*2007年*

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  雪が降る  藤原伊織  ☆☆☆☆
「母を殺したのはあなたですね。」
少年から届いたメールは、志村にある女性を思い出させた。 遠い日の苦い思い出が彼の胸を満たし始める・・・。表題作を 含む6編を収録。

登場人物の息遣いや手のひらにかいているであろう汗まで、読み手は 感じることができる。会話の中での何気ない言葉、ちょっとしたしぐさ などで、人間像は現実味を帯び、深みを増す。どの話も、心理描写が 抜群にうまいと思った。報われるか?報われないか?と尋ねられたら、 報われないと答える話ばかりだが、彼らは決して人生をあきらめたわけでは ない。そのことが自然と行間から感じられる。どの話も面白かったが、「男」を 感じさせる「紅の樹」が一番印象に残る。作者の独特の感性が感じられる 作品だった。


  回転木馬  柴田よしき  ☆☆☆
突然失踪した夫貴之。夫の後を継いで探偵になった唯は、10年後に 偶然貴之の姿を目撃した。手がかりを求めて新潟にやってきた唯は、 そこで思わぬ事実に直面する・・・。「観覧車」の続編。

やっと続編が読める。この作品を手に取ったときそう思った。なぜ貴之が 失踪したのか?その謎がずっと心に引っかかっていた。失踪の理由は、 誰もが「こんなものだろう。」と言うような、無難なものにまとめられていたが・・・。 それにしても唯のように10年以上も待てるだろうか?どんなに愛して いたとしても、その年月は残酷なほど長い。その年月に負けず劣らず残酷な 現実も待っていたのに。はたして唯はこれから先、それをどのように受け止めて 生きていくのか?新たな一歩を踏み出そうとする唯。唯の本当の物語は、 ここからが始まりなのだ。


  みずうみ  いしいしんじ  ☆☆☆
「朝の水くみは、どの家でも、いちばん年若い息子の役目だった。」
人々の暮らしに深く関わってきた「みずうみ」。それは人々の命さえも つかさどる。水にまつわる不思議な物語。

人と水との関わりは、「人類」というものがこの世に存在した時からずっと 続いてきたのだろう。この作品を読んでいる間中、常にそういう思いに とらわれていた。人類を誕生させたのも「海」という水。そして、人が 生まれるまで命をはぐくんでいるのも「羊水」という水の中。自分自身も、 水の中でふわりとゆれているような錯覚を覚える。「不思議な話」だけでは 終われない何かがこの作品にはあった。それは人としての本質なのかもしれない。 文字の裏に隠された作者の思いは・・・?ぞくっとするような怖さが見え隠れする。


  眉山  さだまさし  ☆☆☆
母がガンで余命いくばくもない・・・。咲子は母を看病するために 徳島に滞在することにした。母の生き方、母の思い、そしてまだ見ぬ 父の存在。それらは咲子の心にどんな響きを与えるのか?切なくも 心温まる作品。

「凛とした」まさにそんな生き方だった。女性として母として・・・ どんな時でもおのれの信念を貫いて生きてきた。「神田のお龍」と 呼ばれ、姉御肌だった母。死を目前にしても、その生き方は変わらない。 誰にも迷惑をかけずに逝きたい。その思いは痛いほど切ないものだった。 強い母。だが、強がっていただけなのかもしれない。母が遺したものの 中に母の心を見たとき、咲子は何を思ったのだろう。人が生まれ死んでいく。 その営みを、変わらぬ姿で見つめている眉山。その光景を思ったとき、 泣きたいような気持ちになった。


  Gボーイズ冬戦争  石田衣良  ☆☆☆
Gボーイズが襲撃された!やられたのはGボーイズのナンバー2になった ヒロトの派閥チームだった。やったのはタカシ?何者かがGボーイズの 内部分裂を企てていた・・・。表題作を含む4編を収録。IWGPシリーズ7。

若さだけで突っ走ってた最初の頃の作品と比べ、マコトには落ち着きが 出てきたと思う。その分人柄の魅力が増している。持ち込まれるどの 事件にもマコトのよさが存分に発揮されていると思った。力だけの解決は 後に遺恨を残す・・・。そのことを充分承知しての行動は頼もしさも 感じさせる。どの話もよくまとまっていてよかったと思うが、その中でも 表題作の「Gボーイズ冬戦争」が印象的だった。タカシとマコトの熱い 友情も垣間見ることができた。作品の中で成長を続ける彼ら。今後どうなるのか、 不安と期待が入り混じる。


  照柿  高村薫  ☆☆☆
合田雄一郎は駅のホームで女性の飛び込み事故に遭遇し、そこで一人の女性を 目撃する。名前は佐野美保子。事故直後に走り去った男性の妻だった。 雄一郎が一目ぼれした美保子の陰には、幼なじみの野田達夫がいた・・・。

達夫は雄一郎の影であり、雄一郎は達夫の影だった。互いに相手を見つめた とき、自分自身の一番見たくない部分を見たような、そんな気がしたのでは ないだろうか。彼らはまるで、背中合わせに生きてきたようだ。そんな二人が、 美保子を挟み対峙する。もし美保子が達夫と何の関係もなかったら、雄一郎も そこまでこだわらなかったのではないのか?もし雄一郎が美保子を気にかけな かったら、達夫の行動ももう少し違ったものになったのでは?いったん狂いだした 歯車は思わぬ事態を招く。人を狂気に駆り立てるものはいったい何か?作者は 緻密な描写で、読み手さえその狂気の中に引きずり込んでいく。内容の濃い、 読み応え充分な作品だった。


  凍れるいのち  川嶋康男  ☆☆☆☆
1962年(昭和37年)1月1日、北海道学芸大学函館分校山岳部の 11人のうち10人が大雪山で遭難、そして死亡した。たった一人生き残ったのは リーダーだった野呂幸司。45年の沈黙を破り、彼が語った真実とは?

野呂の生い立ち、山登りをするようになったきっかけ、遭難、その後の人生・・・。 真実の重みがずしっと伝わってくる。とくに遭難の描写は言葉がない。 凄まじいの一言に尽きる。冬山の恐ろしさをいやというほど思い知らされる。 一人また一人と雪の中で力尽きていく仲間たちを目の前にした野呂の心境は、 いったいどれほどの苦痛を伴ったものだったのだろう?リーダーなのに一人 生き残ってしまった野呂を責める遺族もいた。「死んでいった10人の分まで 生きなくては!」そう決意する野呂。それは、24歳の若者が背負うには あまりにも大きくて重いものだった。だが彼はくじけなかった。凍傷により 身障者となった彼のその後の人生は、読む人に勇気を与えてくれる。 読後も、心に深く余韻が残る作品だった。


  ハルさん  藤野恵美  ☆☆☆
奥さんの瑠璃子さんを亡くしてから、ハルさんは娘のふうちゃんを 男手ひとつで育ててきた。そのふうちゃんが結婚する。 ハルさんは、ふうちゃんとの思い出の中にある五つの謎のできごとを、 あらためて思い出してみた・・・。

再婚もせず娘を一生懸命育てようとする、父親の深い愛情が感じられた。 ふうちゃんとの日常生活の中で起こった謎は五つ。そのどれもがほのぼのと したエピソードだ。ミステリー的要素は弱いが、父と娘の愛情物語だと思って 読めばそれなりに味わいがある。子供はいつか親の手から飛び立っていく。 一つ一つの思い出をたどりながら、ハルさんもふうちゃんを自分の手元から 飛び立たせる心の準備をしていく。その親としての気持ちがちょっと切なかった。 ふんわりやさしく、心温まる作品だった。


  黒祠の島  小野不由美  ☆☆☆☆
ノンフィクション作家の葛木志保が失踪した。仕事でコンビを組んでいた 探偵の式部は、彼女が「夜叉島」に行ったことを突き止める。 その島は、明治時代の祭政一致政策の中、統合されることのなかった 「黒祠の島」だった・・・。

