途中、殺人事件を目撃!しかも殺人犯に追われるはめに!
一太郎を危機から救ったのは付喪神だった。その後も殺人事件は次々に
起こる。事件の裏に隠された謎を探るため、一太郎は妖たちと解決に
乗り出すが・・・。日本ファンタジーノベル大賞優秀賞受賞作品。
身体が弱く何度も死にかけている一太郎。そんな一太郎を守る妖たち。
そして一太郎の家族や友人の栄吉、日限の親分、下っぴきの正吾。
一人一人の個性がきっちり描かれている。だから読んでいて一人一人が
作品の中で鮮やかに浮かび上がる。連続殺人事件の下手人も心の底から
憎めない。どこか哀れさを感じさせる。ハラハラドキドキの展開。そして、
ラストに語られる一太郎の隠された秘密・・・。まさに江戸の町のファンタジー♪
さてこれから先、一太郎と妖たちの関係はどうなっていくのやら?楽しみ
でもあり、心配でもあり(笑)。
砦なき者
野沢尚
☆☆☆☆
売春の元締めとして報道された女子高生が全裸で自殺!恋人だと名乗る
八尋樹一郎は、彼女を自殺に追い込んだのは首都テレビだと激しく抗議
する。そのことがきっかけになり彼はたびたびテレビに登場し、そして
若者のカリスマ的存在になっていく。彼によって仕掛けられた罠に落ちた
テレビマンたちは、彼の正体を暴こうとするが・・・。
テレビというメディアが、八尋のような邪悪な怪物を作り出し育ててしまった。
彼はメディアを利用し、自分自身をカリスマ的存在にしてしまう。彼を敬い
慕う若者たち。それは一種の洗脳のようで、読み手をぞっとさせる。テレビが
映し出すのはあくまでも表面的なものだ。内部にどんなものを抱えていようとも
決してさらすことは出来ない。視聴者はある一面だけを見て、それがすべてと
思い込んでしまう。悪意があれば、テレビを通して視聴者をだますことさえ
出来る。架空の話だと思いながらも、読んでいて恐怖を感じる。こういうことが
現実に起こりうる可能性があると、心のどこかで思っているからに違いない。
メディアの持つ危険性を見事に描ききった作品だと思う。
残響
柴田よしき
☆☆☆
暴力団員だった石神と離婚し、ジャズシンガーとしての道を歩む
杏子。彼女には人に知られたくない能力があった。「その場所に
残された過去の声が聞こえる。」警察はこのことを利用し、解決が
困難な事件の真相に迫ろうとするが・・・。連作ミステリー。
石神の杏子に対する暴力がこの能力を引き出したのかもしれない。
杏子がこの能力を使おうとするときは、いつも心に痛みが走る。
ある場所に、ある人の思いが残っている。それを感じることの出来る
能力は、不幸な能力だと思う。知らなくてもいいことまで知ってしまう。
だが杏子は強くなっていった。この能力をコントロール出来るようになり、
そして最後に聞いた声は・・・。ここから彼女の本当の人生が始まるのだろう。
破線のマリス
野沢尚
☆☆☆☆
報道番組「ナイン・トゥ・テン」の中の人気コーナー「事件検証」を
担当するのは遠藤瑤子。彼女は映像に「実」と「虚」を巧みに入れ、
視聴者の心をつかんでいた。ある日彼女の元に内部告発のビデオを持った
男が現れる。巧妙に仕掛けられた罠が、彼女を待ちかまえていた・・・。
江戸川乱歩賞受賞作品。
映像は視聴者にきっかけを与えるだけ。見てどう判断するのかは視聴者しだい。
だがそれは作り手側の詭弁にすぎない。一人の男が容疑者扱いされる。
その中では容疑者と断定していなくても、見ている側にはそうとしか思われ
ないように作られた映像・・・。映像が一人の人間を破滅させるさまは
ぞっとするほど恐ろしい。だが瑤子を支えてくれるはずの映像は、今度は
彼女自身に牙をむく。追い詰める側から追い詰められる側へ。そして行き着く
先は・・・?最初から最後まで続く緊迫感は、読み手を作品の中へと
引きずり込む。一気読みだった。
安政五年の大脱走
五十嵐貴久
☆☆☆☆
側室の話を断った津和野藩の美雪姫。怒った大老井伊直弼は津和野藩に
謀反の疑いをかけ、藩士51人と姫を山頂に幽閉する。まわりが断崖絶壁の
山頂からは脱出不可能か!だが、彼らは決してあきらめなかった。
厳重な警戒。まわりは断崖絶壁。不可能と思われた脱出だが、藩士たちは
知恵をしぼって試みる。満足な道具もなく、工夫に工夫を重ねながら
彼らは挑む。そこには権力に屈することのない強い意思があった。
奇想天外なラストには拍手。人の心を動かすのは、権力でもお金でも
ない。やはり人の心だと思う。それに気づかなかった井伊直弼は
愚かだった。読後もさわやか♪楽しい作品だった。
未練
乃南アサ
☆☆☆☆
いつも通うカレー専門店「紫陽花亭」の主人に対し、「こいつは人殺しだ!」と
怒鳴る男。いったい二人の男の間には何があったのか?表題作を含む5編を
収録した、女刑事音道貴子シリーズ。
事件に関わる刑事としての彼女も好きだが、一人の人間としての彼女も好きだ。
作者は音道貴子の魅力を存分に描いている。また、起きる事件の背後にある
さまざまな人たちの生きざまも、ていねいに描いている。「犯罪」は憎むべきものだ。
しかし、起こした人間の心の奥をかいま見るとき、心の底から憎めなくなってしまう。
音道貴子の苦悩もそこにあるのではないだろうか。やりきれない事件を扱った話も
あったが、音道貴子をより身近に感じられる作品だった。これからもずっとこの
シリーズが続いてほしいと思っている。
むこうだんばら亭
乙川優三郎
☆☆☆☆
「いなさ屋」。そこにはいろいろな人生を抱えた人たちが集まってきた。
「いなさ屋」の主人孝助やそこで働くたかにも、人には決して言えない
つらい思いがあった。そんな人たちがそれでも必死に生きようとする姿を、
しっとりと描いた作品。
人の一生は、海を漂う小船のようなものかもしれない。風雨にさらされ、
波にもまれ、時には海の底に沈みかける。けれど、人は浮き上がらなければ
ならない。どんなことをしてでも生きていかなければならない。悲しいほどの
決意が、読む者の心を打つ。話に派手さはない。むしろ暗い話が多い。だが、
読んでいて希望を感じることが出来るのは、そこに描かれている人たちが
どんな状況になっても決してあきらめない強い気持ちを持っているからだ。
心にじんわりとしみてきて、余韻が残る作品だった。
ミッキーマウスの憂鬱
松岡圭祐
☆☆☆
人々に夢と希望を与える東京ディズニーランド。21歳の後藤は、
あこがれのディズニーランドでバイトをすることになった。
張り切って仕事をしようとする彼だが、ディズニーランドの裏側の
実態をいやというほど知ることになる。その実態とは?
