*2008年*

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  家族八景  筒井康隆  ☆☆☆
人が何を考えているのかすべて分かってしまう不思議な能力を持つ七瀬。 彼女はこのことを他人に知られないように生きてきた。お手伝いさんとして いろいろな家庭を転々とする日々の中で、彼女が経験したことは・・・? 8つの短編を収録。

仲がよい夫婦に見えるのに実際は・・・。真面目そうな人なのに心の中で 考えていることは・・・。他人の心の中がすべて分かってしまったら、 普通の人なら人間不信に陥るのではないだろうか。19歳の七瀬にとっても 過酷なことだと思う。だから、内容はもっとミステリアスで深刻な展開かと 思ったが、読んでみるとたてまえと本音が交錯する不思議な感じのする話だった。 七瀬は自分の能力を使い、人の本音を引き出そうとする。そのことがその人の 運命を左右し、時には不幸な結末を引き起こしてしまう。彼女の行動がはたして 正しいのか、疑問に感じる部分もあった。人は知らなければならないことも たくさんあるが、知らなくていいこともそれと同じくらいあるのではないだろうか。 七瀬には希望が持てる未来があるのか?人としての幸せを望むことができるのか? 否定的な答えしか浮かばないのが悲しい。


  イノセント・ゲリラの祝祭  海堂尊  ☆☆☆
ある宗教団体の施設で12歳の男の子が死んだ。その死因の解明が 発端となり、「医療関連死事業」の論議に拍車がかかる。田口公平は 高階院長の「お願い」により会議に出席するが・・・。「バチスタシリーズ」 第4弾。

今回のシリーズはミステリーっぽくない。医療事故死の死因究明のあり方を、 さまざまな人間が議論する展開になっている。役人、医療従事者、法律学者、 遺族代表などなど。誰もが自分の立場から言いたいことを言いたいだけいう ので収拾がつかない。おなじみの登場人物田口や白鳥も、今回は影が薄い 存在になってしまっている。壮絶な議論はそれなりに面白いのだが、述べられて いる内容がくどすぎる。今の医療の問題点を滔々と述べるのはいいのだが、 度が過ぎるとうんざりしてくる。作者の思惑は、読み手を楽しませることではなく、 この作品で自分の考えを主張することなのか?と勘ぐりたくなる。明らかに 今までのシリーズとは趣が異なる。ラストもかっこよく決めようとしているのだが、 なんだかすっきりしない。田口や白鳥に、もう少し活躍してほしかった・・・。


  烈火の月  野沢尚  ☆☆
囮捜査でホームレス襲撃犯に大けがを負わせても平然としている。 上司の言うことなどまともに聞かない。そんな型破りな刑事が、 麻薬取締官の女性とコンビを組んだ。薬の売人の男が殺された 事件の先には、得体の知れない闇の世界が広がっていた・・・。

42歳でバツイチの刑事吾妻諒介と30歳で同じくバツイチの烏丸 英子。2人は薬物のルートを追いかけるのだが、裏社会の陰湿さの描写は 読んでいて目を背けたくなった。そういう箇所がいくつもある。 犯罪に手を染める者を次第に追い詰めていく過程はスリリングで面白さも 多少は感じるが、不快感のほうが勝ってしまう。英子に降りかかる災難も、 読むに耐えない。どちらかというと男性向きの作品のような気がする。 ラストも救いがなく、後味の悪い読後感だった。


  玻璃の天  北村薫  ☆☆☆
ステンドグラスを突き破り転落死した男には、人の恨みを買うような 何かがあったのか?ステンドグラスに開いた穴の謎に迫る表題作 「玻璃の天」を含む3編を収録。

時代は昭和初期。日常の中で起きるさまざまなトラブルや謎に 迫るのは、大きな屋敷に住む令嬢と女性運転手の二人だ。
3編の中で特に印象的だったのは「玻璃の天」だった。 ステンドグラスに開けられた穴に込められたある人物の憎しみ・・・。 それを見破った女性運転手の別宮だったが、その結果彼女自身の あまり触れられたくない過去までも暴かれることになってしまう。 この話の展開は面白い。古きよき昭和初期の時代描写も、とても興味深く 読んだ。ただ、この作品は「街の灯」の続編なので、そちらから先に 読んだほうが話のつながりが見えてよかったのではないかと思った。 読む順番を間違ってしまった・・・。これから読む人には、順番どおりに 読むことをオススメしたい。