志保の失踪の手がかりをつかむため訪れた夜叉島。余所者を決して受け入れ ようとはしない島でいったい何があったのか?殺人事件さえも島の中で 処理してしまおうという閉鎖された考えは異常だ。わずかな手がかりを たどり奔走する式部。読み手は否応なく作品の中に引きずり込まれていく。 さまざまな人たちの証言から徐々に真相が見えてくるのだが・・・。 古くからの因習にとらわれている人の心というのは、時には恐ろしい 鬼を生み出すこともある。ラストには、衝撃と驚愕が待っていた。 濃厚な読み応えのある作品だった。


  陰日向に咲く  劇団ひとり  ☆☆☆
忙しい毎日の生活。その意義を見失った男はホームレスになった。 ある男との出会いは、そんな男の人生を再び変えることになるのだが。 「道草」を含む5編を収録した連作短編集。

普通の人たちとはちょっと違う。人生という道からほんの少しはみ出して しまったような人たちの生きざまを切々と描いている。本人たちは必死に生きて いるのだが、ほかの人から見れば愚かしいと思うようなこともある。その両者の 狭間に流れる悲哀さは、読み手に何とも言えない思いを感じさせる。かなり評判が いい作品ということで期待して読んでみたが、面白いのか面白くないのか よく分からないままに読み終えてしまった。作者がただ思いつくままにサラサラと 書いたような印象で、内容に奥行きや深みが感じられないのが残念だった。


  11文字の殺人  東野圭吾  ☆☆☆
「誰かが僕の命を狙っているらしいんだ」
そう言っていた恋人の川津雅之は本当に殺された。いったい彼はなぜ 殺されたのか?真相を探るべく「あたし」は、親友の萩尾冬子と 行動を開始したのだが・・・。

「無人島より殺意をこめて」その11文字に込められた思いは何なのか? 恋人の川津はなぜ殺されたのか?手がかりをつかむことはなかなかできない。 やっとの思いであるできごとにたどりつくが・・・。ラストに明かされる 犯人の動機にはちょっと納得できないものがあった。また、きっかけとなった あるできごとについても、現実味に欠けるのではないかと思う。ネタバレに なるのであまり詳しくは書けないが、いくらリスクがあるからといって、本当に そんなことを要求するだろうか?とても疑問に感じる。読後感もあまりいいとは 言えないが、まあそれなりに楽しめる作品だと思う。


  まんまこと  畠中恵  ☆☆☆
江戸神田の町名主の跡取り息子の麻之助は、毎日お気楽な生活を送っていた。 日常起こるもめごとを調停しなくてはならない立場なのだが、はたして うまく解決できるのか?

はたから見れば些細なことかもしれないが、当人たちには大問題。中には そんなもめごともあるけれど、持ち込まれるさまざまな問題を、麻之助は 杓子定規ではない人情味あふれる調停で解決していく。読んでいて心がほのぼの 温まる。内容的にはまあまあ面白いと思った。悪友の清十郎や吉五郎、そのほかの 人物たちの個性も豊かに描かれてはいる。けれど、もう少し個性にインパクトが あってもよかったのではないだろうか。少々物足りなさも感じた。「しゃばけ シリーズ」の印象があまりにも強いせいでそう感じるのかもしれないが・・・。


  削除ボーイズ0326  方波見大志  ☆☆☆
ナオがフリーマーケットの「おっさん」からもらったものは、起こった できごと数分間を削除できる装置だった。KMDと名づけられたこの装置は、 ナオたちの運命をどう変えるのか?

あの時、あんなことをしなければよかった。あの時、あんなことを言わなければ よかった。そう思って後悔した経験は誰にでもあると思う。もしそれをなかった ことにできたら・・・。だがそれは事態を本当に好転させることになるのか。 自分だけではなく、周りの人の運命をも変えてしまう削除装置KMD。時間を 切り取ってしまうという発想はとても面白かった。KMDを使い続けて さて結末は?もっと先が読みたくなる。大人より子供のほうが、読んで面白いと 感じる作品ではないだろうか。


  大誘拐  天藤真  ☆☆☆
刑務所は出たけれど・・・。
戸並健次は、刑務所で知り合った秋葉正義と三宅平太を仲間にし、 これから先の生活資金を得るために誘拐を決行する。誘拐するのは 柳川家の当主柳川としで、年齢は82歳。3人の誘拐犯ととしとの 奇妙な誘拐劇が幕を開けた。

まさに「大」の字がつくのにふさわしい誘拐だ。身代金の額も 桁外れ。やることも凡人には決して思いつかないことばかり。 誘拐犯の首謀者は、最初は健次だったのだけれどいつの間にか??? 3人組ととしの行動は実に奇想天外だ。誘拐したはずなのに・・・。 誘拐されたはずなのに・・・。周囲の悲壮な状況とは裏腹に、彼らの 間には不思議な連帯感が生まれる。100億の身代金の受け渡し方法は? はたしてそれは成功するのか?3人組はいったいどうなるのか?読み 始めたら止まらない。あっという間に一気に読んでしまった。 ラストもすっきり♪さわやかな誘拐事件だった。


  守護天使  上村佑  ☆☆
電車の中で出会った少女は、とてもきれいな目をしていた。
会社をリストラされ、妻からも子供たちからも見放されていた啓一は、 この少女の守護天使になることを決意する。ある人物が少女を陥れ、 悪の手が伸びるとき、啓一は敢然と立ち上がった!

妻勝子との関係や啓一の友人村岡との関係など、描き方がかなり極端で、 不自然さを感じるところもあった。啓一が少女の守護天使となる動機も ちょっと弱く納得し難い。一歩間違えばただのストーカーだ。ラストで 啓一が守護天使ぶりを発揮する描写も、単に読者の受けを狙っただけのものなのか? ネットの怖さなど現代社会のひずみを題材として取り入れたのは興味深かったが、 内容的には味わいも深みもない。おもしろさだけを追求した、はちゃめちゃな ドタバタ喜劇といった感じだった。


  漂流  吉村昭  ☆☆☆☆☆
土佐の国の長平ら4人の乗った船が嵐により遭難。やっとの思いでたどりついた 島は、船も通らぬ日本本土からはるか彼方の無人島だった。そこで長平たちを 待ち受けていたのは・・・。

壮絶な戦いだった。無人島での生活は過酷を極める。飲料水や食べ物の確保は 一番切実な問題だ。長平たちは知恵を絞り、さまざまな問題を解決していく。 島での暮らしが落ち着いてくればくるほど、次に彼らを苦しめるのは望郷の念だ。 島を脱出する方法はどうやっても見つからなかった。だが、極限まで追い詰められ ても、長平は決して希望を捨てなかった。「生き抜く。そして日本に帰る!」 その不屈の精神には鬼気迫るものがある。どんなときでも前へ進むことをやめな かった彼らが最後につかんだものは・・・。読み始めてからラストまで、一気だった。 「あきらめないで信念を貫けば、いつか道は開ける。」そう強く感じさせる作品だった。 オススメです。


  レキシントンの幽霊  村上春樹  ☆☆☆☆
知り合った男の家は、レキシントンにある古い大きな家だった。 あるとき留守番を頼まれた「僕」が、その家で真夜中に体験したできごと とは?表題作を含む7編を収録。

どれも不思議な雰囲気を持った話だった。読めば読むほど味わいがあるが、 同時に得体の知れない怖さも感じる。読んでいると、深い闇の底を覗き込んだ ときのような不安や恐れが迫ってくる。どの話も面白いと思ったが、一番 印象に残ったのは「沈黙」だった。人の悪意ほど恐ろしいものはない。 一人の人間の悪意が多くの人たちを動かしていく。そしてその悪意が特定の 人間に向けられたとき、悲劇が始まる。決して物語の世界だけのできごとではない。 いつ自分の身に起こるか分からないできごとなのだ。最後に大沢が語る言葉が 切実に胸に迫った。本当に怖いものは、すぐ身近にあるのだ。