一歩踏み込んだらそこは別世界。まるで異次元の世界に迷い込んだようだ。
ディズニーランド♪初めて入った人はきっとそう感じるに違いない。夢の
ある世界で、夢のある仕事をしたい。そんな後藤の願いは1日目から
砕け散ることになる。正社員、準社員間の確執。また、準社員間でも
トラブルが起きる。夢と現実の違いは大きかった。だが彼は、さまざまな
出来事を通して知ることになる。「自分たちがこのディズニーランドを
支えている!」と。ディズニーランド・・・。いつまでも人々に夢を与える
場所であってほしい。
ふしぎな図書館
村上春樹
☆☆☆
いつもの図書館にいつものように本を返して、いつものように本を
探していただけなのに・・・。図書館にとらわれた「ぼく」は、はたして
無事に家に戻れるのか?大人のためのファンタジー。
いつもの図書館がいつもの図書館ではなくなる。日常の当たり前が
当たり前ではなくなって、別の世界が現れた!だが「ぼく」はそれほど
驚きもせずに受け入れる。村上春樹の独特の世界が広がっている。
怖いような話だけれど、怖さを感じさせない。悲しいような話だけれど、
悲しさも感じさせない。「無」から生まれて「無」に還るようなそんな
話だった。「ぼく」に残されたものはいったい何だったのだろう?
それを考えるのは、やはり読者なのだ。物語に添えられている絵もとても
素敵だった。(絵は佐々木マキさん)
れんげ野原のまんなかで
森谷明子
☆☆☆
「秋葉図書館」。そこはすすきがおいしげる斜面のど真ん中にあった。
移りゆく季節の中での図書館と人々のかかわりと、日常の中にひそむ謎を
描いた、ほのぼのとした物語。
時間がゆったりと流れる静かな雰囲気。季節の移り変わりを愛でながら本が
読めたら、こんな幸せなことはない。そんな穏やかな図書館にも、ささやかな
事件が起きる。図書館に勤める能勢は、人々の話やさまざまな出来事の断片を
集め、見事に推理していく。そして、そんな能勢を見つめる文子。やがて図書館の
まわりにはれんげの花が・・・。「こんな図書館があったなら!」読んでいて
うらやましく思った。本好きの私にはたまらない1冊だった。
だいこん
山本一力
☆☆☆☆
江戸の町に、人々に愛され繁盛している「だいこん」という一膳飯屋が
あった。その店を切り盛りするつばきと、つばきを取り巻く人々の、
心温まる人情物語。
幼い頃から両親を手伝い、妹たちの面倒をみてきたつばき。やさしさと
強さを備えたその性格は、誰からも愛された。得意な料理を生かすため
一膳飯屋を始めるが、その商才には目を見張る。店は味だけで繁盛する
わけではない。店とお客の信頼関係も大切なことだ。読んでいて
「なるほど!」と思うところが何箇所もあった。店は人々から愛された。
だがつばきには、一人の女性として幸せになってほしい。読後そんな
思いが残った。
九月が永遠に続けば
沼田まほかる
☆☆☆
離婚した後、一生懸命息子を育ててきた。だがその息子はゴミを
捨てに行ったまま戻らなかった。息子にいったい何があったのか?