  田村はまだか  朝倉かすみ  ☆☆☆
札幌ススキノのスナック。小学校クラス会の3次会で男女5人が待つのは 「田村」だった。小学校時代のエピソードを思い出し、語り合いながら、 彼らはひたすら待つ!田村が来るのを。「田村はまだか。」と言いながら・・・。

小学校時代の田村は、家庭的に恵まれているとは言えなかった。だが彼は、 小学校の頃から常に前向きに生きていた。5人の語る田村のエピソードには 心温まるものがある。そんな田村だから、5人が必死に待っている田村だから、 いつ田村が現れるのかと、読みながらワクワクしてしまった。私も彼らと一緒に 田村を待つ気分になる。
小学校時代から20数年。さまざまな人生を送ってきた5人だったが、彼らは 思っていたに違いない。「田村に会えばあの日に戻れる!」と。「田村は まだか。」彼らは呪文のように言い続ける。そして・・・。ラストは、本の 帯に書かれているような「怒濤の感動」とまではいかなかったが、ほのぼのと したものが心に残った。


  猫と針  恩田陸  ☆☆☆
友人の一人が不幸な死に方をした。その葬式の帰りに5人の 仲間が集まった。誰かが席を立つたびに、その席を立った人物に ついて残った者たちが語り始める・・・。彼らがそれぞれの心に 抱える思いとは?

おそらく戯曲を読んだのは初めてだと思う。限られた空間の中にいる 5人の会話から、読み手はさまざまなことを推し量らなければならない。 どんなしぐさで、どんな口調で、どんな表情で?それは読み手によって かなり違うものになるような気がする。小説を読むのとはまったく違う。 読むのにかなり神経を使った。読み手がこれだけ苦労するのだから、 書くほうはもっと大変だったと思う。その大変な苦労が、「『猫と針』日記」に 切々と書かれている。読んでいると胃が痛くなりそうだ。でも、自分が頭の中で 作りあげた世界とどれくらい違うものなのか、実際の公演を見たかった。見られ ないのが残念!


  ロートレック荘事件  筒井康隆  ☆☆
ロートレック荘と呼ばれる別荘で、一人また一人と殺されていく。 犯人はロートレック荘の中にいる!いったい誰が?なぜ? 銃声とともに始まった惨劇の結末は?

私が読んだのは単行本だが、読んでみて表紙に書かれていた「映像化不能。 前人未到の言語トリック。」という意味がよく分かった。読み手は、知らず 知らずのうちに思い込まされていた。こういうふうに、思い込まされて だまされたという本は他にもある。乾くるみの「イニシエーション・ラブ」と 歌野晶午の「葉桜の季節に君を想うということ」だ。「イニシエーション・ラブ」の 方は、見事にだまされたという爽快感のようなものがあった。「葉桜の・・・」の 方は、こういうトリックはありなのかと少々疑問に感じる部分があった。けれど、 どちらも読み返すのが楽しかった。だがこの作品は、ただ確認するためにだけページを さかのぼる・・・そんな感じでつまらなかった。本の表紙には「この作品は二度楽しめ ます。」とも書いてたあったのだが、疑問だ。読後もすっきりとはせず、はっきり言って 満足できる作品ではなかった。


  ボクの町  乃南アサ  ☆☆
警察学校の初任教養期間を終え警視庁城西警察署に配置された 高木聖大は、警察手帳にプリクラを貼ったり、耳にピアスをしたりと、 型破りだった。「自分は警察官に向いていないのではないだろうか?」 そんな悩みを抱えていたある日、連続放火事件が起こった!

警察官になろうと思った動機が不純。しかも、どこからどこまで型破り。 先輩にも平気でため口をきく。そんな高木聖大だったが、いろいろなできごとや 人との関わりを経験し、少しずつ成長していく。そして、警察官という職業に 対してもやりがいを見出していく。
こう書くと、一人の人間のさわやかな成長物語だと思うかもしれないが、 読んでいてあまりそういう感じは受けなかった。聖大には、人間としての 魅力がない。礼儀知らずで、面白くないことがあれば返事もせずにふくれている。 いやな仕事のときは、さんざん口をこぼす。今どきの若者の姿を描いているの かもしれないが、読んでいて共感できないような極端すぎる人物像はどうかと思う。 言葉遣いも、とても気になった。面白さをあまり感じず、最後まで読み通すのが しんどかった。


  片耳うさぎ  大崎梢  ☆☆☆
父母が不在のため、小学6年生の奈都は友だちの「ねえちゃん」の 中学生のさゆりに泊まってもらうことにしたのだが・・・。古くて 大きな屋敷には、昔からの不吉な言い伝えがあった。「片耳うさぎに 気をつけろ。」決して入れてはいけないうさぎとは?