  焦茶色のパステル  岡嶋二人  ☆☆☆
東北の幕良牧場で、競馬評論家の大友隆一、牧場の場長深町保夫が銃で 撃たれ殺された。そばにいた親子二頭のサラブレッドも弾に当たって死ぬ。 夫はいったい何を調べ、何を知ったのか?大友の妻香苗と香苗の友人芙美子は、 真相を追い求める。

馬はただ純粋に走るだけだ。ひたすらゴールをめざして。人間はその純粋に 走る馬さえも、自分の利益のために利用しようとする。大友の死の真相が 明らかになるにつれ、競馬界の驚くべき事実も見えてくる。隠そうとした ことは、人を殺してまで守るべきことなのか?動機が明らかになった ときにはむなしさを感じた。人間の利害関係に巻き込まれたパステルも 憐れだ。本来のミステリーの面白さに加え、競走馬の血統についての描写も 興味深く、面白かった。


  LAST  石田衣良  ☆☆
「後がない!」
生きていくうえでの選択権などありはしない。はたしてどこまで落ちていくのか? ぎりぎりまで追い詰められたさまざまな人間たちを鋭く描いた7編を収録。

借金で首が回らなくなった男のとった道は?借金返済のために女が選んだ 職業は?そして、テレフォンクラブで受け取った電話の相手が最後に やったことは・・・。どれも暗い話ばかりだ。読んでいて救いがない。 人生の底辺をはいずり回っているような息苦しさ、不快感がある。特に 「ラストシュート」は読んでいて気分が悪くなる思いを味わった。この短編で 作者が言いたかったことは何か?それがまったく分からない。また、積極的に 理解しようという気持ちさえ起こらない。読後感もよくなかった。


  エンジェル  石田衣良  ☆☆☆
気づいたら幽霊になっていた・・・。幽霊となった純一が最初に見たのは、 殺されて埋められていく自分の姿だった。自分はなぜ殺されたのか? 失った2年分の記憶を取り戻すために、彼は行動を開始した。

幽霊となった純一は、自分が殺された理由を調べるために行動を開始する。彼は、 自由に空を飛べて、自由にあちこち行き来することができる。さらに、それぞれの 幽霊には固有の能力があり、もちろん純一もある能力を持っている。うらやましい。 読んでいて「幽霊も悪くないかも♪」と思ってしまう。人は自分勝手な生き物だ。自分の 利益のためには、他人の命を顧みないところがある。純一が殺された理由が明らかに なるにつれ、人間の醜い部分がたくさん見えてくる。誰を信じていいのか分からない、 殺伐とした現代社会のひずみがそこにある。読んでいて暗澹たる気持ちになったが、 ラストは無難にまとめられていたので読後感は悪くなかった。


  十字屋敷のピエロ  東野圭吾  ☆☆☆
建物の形から十字屋敷と呼ばれる竹宮家。ピエロの人形が飾られたその日、 悲劇が起こる。バルコニーから飛び降りて死んだ竹宮頼子は本当に自殺だった のか?その時ピエロの人形は何を見たのか?その後起きる殺人事件の犯人は?

十字屋敷で殺人事件が起きる。犯行がどのように行われたか、その一部始終を 知っているのは犯人と被害者の2人だけ。普通のミステリーならこういう感じだが、 この作品は犯行のすべてを見ていたピエロの人形を語り手として登場させるという、 驚くべき方法をとっている。そしてそのことによって作品に、より立体感を与えている。 殺人のトリックも、全然予想できない意外な方法だった。竹宮家の人たちの確執も、 この作品をより面白くしている。最後に、頼子の娘佳織がつぶやいた一言が衝撃的で、 いつまでも余韻が残った。


  トムは真夜中の庭で  フィリパ・ピアス  ☆☆☆☆
弟のピーターがはしかになったため、いやいやよその家に預けられることに なったトム。その家の古時計が真夜中に、あるはずのない時刻・・・13の 鐘を打つとき、昼間なかったはずの庭園が現れた。時を超えた不思議な物語。

時は流れている。過去から現在、そして未来へ。過去の世界へ行くということは、 昔からの人類の夢でもあり、あこがれでもあった。そんな夢やあこがれを見事に 描いている。トムが真夜中の裏庭で知り合うのは、過去の時代に生きている少女だ。 古時計が13の鐘を鳴らすとき、何の変哲もない扉が未知の世界への入り口となる。 読んでいてワクワクした。トムとハティ、2人の生き生きとした描写が印象的だ。 トムが、預けられている家から自分の家に戻る日が近づいてくる・・・。また、 裏庭やハティの様子も変化していく・・・。残りのページが少なくなるにつれ、 どんなラストが待っているのかとても心配だったが、読者を感動に導くすばらしい ラストだった。児童文学に位置づけられている本だが、大人が読んでも充分に楽しめる 内容だと思う。


  デッドエンドの思い出  よしもとばなな  ☆☆☆
傷ついた心を抱えたままで、家には帰れなかった・・・。婚約者に裏切られ たミミは、おじさんの所有する店の2階に少しの間住むことにした。そのお店で 働く西山君とのほのぼのとしたふれあいは、ミミの心を少しずつ癒していった・・・。 癒されていく心をふんわりと描いた表題作を含む5編を収録。

「おかあさーん!」ではある事件をきっかけに自分の人生をあらためて見直し 力強く生きていくことを決心した女性を温かな目で、「あったかくない」では 幼い頃の思い出を切なく、「ともちゃんの幸せ」では幸せに恵まれなかった ともちゃんをやさしく包むように、描いている。私が特に印象に残った「幽霊の いえ」では、家族や夫婦、恋人などの大切な人との関係をしっとりと描いている。 死んでしまったのにそのことに気づかず、いつもと変わらぬ日常生活を営んでいる 老夫婦の幽霊。その存在を静かに見守る岩倉君のやさしさが、泣きたくなるほど 胸にしみた。読んでいて心地よく、心が温まる話ばかりだった。


  異人たちとの夏  山田太一  ☆☆☆
妻と別れたあと、寂しい心のすき間に入り込んできたものは? かつて両親と暮らしていたなつかしい浅草で男が出会ったのは、 すでに自分より年下になってしまった両親だった。この世のものでは ないと感じながら、男は彼らに近づくのをやめることができなかった。

父は39歳、母は35歳でこの世を去った。36年前の突然の別れ。 今目の前にいる2人に近づくことがどんなに危険なことか、分かっていても 自分を止められない。そこにいるのは紛れもなく、自分を愛してくれた 人たちだから。会うことをやめなければと思いながら、会わずにはいられない 男の心が痛いほどよく分かる。きっと、ずっと抱えてきた心のすき間を埋めた かったのだ。もう一度、親の愛情を体全体で受け止めたかったのだ。 いつかは別れなければならないのに。そのことがとても切ない。男と恋人ケイとの 関係も、ホロリとさせられるものがあった。最後はちょっと怖かったが・・・。


  朝日のようにさわやかに  恩田陸  ☆☆☆
オランダのグロールシュというビールから連想するのは、トランペットに 心太。それらにまつわる話を面白おかしく描いた表題作を含む14編を収録。

ミステリーありホラーあり、そしてショートショートあり♪いろいろな種類のお話が 楽しめた。この中で好きだった話は「冷凍みかん」と「淋しいお城」だ。「冷凍みかん」は、 星新一さんのショートショートを思い起こさせるような逸品だった。冷凍みかんの 意味するものは?作者の発想がきらりと光る。「淋しいお城」は、女の子の心の内を 鋭くとらえた、興味深い作品だった。淋しいお城に連れてこられた子供たちが家に 帰る方法がユニークで、親と子の関係をあらためて考えさせられた。まるで、いろいろな 色やいろいろな味がぎっしり詰まったキャンデーボックスのような本だった。


  赤朽葉家の伝説  桜庭一樹  ☆☆☆☆
”辺境の人”においていかれた万葉には、未来が視えるという 不思議な力があった。そのひろわれっ子の万葉が、旧家の赤朽葉家に 嫁ぐことになったのだが・・・。万葉、毛毬、瞳子、三代の女性たちの 生きざまを、鮮やかに描いた作品。