息子文彦の、佐知子が知らなかった面が明るみに出ようとしていた。
息子の失踪により、息子のまったく知らなかった一面を知る。それは
母親にとっては残酷なことかもしれない。自分の腕の中にいると思って
いたが、実はすでに手の届かないところに息子はいた。失踪をきっかけに
さまざまな事が見えてくる。自分の家庭、離婚した夫の新しい家庭。
いろいろなものを巻き込んで、物語は思わぬ方向へ・・・。読み手を
のめり込ませる力のある作品だと思う。しかし、失踪の理由や、複雑そうに
見えて実際にはそれほど複雑ではない人間関係などに、少々不満が
残った。ラストにも意外性がほしかった。
ナラタージュ
島本理生
☆☆☆
愛した人は手の届かない人。抑えても抑えても思いがつのる。
自分の心が壊れてしまうほどに人を愛した泉の物語。
あこがれがいつしか愛情に変わる。だがどんなに愛しても報われる
ことはない。そのことが分かっていても進まずにはいられない。
泉の葉山への思いはとても激しいはずなのだけれど、読んでいて
もどかしいほどそれが伝わってこない。物語の流れも、あまりにも淡々と
しすぎているような気がした。泉や葉山の苦悩がもっと伝わってくれば、
もう少しそこから読み取れるものがあったと思う。透明感のあるきれいな
文章でつづられた作品だけに、ちょっと残念だった。
電車男
中野独人
☆☆☆☆
電車の中でわめきたてる酔った爺さんから、若い女性を救った電車男。
彼女からの贈り物をきっかけに、彼は彼女をデートに誘いたいと、
インターネットサイトの掲示板にSOSを発信。さて、結末は?
正直言って、最初パラパラと本をめくった時はあまり期待していなかった。
だが、読み進めるうちに次第に引き込まれていった。名前も顔も知らない
一人の男の恋の行方に、こんなにも大勢の人たちが力を貸してくれるもの
なのか!時には励まし、時には叱咤し、仲間たちは電車男を見守っていく。
だんだんと自分に自信を持っていく電車男。そして・・・。最後は泣けた。
ネット社会にはさまざまな問題点がある。しかし、こういうほほえましい話もある。
そう思うと、とても救われる気がした。読む人すべてに感動を与える本だと思う。
最後の願い
光原百合
☆☆☆☆
日常の中で起こる他愛もないこと。だがその裏には隠された事実があった。
新しく劇団を作ろうとする度会(わたらい)と相棒の風見は、人材探しの
過程で出会う謎を解いていく。日常に潜むミステリーを描いた作品。
何気ない出来事だと思っていたことが、実は思いもよらぬことだった。
ただ人の話を聞いただけで、度会や風見はその謎を解いていく。隠されて
いたものは人のねたみや、悲しい思い出、切ない友情・・・。どの話も
それぞれにしっとりとした味わいを持っていて、心にしみる。個性豊かな
人たちが集まる劇団Φ(ファイ)。こんな劇団が実際にあったならどんなに素敵だろう。
そんなことも考えてしまった。
人生ベストテン
角田光代
☆☆☆
13歳のときにつき合っていた彼は、今はどんなふうになっているのだろうか?
同窓会で25年ぶりに有作に会うのを楽しみにしていた鳩子。だがやっと会えた
彼は・・・。表題作を含む6つの作品を収録。
どこにでもありそうな話しばかりが6つ。彼と別れようか悩む女性、40歳に
なるのに、いまだに独身でいることに愕然とする女性、夫以外の男性とのデートに
あこがれる女性などなど。人それぞれ悩むことは違うが、どの人も前向きに
人生を考えている。「生きていればいろいろなことがあるさ。でも負けない!」
そんな作者の思いが伝わってくるような作品だった。
ぼんくら
宮部みゆき
☆☆☆☆
鉄瓶長屋で起こった殺人事件。その後差配人の久兵衛が突然長屋からいなく
なった。差配人を引き継いだのは佐吉という若い男。鉄瓶長屋の住人は
さまざまな事情で、一人また一人と去っていく。長屋に隠された秘密とは?
井筒平四郎とその仲間たちが乗り出した。江戸を舞台にしたミステリー。
平四郎、弓之助、お徳、佐吉、政五郎、おでこ、小平次など、登場するのは
個性豊かな人たちばかり。彼らは一つ一つの謎を解き明かしていく。その行動は
まさに絶妙のチームワーク。さまざまな人たちの、さまざまな悲しみや憎しみ。
そこから起こる事件はちょっぴり切なくもある。生きていればいろいろなことがある
ものだが、鉄瓶長屋の人たちはそれぞれ励ましあい、支えあって生きている。
その暮らしは決して豊かではないが、人のぬくもりが感じられてうらやましい。
ミステリーも楽しめて、江戸人情も味わえる、面白い作品だった。
弘海ー息子が海に還る朝
市川拓司
☆☆☆
寂しくないって言ったら嘘になる。君との思い出は決して忘れない。
愛する息子が旅立とうとするとき、家族はどうすべきなのか?弘海が
生まれたときから成長するまでの思い出をたどりながら、未来を見つめ
ようとする家族の物語。
ささやかな始まり。それが、時間がたつにつれどんどん大きくなっていく。
もっと一緒にいるはずだった家族。別れは思ったよりも早くやってきた。
愛する者が離れていく悲しみは、経験した者にしか分からないだろう。
だが、子供たちはいつかは親元から飛び立っていくものなのだ。寂しくても
悲しくても、笑顔で送り出したい。どんなに離れていても、家族の絆は
決して切れることはないのだから。
グランド・フィナーレ
阿部和重
☆☆
「娘に会いたい。」職も家族も失った沢見は、空虚な日々を送っていた。
実家に戻った彼は、店の手伝いをしながら二人の少女に芝居を教えることに
なる。少女たちの悲壮なまでの芝居にかける情熱。その裏に隠された
思いに気づいた彼は・・・。表題作を含む4つの作品を収録。
「グランド・フィナーレ」に出てくる沢見は、妻が離婚したいと思っても仕方が
ないような男だ。ある出来事がきっかけで、自分の大切なものをすべて失って
しまう。自堕落な生活。だがラストでは、そこから抜け出そうとする彼の姿を
見たような気がした。沢見という男は再生するのかもしれないという余韻が残る。
しかし作品を読んだ印象はあまりいいものではなかった。難解な部分もあるし、
必要なのだろうかと疑問に思う描写もあった。ちょっと苦手な作品だった。
日暮らし
宮部みゆき
☆☆☆
その日その日何気なく暮らしているようでも、さまざまな出来事が起こってくる。
ばらばらに暮らしているようで、実はどこかでつながっている。ほんのささいな
出来事が、大事件につながることもある。はたして、解決の糸口は?