屋敷の中を探検し、屋根裏部屋を見つけた奈都とさゆりだったが、 このことが雪子伯母をはじめとする蔵波家の人たちの過去を明らかに していくことになる。「うさぎ」はなぜ不吉なのか?雪子伯母が奈都に 厳しかったのは?屋根裏部屋に潜んでいた者の正体は?
過去には不幸なできごとがあったが、血生臭い事件も起こらず、全体としては さわやかなミステリーという感じだった。古い大きな屋敷を探検する描写は 読んでいてわくわくした。怖いけれど、子供はきっとこういう冒険は好きだと思う。 ラストは、想像がついたものもあったが、「えっ!あの人が!」とびっくりすると 同時に「そういう設定はありなの?」と疑問に感じる部分もあった。でも、全体的には 楽しめる作品に仕上がっていると思う。


  モダンタイムス  伊坂幸太郎  ☆☆☆
先輩の五反田が手がけていたシステムの改良を引き継ぐことになった 渡辺だが、単純だと思っていた仕事の裏には何か秘密が隠されている ことを知る。特定のキーワード検索が、検索した者に災いをもたらすと いう事実の意味するものはいったい何か?渡辺は同僚とともに秘密に 迫ろうとするが・・・。

巨大な組織の中では、人間はひとつの部品に過ぎない。人間らしい 感情を持つこともなく、ただ黙々と与えられた仕事をこなしていく。 いつか世の中がこんなふうに変わってしまうのではないか?いや、もう すでに変わり始めているのではないだろうか?また、何かを存続させる ために都合のいい「事実」を作りあげ、人々にそれを信じさせているの ではないだろうか?絶対にそんなことはない!と言い切れないところに 怖さがある。「ゴールデンスランバー」を読んだときに感じた、得体の 知れない巨大な何かの存在を、この作品でも感じた。ただ「ゴールデン スランバー」では巨大なものに対する無力感を感じたが、この作品では わずかながら希望が感じられた。
登場人物の語る言葉の言い回し、ストーリーの展開、テーマ、どれを 取っても伊坂幸太郎らしい作品だと思う。だが、一歩間違えば、どの 作品も似たような感じになってしまう危険性もあるような気がする。 ワンパターンではない作品を期待したい。


  彼女の命日  新津きよみ  ☆☆☆
楠木葉子は、帰宅途中何者かに胸を刺されて死亡する。まだ35歳 だった。父亡き後、母と妹のめんどうをみてきた彼女には、結婚を 考えている恋人もいた。1年後、彼女は他人の体を借りてこの世に 戻ってくるが・・・。

毎年命日の日に一日だけ、葉子は他人の体を借りて甦る。自分亡き後、 残された家族のことが気にかかるのだが・・・。
葉子は、自分の死の1年後の家族の様子を見て愕然とする思いを味わう ことになるが、そのことは仕方のないことだと次第に納得するように なる。かけがえのない人を失う悲しみは深い。けれど、いつまでも悲しんで ばかりいられない。葉子にとってはつらいことかもしれないが、それが 現実だと思う。だが、変化するのは残された人たちばかりではなかった。 葉子自身もだんだんと変化していく。自分や自分の家族より、体を借りている 人たちのことを重視するようになる。たった一日体を借りるだけなのだが、 その一日が、体を借りた人たちにとって大切でかけがえのない時間だと 気づいていく。そして、それに気づいた葉子は・・・。せつなさも感じるが、 読後はさわやかさも感じる作品だった。


  氷の華  天野節子  ☆☆☆
夫の愛人だと名乗る女性からの電話の内容は、恭子のプライドを ずたずたに引き裂いた。恭子はその女性を毒殺するが、なぜか 違和感を覚える。電話で話していたような妊娠の事実はなかった。 さらに、恭子が見た夫と愛人関口真弓の二人が写った写真も、 警察が駆けつけたときには現場から消えていた・・・。「罠に はめられた?」気づいた恭子が取った行動は?