未来が視えるという万葉の不思議な力。その力は、製鉄業を営む赤朽葉家を 窮地から救ったこともある。しかし、自分にとって大切な人たちの未来を 視てしまうこともある。未来を知ってしまっても変えることはできない。 ただ運命に向かって突き進む人たちを見守ることしかできない万葉の姿は、胸を打つ。 また、時代が大きく変わる中、流されることなく己の信念を貫き通した万葉の娘 毛毬の生きざまはすさまじい。生きるということは、こんなにも激しいことなのか。 ラストの毛毬の娘瞳子の万葉への思いには、ほろりとくるものがあった。赤朽葉家に関わる 人々が織りなす物語も、切なくてほろ苦い。これから、瞳子そして私たちが生きる未来は どうなっていくのだろう?自分自身の人生についても、考えさせられるものがあった。


  魔術師  ジョン・ファウルズ  ☆☆☆
フラクソス島のロード・バイロン学校に赴任することになった ニコライは、前任者のミットフォードから島や学校に関する いろいろな情報を得る。ミットフォードは分かれる直前に、「待合室に 気をつけろ。」という謎の言葉を残して去って行った。その言葉の 意味するものを知ったときニコライは・・・?

島で出会った老人コンヒス。彼の家に招待されたときから、ニコライは彼の 巧妙な罠にはめられていく。コンヒスの口から語られる彼の過去。はたして それのどこまでが真実なのか?ニコライがコンヒスの嘘を暴き出し、真実に たどり着いたと思ったのもつかの間、その向こうには驚くべきものが待っていた。 ニコライ同様、真実をつかもうともがいてみるが、その努力がむなしい事を イヤと言うほど思い知らされる。コンヒスはいったいどこまで巧妙なのか?登場人物の 誰の言葉を信じればいいのか?読み手は、作者に翻弄され続ける。「魔術」には 必ずタネがあるものだが、この作品の中からそれを見つけるのは至難の業だと 感じた。深い味わいのある作品だと思う。


  1985年の奇跡  五十嵐貴久  ☆☆☆
弱小野球部に入部してきたのは、誰もが認めるエースの沢渡だった。 「甲子園も夢じゃない!」小金井公園高校の野球部員たちは奇跡を 起こせるのか?

厳しい校長の監視下の中、せっせと練習に励む野球部員たち。 転校してきた沢渡が見せた甲子園へのつかの間の夢。それは彼らの 心に改革を起こした。ひとつの目標に向かって努力する姿や、逆境の 中でも負けない根性は、何だかテレビの青春ドラマを見ているようだった。 「こんなこと実際にはあり得ないだろう。」そう思いながら、いつの間にか 話の中にのめり込んでいた。結果はどうであれ、何かに打ち込む瞬間は 感動的だ。軽いタッチで読後もさわやか♪清涼剤みたいな作品だった。


  鋏の記憶  今邑彩  ☆☆☆☆
いろいろなものの中に封じ込められた思いや記憶。紫は、物に触れただけで それらを感じることができた。ある日知人のところで触れた鋏。その中には とんでもない過去の出来事が残されていた。表題作「鋏の記憶」を含む 4編を収録。

4編の中で一番印象に残ったのは「鋏の記憶」だ。鋏の中に秘められた 母親の心を思うと、胸が痛くなった。その母親がついに語ることのなかった 真実が暴かれた時は、ちょっと衝撃的だった。悲劇的なラストでなかったのが 救いだったが。「弁当箱は知っている」は、一人の男の哀切を見事に描いた作品だと 思う。彼が守りたかったものがどんなにむなしいものであったか・・・。弁当箱に 向き合う彼の姿を想像すると、あわれさを感じる。残る二つも面白かった。全体と してよくまとまった作品だと思う。読後も満足♪


  螺鈿迷宮  海堂尊  ☆☆
桜宮病院に不穏な動き?東城大学医学部の学生である天馬は、幼なじみの 葉子から桜宮病院への潜入を依頼される。終末期医療に力を入れている その病院では、あまりにも人が死にすぎていた・・・。

おなじみ「チーム・バチスタの栄光」シリーズ3作目だが、シリーズが 進むにつれてその魅力が薄れていくような気がする。おなじみの田口が 登場しないのは物足りなかった。内容もちょっと漫画的すぎないだろうか? 天馬の過去の因縁話も、あまり驚きも感動もなかった。白鳥の登場の仕方も いまいち。それに、あれほど正体を知りたかった氷姫だが、正体が分かれば 「な〜〜んだ」という感じ。もっとすごい存在の女性を想像していたのだが。 ただ、人はいかに生きるべきか?いかに死ぬべきか?という切実な問題については、 胸にずしんと来るものがあった。ラストは完璧に「次回作へ続く」だったので、 期待しながら待っていたい♪


  ららら科學の子  矢作俊彦  ☆☆☆
学生運動が盛んな頃殺人未遂で中国に逃亡した「彼」が、30年ぶりに 日本に戻ってきた。そこで彼が見たもの、感じたものは・・・?

いったい何を得たというのだろうか?学生運動で、そして30年間いた中国で。 家族も友人も捨ててしまって、残ったものは何だったのだろう?そして、なぜ 日本に戻ってきたのだろう?戻ってきても、たった一人の肉親である妹にさえも 会うことをためらっているのに。読んでいるとなぜ?なぜ?という疑問ばかりが わいてくる。30年前の過去から突然タイムスリップしたかのような彼。 戸惑いばかりの生活は、楽しいはずがない。私には徒に年をとってしまったとしか 思えない。ラスト、彼の心の中にはほんの少しでも未来への希望があったのだろうか。 淡々としすぎていて読んでいてもあまり面白いとは感じなかったが、考えさせられる ことは多かった。


  凸凹デイズ  山本幸久  ☆☆☆
デザイン事務所凹組はどんな仕事も引き受ける小さな会社。そこで 働く大滝、黒川、そして凪海。ある日凪海の考えたキャラクターが 企業のイメージキャラクターに採用されることになった。一緒に仕事を することになったのはQQQという会社で、社長の醐宮純子はかつて 凹組を立ち上げた一人だった・・・。

醐宮、大滝、黒川の過去の話と現在の話とを織り交ぜて、物語は進んで いく。そのコントラストがとてもよかった。仕事に迷いや挫折、悩みは つきものだが、そういうことを深刻にとらえずに軽いタッチでリズミカルに、 時にはユーモラスに描いている。読んでいて心地よさも感じた。仕事は お金だけでは決められない。どれだけ自分が打ち込めるか、どれだけ やりがいがあるか、そのことのほうが大事だと思う。この作品の中に 出てくる人たちの人間関係もさわやか♪心が温まる作品だった。


  クラインの壺  岡嶋二人  ☆☆☆
ゲームストーリー「ブレイン・シンドローム」が、実際にゲーム化されることに なった。原作者の上杉彰彦は、イプシロンプロジェクトが作ったゲームの世界を 自ら体験することになる。仮想現実の世界に入り込んだ彼を待っていたのは、 恐ろしいできごとだった・・・。

現実と仮想現実の世界。その境はいったいどこにあるのか?読んでいて 分からなくなってしまった。あたかも実際に触れたように、見たように、食べた ように・・・。仮想世界で体験したことを、実際に体験したように錯覚する。 ゲームの世界なら、それはとても魅力ある世界を体験できることになる。だが、 それを別の目的で使ったとしたら?人が人を操作することも可能だ。また、 人間の人格を破壊することも可能だ。これは、恐ろしい兵器となってしまう。 彰彦はいったいどの世界にいるのか?その謎が読み手を作品にのめり込ませる。 この作品は1989年に刊行された。だが発想は、まったく古さを感じさせない。 むしろ現代に通じるものがある。ラストは、まだその先を読みたいと思わせるもの だった。気になってしょうがないのだが・・・。