井筒平四郎、弓之助、おでこ、お徳、小平次、政五郎・・・などなど、登場
するのは個性豊かな人ばかり。人それぞれいろいろな悩みや事情を抱えている。
だがそれらは無関係ではなく、微妙につながっている。複雑に絡み合った糸。
その糸が生み出す事件。そしてその事件に隠された人々の思い。少しずつ真実に
近づいていくさまを、作者は軽快に描いている。読みながら、笑ったりホロリと
したり・・・。最初から最後まで飽きることなく楽しめる作品だった。
ソナタの夜
永井するみ
☆☆
翻訳の仕事を通して知り合った国枝との関係は何ものにも替えがたい。
だが彼には帰るべき家があり、真穂は国枝を独り占めにはできない。
「わたしたちの逢瀬はソナタ形式でできた器楽曲のようなもの。」真穂は
そう思う。表題作「ソナタの夜」を含む7つの作品を収録。
どの物語の男と女の間にも秘密があった。夫婦間の秘密、愛し合う相手との間の
秘密。秘密を抱えながら逢瀬を重ねるから、いっそう心が燃えるのか?だが、
どの話からも暗くよどんだような印象を受けてしまう。そこには明るさや希望が
なぜか見えない。退廃的な感じしかしなかった。もどかしさやイライラ、そんな
ものを抱えながら読み終わった。ここに出てくるどの女性にも共感できない。
となり町戦争
三崎亜記
☆☆☆
となり町との戦争が始まる。町の広報誌でそれを知った修路。だが、
戦争が起こっている気配がないまま時だけが過ぎていく。しかし
町の広報誌には戦死者の数が載っていた。そして修路にも「戦争特別偵察
業務従事者」任命の通知が届いた。
目の前で戦争が起こっているわけではない。だが確実に戦死者は増えていく。
誰も反対しない。そんな異常な状況が異常と思われていない。淡々と戦争が
起こるという事実が、逆にぞっとする恐ろしさを感じさせる。何も見えないから、
何も感じないからと言って、戦争がなかったことにはできない。舞坂町はまた
戦争を計画するのだろうか?そのとき、住民はまた何の抵抗もなく受け入れるの
だろうか?人の生死に対しての無感覚さ。それは私たちの身近にもあるようで、
とても怖い。
ユージニア
恩田陸
☆☆☆☆
青澤家当主の還暦祝いが催された日、大量毒殺事件が起こり17人もの
犠牲者が出る。青澤家で生き残ったのは盲目の少女ただ一人だけ。誰が何の
ために?犯行現場に残されたメモにあった「ユージニア」とはいったい
何なのか?さまざまな証言で、事件の輪郭が浮き彫りにされていく・・・。
事件が、いろいろな人たちの証言で立体的に見えてくる。だが、さまざまな
角度からどんなに語られようと、誰にも真相は分からない。見えてくるのは
個々の人間の思惑ばかり。それは喜怒哀楽さえも超えた、もっと本質的な
ドロドロとしたもののように思える。
忘れ去られようとした事件は、1冊の本になったことで犯人の姿が見えてくる。
そして新たな悲劇を生んでいく。犯人にたどりついたとき、触れては
いけないものに触れてしまったような恐怖を感じた。恩田陸の独特の世界を
充分に堪能できる作品だった。
白の鳥と黒の鳥
いしいしんじ
☆☆
肉屋の主人の自慢は物まね。動物の鳴き声が得意で、その物まねを
聞けば今日はどんな肉が入ったのかを知ることができた。彼の家族は
無口な妻と「ラー」しか言えない息子。家族はいつも幸せそうだった。
「肉屋おうむ」など19編の作品を収録。
いしいしんじの独特の世界。今回はその色合いがいっそう濃くなっている
ようだ。人間も植物も動物もみんな同じ。そこには境界線はまったくない。
みんな、自然の中で暮らす生き物として捉えている。作品の中には作者の
言わんとすることが見え隠れしているけれど、読んでも読んでもそれに手が
届かないもどかしさがある。読み手の理解力を超えた作品なのだろうか・・・。
僕の行く道
新堂冬樹
☆☆☆
お母さんはフランスではなく、もっと近くにいた!小学校3年生の
大志は、フランスで仕事をしている母に会いたいという気持ちを
ずっと抑えてきた。しかし母の本当の居場所が分かったとき、彼は
一人で母に会いに行こうと行動を起こす。愛いっぱいの物語。
まさに日本版「母をたずねて三千里」。どんな困難が待っていても、
母に会いたいという気持ちは誰にも止められない。大志が、どんなことを
してでも母に会いたいと願う思いに、読んでいて涙が出た。子供が母を思う
気持ちはとても強い。そして、母が子供を思う気持ちも同じだ。お互いが
お互いを思う気持ちが、最後には奇跡を生む。親子の絆のすばらしさ。それが
胸にしみた。
ゆらゆら橋から
池永陽
☆☆
ゆらゆら橋は戻り橋。ゆらゆら揺れるのは男の心か?女の心か?