愛人からの電話は、恭子を罠にはめようと仕組まれたものだった。 だが、たった1回の電話で、しかも今までに一度も会ったことのない 女性がいくらひどいことを言ったとしても、心の中に芽生えた殺意を すぐに実行に移そうとするだろうか?あまりにも短絡的過ぎるような気がする。 中盤の部分は面白いのだが、そこに行くまでの過程と、後半の事件の顛末には かなり疑問な点がある。完璧に他人の行動を読むことは不可能だと思うのに、 作者は自分の都合のいいようにストーリーを展開している。そこにかなりの 不自然さを感じた。ラストも、私個人としては唖然!使い古されたサスペンスドラマの 結末・・・そんな感じだった。もう少し考えてほしかった。そうすれば、読後は 違った印象になったのではないだろうか。残念!


  聖女の救済  東野圭吾  ☆☆☆☆
真柴義孝が東京の自宅で毒殺された時、妻の綾音には札幌にいたという 完璧なアリバイがあった。
「この犯罪の答えは虚数解だ。もし虚数解で なければおそらく君たちは負ける。僕も勝てないだろう。これは 完全犯罪だ。」
天才湯川にこう言わせた事件。はたして解決に導くことができるのか? 犯罪に隠された真実を暴くことができるのか?

妻綾音の完璧とも言えるアリバイ。だが、犯人は彼女以外にありえない。 アリバイを崩すことができるのか?作品の中に張り巡らされた伏線が見事 だった。何気ない描写の中にも、綾音の作為や真実につながる糸口が隠されて いた。
それにしても、1年たっても妊娠しなかったら別れようという義孝の身勝手な 言い分は女性として許せない。義孝を愛するがゆえ罪を犯した綾音に、同情する 部分が多々あった。
完全犯罪は成立か?と思われたが、草薙刑事の綾音への思慕が思わぬ展開を生む ことになる。読んでいる途中で、「こんなことがあり得るのか?」と疑問に思う 部分もあったが、全体としてはとても面白かった。タイトルも、作品の内容と ぴったりで絶妙だった。久しぶりに、ミステリーらしいミステリーを読んだという 満足感を味わえた。最後に・・・。作中で内海薫がipodで聴いていた歌を 歌っていたアーティストは・・・?それって作者の遊び心?(^^;


  ガリレオの苦悩  東野圭吾  ☆☆☆☆
怪奇事件を解決する天才科学者としてマスコミに取り上げられた 湯川。だが、彼の活躍を喜ばない者もいた。「悪魔の手」と名乗る 男から届いた挑戦状は、湯川に怒りをもたらす。
「科学を殺人の道具に使う人間は許さない。−絶対に。」
湯川は殺人事件の謎を解けるのか?「攪乱(みだ)す」を 含む5編を収録。

「攪乱す」のほかに、ベランダから転落死した女性の死の真相を 追う「落下る」、離れ家で死んだ男の死の謎を解く「操縦る」、 内側からロックされていた部屋の中に人は入ることができるのか?と いう密室の謎に迫る「密室る」、老女を殺害し、仏壇の奥に隠された 金10キロを盗んだ犯人を捜す「指標す」が収録されている。この中で 一番印象に残ったのは「攪乱す」だ。ほんのささいなできごとが湯川に対する 怨みにつながり、何の関係もない人たちが殺されることになる。 直接手を下さずに科学を殺人の道具として使う犯人に対し、湯川の怒りの 炎が燃え上がる。ひとつひとつのささいな事柄を検証し犯人に迫る過程は、 読んでいて面白かった。読後も満足♪の1冊だった。


  誘拐  本田靖春  ☆☆☆☆☆
1963年3月31日、東京入谷で誘拐事件が発生する。誘拐された 村越吉展ちゃんは当時4歳だった。警察の失態により事件は最悪の 結末を迎える。犯人の手がかりもなく迷宮入りかと思われた事件だが、 刑事たちの執念が犯人小原保を追い詰めた!
事件発生から犯人逮捕、そして刑の執行までを、時代背景や犯人小原 保の生い立ちをからめて克明に描いたノンフィクション。

警察の誘拐事件捜査は、今では考えられないようなお粗末なものだった。 電話の逆探知も思うようにできない。犯人の声の録音でさえ、被害者の 父親がテープレコーダーを買ってきて設置するという有様だ。身代金も まんまと奪われ、吉展ちゃんも戻ってはこなかった。後手後手にしか 動けない警察に対し、情けなくて腹立たしささえ感じた。犯人の小原保は、 何度も捜査線上に浮かんだ。それなのに、彼のアリバイを崩せない。大金の 出どころの話も嘘だと断定できなかった。犯罪が暴かれることはないと思ったのか、 小原の態度にもふてぶてしいものがあった。だが、刑事たちの執念が小原を 自供に追い込む日がやってきた。その過程は、生々しい迫力がある。誘拐を認めた 時の描写は胸に迫るものがあった。
罪状から考えれば小原の死刑は当然だと思った。だが、彼の生い立ちや死刑 確定後の生活を知ったとき、複雑な思いにとらわれた。どんな理由があるにせよ、 本当に人が人を裁けるのか?死刑を宣告し、人が人の命奪っていいのか? 短歌会「土偶」に投稿した小原の歌にも心を揺さぶられた。 小原の死刑執行後、短歌会を主催する森川がこう言っている。