  いつもの寄り道  赤川次郎  ☆☆☆
青森の温泉街の旅館の火事で夫が死亡!しかも女性連れだった。 大阪に出張のはずだったのになぜ夫は青森に?会社の同僚だった宮田は なぜ夫の手帳の行方を執拗に尋ねるのか?新婚1年目で未亡人になって しまった加奈子にも、危険が迫る・・・。

夫が女性とともに焼死。殺人事件も起こる。だが、作者の描き方のせいか 事態の深刻さがそれほど伝わってこない。加奈子の様子にも切迫感や 緊迫感が感じられない。サラサラと表面だけをなでるように、物語が進んでいく。 何も考えずに本を読みたい時にはこういう作品もいいと思うが、じっくりと内容を 味わって読みたい時には全然物足りない。単なる娯楽作品で、軽いノリの2時間 もののサスペンスドラマを見ているような感覚だった。それなりには楽しめたが。


  花の下にて春死なむ  北森鴻  ☆☆☆
句会の仲間であった片岡草魚がアパートでひっそりと死んだ。 誰も彼の素性を知らなかった。かつて一度だけ彼と一緒に過ごした ことのある七緒は、草魚のことを調べようとするが・・・。また、 草魚の遺した句には、ある事件の真相が隠されていた。表題作を含む 6編を収録。

この作品は連作ミステリーになっている。「香菜里屋」という店を 訪れる客。その客たちにまつわる話や、客たちが話題にするできごとから、 店主の工藤が独特の感性で謎を解いていく。印象に残ったのは表題作の 「花の下にて春死なむ」だ。一人の男の人生の悲哀さを感じさせる。また、 その男に思いを寄せていた一人の女性の心情にもほろりとさせられるものが あった。ただ、全体的にストーリーにもう少し工夫がほしかった。謎が分かっても 「なるほど!」とは思えなかった。工藤が作る料理の描写がすばらしくて、食べて みたいとは思ったのだが・・・。


  ナイチンゲールの沈黙  海堂尊  ☆☆☆
網膜芽腫という眼球に発生するガンの一種のため、眼球摘出をしなければ ならない牧村瑞人。だが彼は決して手術を承諾しようとはしなかった。彼を含む 数人の子供たちは、心のケアのために不定愁訴外来の田口の診察を受ける。 そんな折、牧村瑞人の父親が何者かに殺されるという事件が起こる・・・。 「チーム・バチスタの栄光」でおなじみの田口、白鳥コンビ、再び登場!

田口のキャラは相変わらず健在。いや、一段と磨きがかかったかもしれない。 病院内外で起こる問題はどれも深刻であるはずなのに、田口と白鳥のキャラが その深刻ささえも吹き飛ばしてしまう。この辺はちょっとドタバタすぎるのでは ないかと気になった。また、作品の中にいろいろなものが詰め込まれ過ぎて いて、どれに焦点をあわせて読むべきか迷ってしまった。枝葉ばかりが目について、 肝心の幹が見えない。加納警視正、猫田師長など田口、白鳥のほかにも個性的な キャラの持ち主が多数登場して作品を盛り上げているので、それなりには楽しめる作品 だったが・・・。


  神無き月十番目の夜  飯嶋和一  ☆☆☆
いったい小生瀬で何が起きたのか?大藤嘉衛門は、小生瀬村の住民 300名以上が消えてしまうという異常な状態を目の当たりにする。 その住民達は一人残らず殺されていた・・・。1602年10月に 起こった惨劇。そこにいたるまでの過程を克明に描いた作品。

時代は変わり徳川の世になった。だが小生瀬村の住民達は屈しようとは しなかった。検地にやってきた役人をひそかに葬り去るという暴挙に出る。 肝煎の一人石橋籐九郎が最悪の事態を避けようとどんなに奔走しても、事態は 坂道を転がり落ちるように悲劇に向かってつき進んでいく。住民達の運命を 先に知ってしまっているだけに、読んでいてかなりつらいものがあった。 徳川家康に従うのか?逆らうのか?どちらにしても住民達にとっては悲劇だったと 思う。だが、彼らが選んだ道が正しいといえるのか?村が滅びてしまったという 事実を前にして、籐九郎の無念さをあらためて思う。歴史の闇に埋もれていた 事件を元に書かれたものなので、生々しい迫力がある作品だった。


  波のうえの魔術師  石田衣良  ☆☆☆
ターゲットはまつば銀行。詐欺まがいの手口でまつば銀行にお金をだまし 取られた被害者の恨みを背に、小塚老人と白戸は巨大銀行に罠を仕掛ける。 はたして結末は?

毎日毎日株価の3桁の数字をながめ続ける。その作業から巨大銀行を陥れる 罠を仕掛ける。いつどんなタイミングで?その息詰まるような緊迫した描写は 読んでいてもハラハラする。真正面からぶつかっても決して崩れない相手。 その相手に対して、株価を操作するという頭脳作戦は、株を知り尽くした作者 ならではの発想だ。軽快な文章でテンポもよく、株の世界も垣間見えて、とても 興味深く読んだ。ただ、もう少し株の知識があったならもっとこの作品を楽しめたの ではないかと思う。


  隠し剣秋風抄  藤沢周平  ☆☆☆
藩主のための毒見をしたとき、三村新之丞は毒にあたり失明した。 上司である島村藤弥に家名存続を頼みにいった妻の加世は、代償を 求められる。それを知った新之丞は「武士の一分」のため、島村に 果し合いを申し込むが・・・。「盲目剣谺返し」を含む9編を収録。

藩のため、愛する者のため、そしておのれのプライドのため、人を切るには それなりの理由があった。日常の様子からは想像もできぬほどの剣の腕。 この作品に登場するのはそういう武士ばかりだ。だが、どんな理由があるにせよ、 人を切り殺すことに変わりはない。その悲哀さも含め、人の心の揺れ動くさまを 作者はじっくりと描いている。いつの世も、生きることには悩みがある。 すっきりしたラストばかりではないけれど、心に余韻を残す作品だった。


  月の扉  石持浅海  ☆☆☆
不当逮捕された師匠をある目的のため外に連れ出そうと、真壁、 柿崎、村上の3人は那覇空港で飛行機をハイジャックする。だが、 その機内で乗客の一人が殺された!ハイジャック事件と密室殺人の 謎解きがミックスされた異色の作品。

ハイジャックされた機内で殺人事件が起こるという、今までに読んだことの ない作品だった。ハイジャックの目的は達成されるのか?そして殺人 事件の犯人は?読み手を飽きさせることなくラストまで引っぱっていく。 ハイジャックの鮮やかな手際のよさや、殺人事件を推理する座間味くんの キャラクターが面白かった。ただ、師匠がカリスマ的存在であるということの 説得力が弱いのではないかと思った。3人がハイジャックという大きな事件を 起こしてまで師匠を連れ出そうとする目的も、非現実的過ぎないだろうか? 結末も、途中の盛り上がりに比べたらちょっと物足りなかった。


  いつもの朝に  今邑彩  ☆☆☆
画家日向沙羅の描く絵の中にいつもいる顔のない少年。そこには30年前の 悲惨な事件が隠されていた。そして、30年の時を超え、その事件は沙羅の 2人の息子達に襲いかかる。彼らと過去の事件にはいったいどんなつながりが あるというのだろうか・・・?