健司という一人の人間が成長していくとき、さまざまな女性との
出会いがあった。そのひとつひとつの出会いを、あざやかに描いた作品。
幼い頃はただのあこがれだったかもしれない。中学生、高校生、大学生、
そして社会人。成長するたびに女性との恋も変わっていく。健司の心の
揺らぎが読み手にも伝わってくる。だが、健司の行動や考えに共感できる
ところは少なかった。むしろ嫌悪感さえ感じたところがあった。それは
女性としての立場で読んでいるからなのだろうか?作者の言わんとして
いることもよく理解できなかったし、読後感もあまりよくなかった。
僕たちの戦争
荻原浩
☆☆☆☆
目が覚めるとそこはまるで別世界だった!健太は2001年から1944年へ、
吾一は1944年から2001年へ、それぞれが入れ替わってしまった。
はたして二人の運命は?
フリーターの健太、特攻隊員の吾一。もといた時代とまるで違う環境の中、
二人はそれぞれ何とか必死に生きようとする。もとの時代に戻れる日を待ち望み
ながら・・・。
吾一たちが命をかけて守ろうとした日本。その日本の2001年の姿を見て
吾一は何を思ったのだろうか?また健太も、同じ世代の若者が日本のために命を
散らしていくのを見て、何を感じたのだろう。同じ年でありながら彼ら二人の
人生はあまりにも違いすぎる。その違いが、戦争の悲惨さをよりいっそう強く
感じさせる。戦争はもう二度と起きてほしくはないと思った。
ゆめつげ
畠中恵
☆☆☆
夢の中に入り込めば、分からなかったことが見えてくる。不思議な「夢告」という
能力を持つ弓月は、人探しを頼まれる。だがそれは単純な人探しではなかった。
弓月と弟の信行は、思わぬ事件に巻き込まれていく・・・。
「夢告」という不思議な力。それは失せ物や人探し、はては予知にも使われる。
弓月はその力を駆使して、難事を乗り切ろうとする。人から見るとうらやましい
力かもしれない。しかし、その力を持つことが幸せなことなのか。人は、未来が
見えないからこそ未来に希望を抱き、生きていくことができる。見えない方が
幸せだということもある。最後に弓月が選んだ道は・・・?それが最善の道だと
思った。
きみに読む物語
ニコラス・スパークス
☆☆☆☆☆
愛し合ったままで生涯を終えるのだと思っていたノアとアリー。しかし
思わぬ障害が二人を引き裂く。愛する者を忘れてしまう苦しみ、そして
愛する者から忘れられていく苦しみ。ノアはアリーのために毎日物語を
語り続ける・・・。
婚約者と別れ、ノアと結婚することを選んだアリー。あんなにも愛し合っていた
二人なのに。アリーは、ノアが自分にとってどういう人なのかが分からなくなって
しまった。激しい孤独感に苛まれながらノアはアリーを思う。これほどまでにお互いが
お互いを愛し続けられるだろうか。アリーがノアに書いた手紙の内容を読んだとき、涙が
こぼれた。「二人を昔のように愛し合う二人に。」それができたらどんなにいいだろう。
あかね空
山本一力
☆☆☆
京都からやってきた永吉が豆腐屋を開いたが、最初は京風豆腐になじみの
ない江戸の人たちには受け入れられなかった。一生懸命永吉を手伝うおふみ。
やがて二人は夫婦となり、力をあわせて店を大きくしようとするが・・・。
豆腐屋「京や」を舞台に、永吉・おふみ夫婦と彼らの子供の栄太郎・
悟郎・おきみ、この五人の家族を描いた人情味あふれる作品。
ちょっとした出来事が心をすれ違わせることもある。大きな悲しみが人を
変えてしまうこともある。だが、永吉がおふみを、おふみが永吉を慕う気持ちは、
出会いの頃からずっと変わることはなかったと思う。いがみ合い、憎しみあったと
しても、家族はやはり家族なのだ。きょうだい同士の確執も、いつかは消えていく。
お互いがお互いの本当の心を知ったとき、そこから新たな家族の絆が生まれる。
読み終えたあと、家族の大切さをあらためて思った。
Fake
五十嵐貴久
☆☆☆
昌史を芸大に合格させるため、大学入試センターでのカンニングを実行!だが、
完璧だと思われたカンニングは露呈し、それに関わった宮本は職を、加奈は東大の
学籍を失った。宮本と加奈を嵌めたのは、砥川組組長の息子の沢田。彼の狙いは
果たして何だったのか?宮本と加奈、そして浪人生昌史と父親の元区会議員の
西村。彼らは沢田への復讐のため、10億円を賭けたポーカーの勝負に挑んだ。
10億円を賭けたポーカー。万全を期した作戦は成功するのか?緊迫する勝負の
駆け引き。お互いがお互いの裏をかく。果たして、勝利の女神はどちらに微笑むのか?
スリリングな展開から目が離せない。だますものだまされるもの。そしてラストは?