  人が人の罪を裁き処刑することの矛盾が、被害者が
  加害者の処刑を当然と考える封建時代の敵討意識に
  繋る思想の恐ろしさなどが、私の脳裏を次々に掠めて
  やまなかった。

読み応えのある、濃厚な内容の作品だった。ひとりでも多くの人に読んでほしい と思う。


  探偵倶楽部  東野圭吾  ☆☆☆
大手スーパーマーケットを経営する正木藤次の喜寿を祝う会が 正木家で行なわれた日に、悲劇は起こった。書斎の中央にぶら下がって いた藤次!発見した家族らはそれぞれの立場から、「藤次の死」に細工を 試みようとするのだが・・・。「偽装の夜」を含む5編を収録。

個人個人の利害関係が複雑に絡み合った様子を描いた「偽装の夜」、 愛情と憎しみが交錯して犯罪を引き起こした「罠の中」、母の死に 対し父や叔母に疑惑の目を向ける娘を描いた「依頼人の娘」、夫殺しを 計画した妻を描いた「探偵の使い方」、父と娘の悲劇を描いた「薔薇と ナイフ」、この5編のどれもが、日常生活の中の身近なところにテーマを 置いている。同様の事件が実際に起こってもおかしくないと思うくらいだ。 多種多様の犯罪・・・。だが、どんなに巧妙に計画しても、必ず綻びは あるものだ。完全犯罪などはあり得ないことを、読んでいて改めて 感じさせられた。それにしても、五つの事件で活躍した「探偵倶楽部」の 二人が気になる。いったい彼らの素顔は?


  血と夢  船戸与一  ☆☆☆
1981年3月、ドイツのブロウミッツに漂着した男の死体から 驚くべき事実が判明した。新型の銃がソ連で開発された!それに関する 情報をめぐり、さまざまな国や男たちが動き出す。元自衛隊陸幕一尉の 壱岐もアフガニスタンへと送り込まれるが・・・。

20数年前のアフガニスタンの複雑な国の内情が詳しく述べられていて、 とても興味深く読んだ。
アフガニスタンに送り込まれた壱岐の任務は、銃を開発したワシリー・ボルコフを、 彼が開発した銃とともに拉致することだった。厳重な警戒の中、果たして彼は 任務を遂行できるのか?いったいどんな方法をとるのか?緊迫した展開を、 息詰まるような思いで読んだ。人をより多く殺戮する目的で作られた新型の銃。 そして、その銃の情報を得ようとして、また多くの人の命が犠牲になる。血で血を洗う 修羅場のような状況だ。人が血を流し死んでいく描写は、小説といえども 読むのがつらかった。また、最後に待っていた結末もほろ苦い。誰も救われないのは、 あまりにもむなしすぎる。


  日輪の遺産  浅田次郎  ☆☆☆☆
競馬場で知り合った老人から死の間際に渡された手帳。そこには 驚くべきできごとが書かれていた。終戦直前に、時価200兆円という 途方もない財宝が隠された!丹羽は、50年前の真相を見極めようとするが・・・。

死んだ老人の名は真柴司郎といった。終戦直前の1945年8月10日、 26歳の彼は極秘の命令を受ける。
「900億(今の金額にして200兆円)の 金とプラチナのインゴットを祖国再興のために隠す。」
それは、おのれの命を懸けてでもやり抜かなければならない任務だった。 終戦直前の混乱期、人々の思惑が渦巻く中、彼は任務を黙々と遂行する。 だが、財宝の秘密を守るため、作業に当たった10代半ばの少女たちの 始末を命ぜられたとき、彼は激しく苦悩する。そして、50年前の 真柴の苦悩を手帳から知る丹羽。少女たちの運命は?隠された財宝は どうなったのか?過去と現在が織り成す物語は、構成力が抜群だった。 国家の再建をひたすら願った真柴らに、救いはあったのだろうか? 考えれば考えるほど、切なさが増すばかりだった。