父亡きあと、母と2人の息子は仲良く暮らしていた。そしてその日がこれからも続くと 信じていた。「いつもの」。その言葉がどんなに大切で貴重なものか!作者は、 失おうとしているその言葉を家族が取り戻そうとするさまを、感動的に描こうとしている。 また、浮かび上がってくる過去の事件と兄弟との関係にはつらいものがあったが、 絆の深さというものを強く感じさせようとしている。けれど、作者の意図は なかなかこちら側には伝わってこなかった。テーマーやストーリー性の重さに 比べ、文章が軽すぎる気がした。さらっとし過ぎているというか、上っ面だけを すべっていくような・・・というか、そのアンバランスさがとても気になった。 感情移入できないまま読み終えてしまったのが残念だった。


  まほろ駅前多田便利軒  三浦しをん  ☆☆☆
まほろ駅前で便利屋稼業を営む多田。そこにころがり込んできたのは 高校時代の同級生行天だった。気が合うのか合わないのか?二人は 頼まれごとを速やかに解決するために奔走する。

多田と行天、絶妙のコンビとでも言うのだろうか。持ち込まれる頼みごとを、 二人はフォローしあってこなしていく。中には、どうしてこんなことまで?と 首を傾げたくなるような依頼もあるが・・・。人はいろいろなものを抱え込んで 生きている。それらとどう向き合って生きていくべきか?そこから一歩を 踏み出すのは容易なことではない。多田が一歩を踏み出すことができたのは、 やはり行天がいたからだと思う。この二人の活躍はこれからも続くのだろうか? できればそうあってほしいものだと願っている。


  都市伝説セピア  朱川湊人  ☆☆☆
フクロウ男となり、自らの手で作り上げた都市伝説。ある日男は自分の 中に、本物のフクロウ男の存在を感じるようになる・・・。「フクロウ 男」を含む5編を収録。

「フクロウ男」は本当に存在するのか?噂は噂を呼び、得体の知れないものが 都市伝説となり動き出す。自らの手でそれを作り上げていく男。それは狂気以外の 何ものでもない。フクロウ男として行動することに快感を覚え始めた彼の心は、 しだいに「フクロウ男」に乗っ取られていく。その過程はやはり怖かった。
人の運命は決して変えることはできないという切なさを描いた「昨日公園」や、 人の心の弱さがさらけ出されるような「月の石」も、とても興味深かった。作者は 人の心をさまざまな角度からとらえ、描いている。単に怖いだけではない、深みや 奥行きのある作品だった。ホラーは苦手・・・という人にも読んでもらいたい。


  エバーグリーン  豊島ミホ  ☆☆☆
「10年後のこの日、この場所で。」
10年前の約束をシンは覚えているのだろうか?10年前の 約束をアヤコは覚えているのだろうか?二人は約束を果たすために、 それぞれの思いを胸に約束の場所へと向かった・・・。

中学校の卒業式。その日かわした約束。お互い夢を実現させて会おうと 誓いあう。10年という歳月は人を大人にしていくが・・・。
夢は叶わないこともある。いや、叶わないほうが多いと思う。だがそれは、 決して挫折ではない。一生懸命努力した結果なら、たとえ別の道を歩く ことになっても、それはそれでいいのだ。夢を叶えることも大切だが、 夢を語ることも同じくらい大切なのだ。夢を語るとき、人は輝けるのだから。 シンとアヤコのそれぞれの10年間には、共感できるところもたくさんあった。 だれにでもある胸がきゅんとなる思い出。この作品は、読み手にそれを思い出 させてくれるのではないだろうか。


  フィッシュストーリー  伊坂幸太郎  ☆☆☆☆
「僕の孤独が魚だとしたら〜♪」
売れないロックバンドの最後の曲は、時を超えさまざまなできごとに 影響を及ぼしていく・・・。表題作を含む4編を収録。

どれも作者らしい発想のストーリーだと思った。特に表題作の「フィッシュ ストーリー」の構成はすばらしい。二十数年前、現在、三十数年前、十年後の 4つの物語を組み立てたりつなぎ合わせたりするのは、読み手自身なのだ。 どうつながっていくのかを考えながら、そしてその裏に隠されたできごとを 想像しながら読むのは楽しかった。
最後に収められている「ポテチ」もよかった。飄々とした今村のキャラは 最高。ピタゴラスの定理には笑ってしまった。今村の心の中にある悲哀に 気づかされたときはちょっとほろっときたが。
この本の中、あちこちに出てくる今までの伊坂作品に登場した人物を 見つけるのも楽しかった。(ただし、全ては無理だった・・・汗)1冊でいろいろ、 何度でも楽しめる♪そんな作品だった。


  所轄刑事・麻生龍太郎  柴田よしき  ☆☆☆
25歳。刑事になったばかりの麻生龍太郎。彼が住む町に起こる さまざまなできごとに対し、鋭い洞察力で立ち向かう。何気ない できごとに隠された真実とは?おなじみ「緑子」シリーズに登場する 麻生の若き日を描いた作品。6編を収録。

「緑子」シリーズに登場する麻生とは、こんな人物だったのか。若き日の 彼はある悩みを抱えているとはいえ、人情味のあるそして優秀な刑事だった。 どんなささいなことも見逃さず、それを手がかりとして状況分析していく。 もしもこのまま刑事を続けていたなら、どんな刑事になったのだろう? やはり「緑子」シリーズに登場する連との関係が強烈な印象として残っている ので、複雑な心境になる。できるのなら、所轄刑事としての麻生の姿を もう少し見てみたいと思う。


  名もなき毒  宮部みゆき  ☆☆☆☆
大企業の会長の娘を妻に持つ杉村は、その企業の社内報を作っている 編集部に籍を置いていた。アルバイトに雇った原田いずみという女性の問題で 私立探偵の北見と知り合い、さらに女子高生美知香と知り合う。美知香の 祖父は、毒物による無差別殺人の犠牲者だった・・・。

毒薬、毒草、毒花、毒キノコ、毒虫、毒蛇など、毒がつくものはいろいろ あるが、毒をもつ人間も世の中にはたくさんいるのだとあらためて感じた。 この作品の中に登場する原田いずみもまさにその一人だ。嘘をつき自分を 正当化する。その嘘は毒となり、相手を深く傷つける。家族も他人も、彼女に 関わった人は全て彼女の毒にやられてしまう。本当にこんな人間がいたなら どうすればいいのか?いや、実際にいてもおかしくはないのかも。ぞっとする。 生きていくうえで私たちは、さまざまな毒に触れていると思う。安全で、きれいな ままでは生きていけないのだ。ところで、全然気づかないうちに、自分自身が毒に なっているということはないのだろうか・・・?ちょっと不安になる(^^;


  朽ちていった命  NHK「東海村臨界事故」取材班  ☆☆☆☆☆
1999年9月30日、茨城県東海村の核燃料加工施設で臨界事故が発生した。 大量の放射線を浴びた大内久さんの、83日間にわたる壮絶な闘病記録。

読んだ後、かなりのショックだった。その状態がしばらく続いた。頭の中を、 読んだばかりの本の内容がぐるぐると回っていた。これは人的災害だった・・・。 マニュアルを無視した、あまりにもお粗末な作業内容。安全性の考慮のかけらもない。
大量の放射線を浴びると人はどうなってしまうのか?それは恐怖の一言に尽きる。 骨髄細胞の検査で判明した染色体の破壊。そのことは、今後新しい細胞が作られないことを 意味していた。古い細胞から新しい細胞への入れ替わりがない体。再生できない! 朽ちていくだけなのだ。現代の最新医療をもってしても、それを止めることは不可能だ。 こんなにも放射線被爆というのは凄まじいものなのか。遺伝子レベルでの破壊が起こるのだ。 最後まであきらめることのなかった大内さん本人、ご家族の方たち、そして医療現場の方々。 壮絶な闘病記録は、読んでいて胸が痛くなるほどだった。
原子力の利用。それはこれからも続くのだろう。原子力を利用しようとする限り、この 事故のことを決して忘れてはならないと思う。つねに危険と隣りあわせだということを 認識していなくてはならない。あらためて、この事故の犠牲者の方々の冥福を祈りたい。 オススメです!!