もしかしたら、一番だまされたのは読んでいる側の人間である私たちかもしれない。
作者に嵌められた?痛快で、最後の最後まで楽しませてくれる作品だった。
暗黒館の殺人
綾辻行人
☆☆
九州の山奥の湖に浮かぶ小島。そこに暗黒館と呼ばれる建物があった。
浦登家の当主の息子である玄児に誘われ、「中也」はこの屋敷を訪れる。
「ダリヤの日」と呼ばれる9月24日。その日に出された奇妙な料理。
それはいったい何か?そして暗黒館で起こった殺人。それは18年前の
事件と関係があるのか?壮大なミステリー。
作者の視点と、何者かの視点から描かれている。暗闇の中に沈みこんで
しまったような館、暗黒館。嵐の夜に起こった殺人。そして奇妙な儀式。
そこで起こる出来事もそこに住む人たちも、すべては謎めいている。
まるで横溝正史の世界のようだ。どろどろとした人間の怨念か?または
「生」というものへの執念か?悲劇は悲劇を生む・・・。
真相を早く知りたいと思って読み進めたが、あまりの長さに少々うんざりして
しまったところもある。同じような描写が何度も繰り返され、飽きてしまう。
「これほどの長さがこの作品には果たして必要だったのか?」と疑問に思った。
「読み終えた!」という読後の満足感もなかったし、ラストも期待したほどでは
なかった。
窓際の死神
柴田よしき
☆☆
誰かの死を願ったとき、自分の死を考えたとき、死神はそっと近づいて
いるのかもしれない。魂を黄泉の国に運ぶ死神は、何を語るのか?
生きることと死ぬことを真正面から見据えた作品。
誰でも、自分や他人の死について考えるときがある。なぜ生きていくのか
悩んでみたり、死を願うほど他人を憎んでみたり。そんな気持ちのとき
死神が現れたら?この作品に登場する多美や麦穂は、ほかの人には見えない
死神を見ることで、「生」というものをまっすぐに見つめようとする気持ちを
持った。死神は人に、「生きる」ということを改めて考えさせる存在なのかも
しれない。テーマは面白いと思うが内容的にはいまいちで、心に響くものが
なかった。
梅咲きぬ
山本一力
☆☆☆☆☆
深川の老舗料亭「江戸屋」。三代目の女将秀弥は、人々とのかかわり合いを大切に
しながら、娘の玉枝を四代目として鍛えていた。母と娘、そして深川に暮らす人々を、
心情細やかに描いた作品。
秀弥は、玉枝を跡取りとして鍛えるが、同時に人としての心がまえも教えて
いく。厳しさの中にも温かな愛情がある。幼い玉枝が、母の心をしっかりと
受けとめながら育っていく姿はいじらしい。
お金では、決して買えないものがある。人の信頼、お店の信用。そして人を思う心。
人と人とが支えあい、助け合って暮らしている何気ない日常。その当たり前の日常が、
当たり前でなくなっている現在。それを思うと残念でならない。私たちがが忘れかけて
いる大切なものを思い出させてくれる、珠玉の作品だった。
海のふた
よしもとばなな
☆☆☆☆
西伊豆の生まれ育った町に戻り、かき氷屋を始めた「まり」。彼女の母親の親友の
娘で、身内の遺産問題で傷ついてやって来た「はじめ」。二人のひと夏の心温まる
物語。
全体的にほのぼのとした雰囲気で、読んでいてとても心地よい。失われていく大切な
ものたち。それを見て、嘆くことしかできないまり。大切な人を失い、寂しい心を
抱えているはじめ。二人の心がふれあい、友情が育っていく様子がほほえましかった。
不幸なできごとも幸せなできごとも、みんな自分の人生の一部だ。どんなことも
しっかりと受けとめて、それを糧にして生きていく。この作品はそんな強さを与えて
くれるのではないだろうか。この作品に収められている版画絵も素敵で、作品の
雰囲気にとてもよく合っていた。
雪の夜話
浅倉卓弥
☆☆☆☆☆
雪の降る夜に公園で、和樹は一人の少女に出会う。その夜の出来事は彼の心に
深く残った。それから8年、都会で挫折し故郷の町へ戻ってきた彼は、再び雪の
降る公園で少女に出会った。彼女は以前と同じ15歳の姿のままだった・・・。
命とは何だろう?人は何のために生まれてくるのだろう?そして死んだらどこへ
行くのか?だれもが心にそんな思いを秘めているのではないだろうか?命は
決して消えるものではない。それは時の流れの中で光となり、形を変え、次から
次へと受け継がれていく。始まりも終わりもない命の一部に自分たちがいる。雪の
夜に始まり、雪の夜に終わる物語。その不思議な世界は、心を温かく包んでくれた。
天国の五人
ミッチ・アルボム
☆☆☆☆
エディは事故で突然この世を去る。しかし、物語はここから始まった。
彼は天国で5人の人物に出会う。5人はそれぞれにエディと関わりを持った
人たちだった。彼らの話を聞くうちに、エディは自分の生きてきた本当の意味を
知ることになる・・・。
決して自分の人生を幸福だとは思っていなかった。生きている意味さえないと
思っていた。しかしエディは、自分が生きてきた意味を知ることになる。
人は生きているのではない。人はいろいろな人たちによって生かされているのだ。
「天国の五人」はそれをエディに伝えていく。そして、彼がいろいろな人たちの
思いを知ったとき・・・。
「ムダな人生なんてひとつもない。」
この作品を読む人はきっとそのことに気づき、感動するだろう。
あなた
乃南アサ
☆☆
「あなただけを見つめ、あなただけを愛しているのに、あなたはいつも
ほかの女性のことを考えている。気づいてほしい私の気持ち、私の存在。」
秀明のまわりに起こる異変。秀明を見つめる続ける存在ははたして何なのか?
そして真相が明らかに!