  いちばん初めにあった海  加納朋子  ☆☆☆☆
住んでいるアパートのあまりの騒音のひどさに引越しを決意した千波。 本を片付けようとした時、1冊の見慣れない本があるのに気づく。「いちばん 初めにあった海」というタイトルの本の間には、「YUKI」という見知らぬ 人物からの手紙がはさまっていた。千波と「YUKI]、二人の過去には いったい何があったのか?表題作と「化石の樹」の2編を収録。

過去のできごとの描写と現在のできごとの描写のはざまの中、千波という 一人の女性の姿が、一枚一枚ベールをはぐように見えてくる。心に深い傷がある。 そのことにさえも気づいていない千波。そんな千波を救おうとしたのは、やはり 心に深い傷を持つ麻子だった。友情がいつしか千波の心を癒していく。そして 麻子の心も・・・。悲しみの底に突き落とされた時、人は自分で自分の心を 壊してしまうことがある。そんな時、やさしく手を差し伸べてくれる人がいたなら どんなに救われることか!千波が再生していく様子を泣きたくなるような気持ちで 読んだ。「いちばん初めにあった海」「化石の樹」の二つで一つの物語は、 心温まるものだった。


  月曜日の水玉模様  加納朋子  ☆☆☆☆
いつもの時間、いつもの電車、いつもの座席に座る「彼」の月曜日のネクタイは、 水玉模様だった。だがある日突然、水玉模様のネクタイが月曜日以外の日にも! 陶子と「彼」こと広海のまわりで起こる小さなミステリーを、曜日ごとに7編収録。

大きな事件は起こらない。日常生活の中で、ほんのちょっといつもと違うことが 起こるだけ。どれもそんな感じのするできごとばかりだ。謎解きの楽しさと、そこに 見え隠れする人たちの悲喜交々がうまくとけあって、作品全体がやわらかで温かい ものに包まれているようだった。曜日ごとのミステリー。月曜日、火曜日、水曜日・・・。 話が進むにしたがって、陶子と広海の関係も微妙に変化していく。この二人どうなるの? そんなことを考えながら、ほのぼのとした気持ちで本を閉じた。


  晩夏に捧ぐ  大崎梢  ☆☆☆
成風堂に勤める杏子のもとに一通の手紙が届く。もと同僚だった 美保からのもので、今勤めている老舗の本屋まるう堂に幽霊が出るという。 アルバイトの名探偵(?)多絵と一緒に来て、解決してほしいとの依頼だった。 杏子と多絵はさっそく信州へと向かうが・・・。

幽霊の正体は、作家殺しの犯人として捕まり、刑務所内で病死した作家の 弟子小松秋郎だというが・・・。はたして彼は本当に殺人犯なのか? また、なぜ事件から20数年を経た今になって幽霊が出るようになったのか? どんな真相が出てくるのかとワクワクしながら読み進んだが、真相をつかんだ 多絵がなかなかそれを話さないのでかなりイライラした。もったいぶって いるとしか思えない。杏子のように多絵に対して「はっきりしろ!」と 詰め寄りたくなった。ちょっと引っぱりすぎではないだろうか?その割には 真相は貧弱だと思う。正直言って、がっかりした。もっとテンポよく、 読み手を作品の中にのめり込ませるものがあればよかったのに。作品の内容 自体はちょっと・・・という感じだが、本屋さんの描写はさすがにうまい。 本好きにはたまらなかった♪


  失われた町  三崎亜記  ☆☆☆
30年に一度起こると言われている町の消滅。町から全ての人が失われる! 残された人たちは、失われた人たちの思いをどう受け止めるべきなのか? また、町の消滅を食い止める方法は?

普通に生活していることを断ち切られる。自分がいなくなるということを自覚 していても逃れられない・・・。町から全ての人がいなくなるというその光景を 想像したとき、あまりの恐ろしさに身震いする。「意思を持つ町」。町は何のために 人を消滅させるのか?残された人たちが悲しみを乗り越え消滅を阻止しようとする姿 には、胸が熱くなる。はたして食い止めることができるのか?「早く先が読みたい!」 そう思い、ページをめくるのももどかしく感じるほどだった。人が人の思いを伝え続けて いく限り、消滅を食い止められる可能性は充分にある。「望みはきっと誰かが繋げて くれると思います」この言葉が印象的だった。


  哀しい予感  吉本ばなな  ☆☆☆
私立高校の音楽教師。30歳で独身。変人とも思える日常生活を送る おばだが、弥生は大好きだった。おばとの間にたゆらうものに弥生が気づいたとき、 おばは突然姿を消した・・・。みずみずしく、そして透明感あふれる物語。

ここに出てくる人たちは何てやさしいのだろう。それも悲しいほどに。おばは失われて しまった大切なものを、抱きかかえるように生きてきた。弥生の両親や弟の哲生は、 慈しむように、温かなまなざしで弥生を見つめ続けてきた。弥生がそれらの人たちの 真の思いに触れたとき、物語はゆっくりと動き出す。
昔、おだやかな、そしてかけがえのない日々があった。失われたそれらの日々は決して もどってはこないけれど、弥生やおばたちの未来には、きらめく何かが待っている。 読んでいて救われる思いを感じたとき、静かな感動が心の中を流れていった。


  一瞬の風になれ  佐藤多佳子  ☆☆☆☆
中学2年で一度陸上をやめた連。中学時代でサッカーに見切りをつけた 新二。春野台高校陸上部にこの二人が入部した・・・。走ることの楽しさ すばらしさを、見事に描ききった作品。

「走る」ということの陰に、こんなにさまざまなドラマが隠されているとは! とても感動的だった。フォーム、持久力、スタートダッシュ、レースのペース配分 など、考えなければならないこと、やらなければならないことはたくさんある。 レースには自分のすべてを注ぎ込まなければならない。大会の様子は、読んでいて まるでその場に行って実際に見ているみたいにドキドキした。特に4継(よんけい)と 呼ばれる400mリレーの描写は圧巻だった。一人一人が速く走るのはもちろんだが、 勝負を左右するのはバトンワークだ。4人の気持ちがひとつにならなければ勝利は つかめない。彼ら4人が風になったときは、「やったー!」と叫びたくなった。 読後もさわやか。心に残る作品だった。


  最愛  真保裕一  ☆☆
小児科医の押村悟郎に、警察から電話が・・・。18年間会っていなかった 姉が救急病院に搬送された。しかも、大変危険な状態らしい。姉は前日に 婚姻届を出していたが、相手の男は行方不明だった。はたして姉に何が あったのか?

幼い頃両親と死に別れ、姉弟でつらい思いをしてきた。そんな過去を織り交ぜ ながら話は展開する。姉はいったいどんな生活をしていたのか?姉はいったい 何をしたのか?そこに隠された真実は?それが知りたくて一気に読んだが、真相が 分かってもそれほどの感動はなかった。姉のエピソードも語られていたが、ちょっと 大げさで、わざとらしく感じた。姉弟の関係は、「そう来たか!」といった感じだが、 「そうしなきゃダメなの?」と思ってしまう。作者はこの作品になぜ「最愛」と いうタイトルをつけたのか?その意味がよく理解できない。恋愛小説?ミステリー? どっちつかずの中途半端なものになってしまったのでは?