異色のホラーミステリーなのだが、いまいちのめり込めなかった。異変を起こす
正体も、読んでいて早いうちに気づいてしまった。内容が間延びしているような
印象で、秀明と彼のまわりにいる女性との関係の描写も、だらだらと長すぎて
退屈する。ラストも、あまりにも現実離れした感じがしたし、後味も悪かった。
俯いていたつもりはない
永井するみ
☆☆☆
キッズスクール「ラウンドテイル」に通う希央の母親凛子が行方不明に!
海外赴任していた父親の高柳英勝が急きょ帰国する。彼は、ラウンドテイルを
母親の志乃から引継ぎ経営する緋沙子が、かつて愛した人だった。再会に、
緋沙子の心は揺れ動くが・・・。
緋沙子の心の行き着く先は?凛子の事件はどうなるのか?そしてラウンドテイルの
未来は?恋愛とミステリーをからめて両方楽しめる構成になっているが、どちらにも
徹しきれず中途半端な感じがした。凛子の事件にも不満が残る。真相が分かっても
素直に納得できない感じ。緋沙子と英勝の過去の恋愛の結果もちょっと平凡。
前半がよかっただけに、後半がいまいちと感じたのは残念だった。
TVJ
五十嵐貴久
☆☆☆☆
最新機器を備えたテレビ局がテロリストに乗っ取られた!人質となった
愛する婚約者を救うため、由紀子は敢然とひとりで立ち向かう。はたして
彼女に勝利の女神はほほえむのか?
29歳の平凡なOL由紀子。彼女はある日突然事件に巻き込まれる。
テレビ局ビルの外では、人々が大騒ぎ。頼る者もないたったひとりの状況で、
ありったけの勇気をふりしぼってテロリストに立ち向かう。「そんな
ばかな!」と思いながらも、その面白さに目が離せない。ひとつひとつ
自分ができることを確実にこなして、彼女は進む。「平凡なOLだって
やるときにはやるわよ!」彼女の声が聞こえてきそうだ。読後もスカッと
さわやか。文句なく楽しめる作品。
悪魔の羽根
乃南アサ
☆☆☆
「新しい土地でもうまくやっていけるわ。」
フィリピンから嫁いだ女性が初めて経験する雪国の世界。彼女は、雪が
あこがれの存在からしだいに悪魔に変わるのを感じていた・・・。
表題作を含む7つの作品を収録。
移りゆく季節の中で繰り広げられるさまざまな物語。それぞれの季節を
からめて作品を描いているのはよかったが、雪の持つ残酷さを描いている
表題作「悪魔の羽根」は、ちょっとオーバーな感じがする。それは私が北海道に
生まれ育ったせいかもしれないが。雪をこんなふうに悪者にしてしまうのは
許せない。冬の新潟の描き方も読んでいて抵抗を感じた。7つの作品の
中では、「はなの便り」がほほえましくてよかったと思う。
野ブタ。をプロデュース
白岩玄
☆☆☆
修二のクラスにやってきた季節外れの編入生小谷信太。彼は容貌から
「しんた」ではなく「野ブタ」と呼ばれ、いじめられるようになる。
信太は人気者の修二に弟子にしてくれるよう頼むが、修二は信太を
プロデュースして、彼をいじめの対象から人気者へと変身させようとする。
はたしてうまくいくのか?
つねに自分自身を自分で演技しなければやっていけない高校生活。
どこまでが真実か、どこまでが虚偽か?現代の高校生の生活を実にリアルに
描き出している。人に注目されるためには?ずっと話題の中心にいるためには?
そこには涙ぐましい努力があった。面白おかしく書かれているが、高校生の彼らの
内面に潜むものに触れたとき、その残酷さに驚いた。これからの修二の高校生活が
とても気になってしまう。
赤い長靴
江國香織
☆☆☆
結婚して10年。子供はいないけれど、夫婦二人で歩んできた・・・。
逍三と日和子という一組の夫婦の日常を、それぞれの視点から描いた
連作短編小説。
日和子の話を聞いているのか、いないのか?おそらく逍三は、話の半分も聞いて
いないと思う。同じ空間にいるのに、日和子は孤独を感じないのだろうか?
逍三に対して怒りを感じないのだろうか?
日和子は時々くすくすと笑う。笑うことと泣くことは似ていると思いながら。
でも、きっと本当は泣きたいのだ。思いっきり泣きたいのだ。
実際に、こんな夫婦も世の中にはいるのだろう。「もし自分が日和子の立場だったら?」
そう考えるだけでも気持ちが沈む。絶対に耐えられそうもない。
不安な童話
恩田陸
☆☆☆☆
「私は高槻倫子の生まれ変わり?」
高槻倫子遺作展を見に行った万由子は、倫子が描いた絵を見て気を失う。
気を失う直前に彼女が見たのは、ハサミで刺し殺される自分の姿!実は、
高槻倫子は万由子が生まれる1年前に、ハサミで刺し殺されていたの
だった・・・。
高槻倫子の過去にはいったい何があったのか?なぜ殺されたのか?死後
25年たって、その真実が見え始める。倫子に関わった人たちの倫子に
対する思いは恨みなのか?万由子は本当に倫子の生まれ変わりなのか?
謎解きの面白さと、輪廻転生の不思議。読むに従って物語の中へのめり込んで
いく。最初から最後まで読者の心をつかんで離さない。そこに作者の力量を
見る思いがした。ラストもあざやか!期待を裏切らないものだった。
魔球
東野圭吾
☆☆☆
天才といわれた須田投手率いる開陽高校は、春の選抜野球大会に出場する。
大会後、捕手の北岡が愛犬とともに殺された。彼の書き残した「魔球」とは?
須田が最後に投げたのは魔球だったのか?また、そこに隠された真実とは?
捕手の北岡が殺され、動揺する野球部員たち。そこへ第2の事件が!
「魔球」の意味するものは?作者は、揺れ動く少年の心理をていねいに描いて
いる。そして須田の心も・・・。誰も、本当に悪い人間なんかいない。
それなのに起こってしまった事件。須田やその家族、そして仲間たちのことを
思うと、やりきれなさが残った。
砂漠の船
篠田節子
☆☆☆☆
ホームレスの男が凍死した。そのことに娘は関わっているのか?そして
男が持っていたお守り。そこに隠された秘密とは?幹郎が家族のために
良かれと思って行動したことが、やがては家族を崩壊へと導いていく。
何気ない日常生活の中に潜む問題を描いた作品。
家族のために最良の選択をしたと思っているのは幹郎だけだった。幹郎の
思いは、かえって家族を息苦しくさせていく。だが、ほかにどんな選択肢が
あったというのか?幹郎に対し、男の哀れささえ感じる。
たとえ家族であっても、心の奥底に流れている本質までは見抜けない。
幹郎の祖母や父母、そして妻や娘の心に隠されたものに触れたとき、そこには
悲しみとともに言い知れぬ恐ろしさがあった。「はたして自分の家族は?」
そう考えると心がヒヤリとする。
散る。アウト
盛田隆二
☆☆
順調に行っていたはずの人生。だが、先物取引に手を出したばかりに、
気づいたときには自分にとって大切なものをすべて失ってしまっていた。
ホームレスとなった耕平の前に現れたのは、偽装結婚の話を持ちかける
尾形だった。彼の真意ははたして何か?
坂道を転げ落ちるように、どん底まで落ちた人生。借金取りから逃げ回る
日々が、彼の心を荒ませていく。尾形の話に一縷の望みをかけて、耕平は
モンゴルへ飛ぶ。だがそこに待ち受けていたのは、思いもよらぬ出来事
だった。舞台はモンゴルからロシアへ・・・。息をもつかせぬ展開は、
読む者を作品の中の世界へと引きずり込む。だが、そこで繰り広げられる
出来事に、のめり込むほどではなかった。耕平とダワの関係も、もう少し
掘り下げたものがほしかったと思う。読後も、何だか後味が悪かった。
対岸の彼女
角田光代
☆☆☆☆
「何を変えたかったのだろう?」
同じ大学出身だという葵の会社で働くことになった小夜子。夫や
子供の世話に明け暮れる日常からの脱出?さまざまな女性を、独自の
視点から鋭く描き出した、直木賞受賞作品。
学生時代のように何の憂いも屈託もなく、ただお互いの存在だけをすべてと
信じ、同じものを見ながらつきあうことができたなら、どんなにいいだろう。
「私はあの人たちとは違うわ。」
「あの人に私の立場なんか理解できない。」
大人になると、そういう思いが知らず知らずのうちに互いの間に深い流れを
作り出す。いつのまにか川の流れの向こうとこちら・・・。だが、決して
歩み寄れないわけではない。どんな川にも、必ず橋はある。そこを渡るのに
必要なものは・・・?その答えは、それぞれの心の中にあるのだと思う。
作者は、高校生の女の子や大人の女性の心理状態を見事に描き出している。
共鳴や反発を感じながら知らず知らずのうちに、どっぷりとこの作品に
浸かってしまった自分がいた。
そのときは彼によろしく
市川拓司
☆☆☆
彼女はある日突然現れた。片手に、智史が店のドアに貼っておいた
「アルバイト募集」のコピー用紙を持って・・・。
過ぎ去った遠い日の思い出を織り交ぜながら、いろいろな人たちの思いを
描いた、心に響く作品。
人の心には、さまざまな思いが秘められている。子への思い、親への思い、
そして愛しい人への思い。時には、伝えたいけれど伝えられないもどかしさを
感じることもあるだろう。そして、とまどい、悩み、苦しみ、悲しみを感じる
ことも。人に思いを伝えることはとても困難で勇気のいることだ。だが思いが
通じたとき、人はどんなことにも耐えていける強さを持つ。智史にもその強さが
あった。ラスト1行の言葉は、智史が待ち望んでいたものだった。その言葉の
中にある凝縮された思いが、読む者の心を揺さぶる。そして涙が・・・。
さまよう刃
東野圭吾
☆☆☆☆
大切な娘が、少年たちにもてあそばれ殺された。復讐の鬼となった長峰は
犯人の一人を殺害し、さらにもう一人の犯人の少年を殺そうと追い求める。
彼の行動は賛否両論の渦を社会に巻き起こすが・・・。
被害者の父親から犯人である少年を守るため、警察は奔走する。しかし警察の
人間でさえ、長峰に同情する者がいる。「なぜあんなひどいことをした
犯人を守らなければならないのか?」
同じ年頃の子供を持つ親なら、誰しも長峰のような気持ちになるのではない
だろうか?少年というだけで、殺人を犯してもほんの数年で社会復帰できる
今の法律。それでは、被害者の家族があまりにもかわいそうだ。人の命を
なんとも思わない人間・・・たとえそれが少年でも、厳しく罰するべきでは
ないかと思う。この作品は、現代社会が抱えるゆがみを鋭く描き出している。
現在の「少年法」に一石を投じる、読み応えのある作品だった。