  心にナイフをしのばせて  奥野修司  ☆☆☆
高校生になったばかりの息子が殺された!その無残な姿は家族に 衝撃を与える。被害者の家族は、一生消えることのない心の傷を抱いて 生きていた。一方、加害者の少年は・・・。28年前の事件を追跡した 作品。

いったい何があったのか?15歳の少年が同級生を殺害する。それも残酷な 方法で。そこから被害者の家族の地獄が始まった。何年たっても決して 消えることのない心の傷。忘れたくても忘れられない。つねに事件のことが 頭にある。家族の心情を思うと、胸が痛い。加害者は「少年法」により、 それほど罪を問われることはなかった。そして、数年後には何食わぬ顔で社会に復帰する。 この事件の加害者の少年の、その後の姿にはあ然とさせられた。彼には、被害者の家族へ 詫びようとする気持ちはまるでなかった。社会的地位を得て、平然と生活している。 そのことに激しい衝撃を覚えた。被害者の家族を救済する道はないのか?読後は、やりきれない 気持ちだけが残った。


  銃とチョコレート  乙一  ☆☆☆
金持ちの家から、金貨や宝石を盗む怪盗「ゴディバ」。彼は犯行現場に いつも「GODIVA」と書かれたカードを残していった。少年リンツは 父からもらった聖書の中に、1枚の地図を発見する。その地図の裏には、ゴディバの 残したカードの裏に描かれたのと同じ風車の絵が!彼は探偵ロイズに手紙を出すが・・・。

児童書にしては内容がすごい!正義は正義のまま終わらない。生きるためには 何でもあり!?作者の読み手へのメッセージはものすごいインパクトだ。これって 本当に児童書なの?と思ってしまう。だが、作者らしいよさが出ていたと思う。 既存の児童書にありがちな結末に持っていかないところは、斬新なものさえ感じる。 世の中は厳しいんだ。だから自分の手で何とかしなきゃならないことがたくさん ある。読んだ人はきっとそう思うだろう。大人でも充分楽しめる作品だった。 親子で同じ本を読むのも、いいのではないだろうか。


  空飛ぶタイヤ  池井戸潤  ☆☆☆☆☆
脱落したトレーラーのタイヤに直撃された主婦が亡くなった!運送会社の社長 赤松の衝撃は大きかった。トレーラーの製造元ホープ自動車は、赤松運送の 整備不良が原因だという結論を下すが、納得できない赤松は独自に調べ始めた。 浮かび上がってきたのは、ホープ自動車の驚くべき真の姿だった・・・。

読んでいて腹立たしかった。大企業とはこんなものなのか。人が犠牲になっても、 決してその責任を認めようとはしない。考えることは、保身や、自分のプライドの ことばかり。自分たちにとって不利益なものは徹底して隠そうとする。その やり方は、悪質で卑劣だ。消費者の信頼があったからこそ、会社が大きくなってきたの ではないのか?そのことを忘れ、消費者のことなどどうでもいいと思ったとき、企業は 手痛いしっぺ返しをくらう。消費者をなめるな!そう叫びたい。孤軍奮闘の赤松。 事故のことが原因で子供たちもいじめにあう。会社も倒産の危機に。だが、決して あきらめずに突き進む姿は感動的だった。家族や仲間の絆も、読み手の胸を熱く させる。ラストもよかった。一人でも多くの人に読んでもらいたいと思う作品だった。


  どれくらいの愛情  白石一文  ☆☆☆
ずっと一緒にいたいと思った女性だった・・・。晶に裏切られたと 思い込んでいた正平は、ある日意外な真実を知る。表題作を含む 4編を収録。

4編のなかで一番印象に残ったのは表題作の「どれくらいの愛情」だった。 相手を思う気持ちが本物なら、強い意志でどんなことでも乗り越えられる。 そのことを強く感じた。いろいろな愛の形があるが、一番大切なのは 愛する人を幸せにしたいと思う気持ちではないだろうか。どの話も、人を愛し、 一生懸命生きている人の姿が生き生きと描かれていた。ただ、4編ともインパクトが 弱いと思う。感動もなかったし、読後の余韻も感じられなかったのは残念!


  告白  町田康  ☆☆
彼はなぜ10人もの人を殺したのか?明治26年5月25日、熊太郎は 弥五郎と共に、松永傳次郎宅などを襲った!被害者の中には幼い子供も 含まれていた・・・。実際にあった事件を、作者独自の視点で描いた作品。

熊太郎は、実際はどんな人物であったのだろう?作者は熊太郎を、 心の中の思いと言葉が一致しない人間として描いている。このことが 彼自身を自ら追い詰めていくことになるのだが。熊太郎の生い立ち、そして 大事件への軌跡。それらはとても興味深いものだったが、ちょっと長すぎる ような気がする。熊太郎の心情を描いた部分も、だらだらとしている。 作者はこんな事件を起こした熊太郎という人物をどういうふうに思っているのか? そのことが全然伝わってこない。単に面白おかしく書かれたもの・・・ただそれだけの 印象だった。


  モノレールねこ  加納朋子  ☆☆☆☆☆
だらんとして、まるでスライムみたいなねこ。あまったお肉が塀の上で垂れ 下がっているところは、モノレールそっくり!そんなモノレールねこの赤い 首輪に手紙をはさみ、見知らぬ相手との文通が始まった。はたして結末は? 表題作を含む8編を収録。

どの話も心温まるものだった。読後も余韻が残る。特に好きな作品は 「モノレールねこ」「パズルの中の犬」「ポトスの樹」「バルタン最期の日」 だった。「モノレールねこ」では、ねこを通して文通する二人の、その後の結末に 思わずほほえんだ。「パズルの中の犬」では、人が心の中に抱え込んでいる思いに、 ため息をついた。「ポトスの樹」では、家族の温かさを感じた。そして「バルタン 最期の日」では、笑いの中にもちょっぴりの切なさを感じた。短編集だとどうしても 好きな話とあまりそうではない話があるものなのだけれど、この作品の中の 話はどれもほんわかしていて好きだった。8編に共通するのは家族への思い。 作者はていねいにやさしく、いつくしみながら描いている。手元に置いて、何度でも 読み返したい!・・・そんなステキな作品だった。


  庭の桜、隣の犬  角田光代  ☆☆☆☆
「おれ、部屋を借りようと思うんだ。」宗二の言葉に思わず「はあー!」と 大声を出した房子。夫は何のためにそう言い出したのか?夫婦とはいったい 何なのかを、やわらかなタッチで描いた作品。

同じ屋根の下に住んでいても、お互い理解できない部分もある。夫婦だから 互いのすべてを知っているとは限らない。この作品を読んでつくづくそう感じた。 それは許される範囲なのか?はたまた許せない範囲なのか?私は、宗二の部屋を借りた 理由が何となく理解できる気がした。一人になって自分を見つめたいときもあるのだ。 また同時に、房子の気持ちも分かる気がする。この二人、いろいろあるけれど 結局はずっと夫婦でいるのだろう。怒ったり、笑ったり、泣いたり、悩んだり しながら、人は生きていく。夫婦でいることの意味は、もっとずっと後になってから 分かることなのかもしれないけれど、夫婦でいることのよさをちょっぴり感じさせて くれる作品だった。


  ボトルネック  米澤穂信  ☆☆
死んだ恋人諏訪ノゾミを弔うために、ノゾミが死んだ場所東尋坊にリョウはやって 来た。だが、意識を失い気がついたときには、金沢市内の公園のベンチにいた。 そこはリョウが存在しない世界だった・・・。

自分が生まれていない世界。家にはリョウのかわりに、リョウの世界では生まれずに 死んでしまったサキがいた。そのことが、同じように見える世界でどう影響していくのか? リョウが感じたのは、どう行動するかでまったく結果が違ってしまうということ だった。運命だと思ってあきらめていたできごと。それが、もしかしたらリョウの考えひとつで 違った方向に進む可能性もあったのだ。サキの世界に迷い込まなければ、気づくことはなかった のだが・・・。そう考えるととても不思議な感じがした。着想は面白かった。でも、いまひとつ 作品の中に入っていけなかった。話の展開も緩慢な感じがしたし、一つ一つの事実にもあまり 驚きを感じなかった。もっとスリリングな展開を期待していたのだが。


  5000年前の男  コンラート・シュピンドラー  ☆☆☆
1991年9月、解けた氷河の中から驚くべきものが現れた。 5000年前の男性のミイラだった。長い時を経て、彼はいったい 我々に何を語りかけるのか?発見から調査までを詳しくリポートした 作品。

アイスマンと呼ばれる、発見されたミイラから分かることは数知れない。 彼はどのように生活していたのか?どんな道具を使っていたのか?どんな 服装をしていたのか?持ち物からも、当時の環境が明らかになってきた。 普通の生活の果ての死。それは死んだ後にミイラにされたものが発見されるの とは全く違う様子を示している。読めば読むほど興味深い。この本が出版されて からけっこう年月がたっている。まだまだ多くの発見があったに違いない。この 本のその後もぜひ調べたいと思っている。