  余命1ヶ月の花嫁  TBS「イブニング・ファイブ」  ☆☆☆☆
偶然見つけた胸のしこり。気にしながらもそのままにしていたのだが・・・。 急激に大きくなったそれは、乳ガンだった。彼女を襲った突然の悲劇。 一時は治ったかに見えたのだが、やがて医者から残酷な余命宣告を受ける。 感動の命の記録。

20代前半。まだ何もかもがこれからだという時、彼女は乳ガンを宣告される。 驚くほどの速さで彼女を蝕んでいくガン。絶望や恐怖に打ちのめされる日も あっただろう。だが、彼女は常に前向きに明るく生きていこうと努力した。 最期まで人生をあきらめなかった。「こんなにも美しいのに、こんなにも若いのに、 なぜ彼女が!」読みながら何度もそう思った。多くの人の祈りもむなしく、ついに 彼女は余命宣告を受ける。「いったい何をしてあげられるだろうか?」周りの人 たちが考えついたのは、ウエディングドレスを着せてあげることだった。愛する人の そばで、ウエディングドレスを着た千恵さんは本当にきれいだった。余命1ヶ月 だなんてとても信じられない。この世の中には、生きたくても生きられない人が たくさんいる。だから、命を粗末にすることだけは、絶対にしてはいけないのだ。 命の尊さや大切さを強く感じさせてくれる作品だった。


  天涯の花  宮尾登美子  ☆☆☆
終戦の年の9月18日に捨てられていた赤ん坊。その子は珠子といい、 養護施設愛光園ですくすくと育っていった。木暮園長は珠子を養女にと 望んだのだが、彼女は剣山の宮司白塚夫妻の養女となることを決意する。 そこで待っていた生活とは?

「捨て子」だという身の上が常につきまとう。今と違い偏見の目で見られる ことの多かった時代の中で、珠子は自らの運命を切り開いていこうとする。 若い女性が山の中で何の娯楽もなく過ごす・・・。普通なら耐えられなくなって しまうと思うが、彼女は自分が選んだ道をただひたすら突き進む。決して 周りに流されることなく、おのれの信念を貫いていく。その強さには驚かされる。 いろいろな人との出会いと別れを繰り返し、成長していく彼女の姿は凛として 美しい。珠子のこれからの人生はいったいどうなるのか?もう少し彼女の 人生を見つめたかった。


  ギフト  日明恩  ☆☆☆
レンタルビデオ店のホラー映画の棚の前で、涙を流す少年がいた。 その少年が死者の姿を見ることができるという事実に衝撃を受けた須賀原 だったが、二人は死者の声に耳を傾け、行くべきところへ行けるように 手助けすることにした・・・。5つの短編を収録。

死者の姿が見え、声も聞こえる。だが、そのことを誰も理解してくれない。 中学生の少年橋口明生にとっては過酷な状況だったに違いない。しかし、 手を差し伸べてくれた元刑事の須賀原とともに、死者の遺した思いや無念さを 解き放っていく。それに伴い、明生や須賀原が抱える心の傷もしだいに 癒されていく。死んでいく者も哀れだが、遺された者も切ない。読んでいて 胸が痛くなるような描写があちこちにあった。この作品は生者と死者の物語で あると同時に、生者の再生の物語でもある。ラストは救いがあって、本当によかった。


  いっちばん  畠中恵  ☆☆☆☆
相変わらず繊細でひ弱で、いつも寝込んでいる一太郎。そんな彼のもとに 持ち込まれる難事件。はたして一太郎は無事解決できるのか?表題作を 含む5編を収録。「しゃばけ」シリーズ第7弾。

表題作「いっちばん」では、妖たちのオンパレード。それぞれてんでバラバラに 若だんな一太郎を喜ばせようと画策するのだが、なかなかうまくいかない。 事態はドタバタのままラストになだれ込み、気づいたらスリの事件も解決して きちっとまとまっていたという、実にうまい話の展開だった。妖たちと一太郎の 信頼関係も、ほのぼのとしてとてもよかった。「餡子は甘いか」では、修行に 出た栄吉がたっぷりと登場し、こちらも楽しめた。相変わらず菓子作りはへただが、 菓子作りへの情熱はすごい。「がんばれ!」と声をかけたくなる。また、一太郎との 友情もほほえましい。「いっぷく」では、過去のシリーズに登場した「冬吉」が 再び登場して、ちょっと感動だった。そのほかの作品もとても楽しめた。人の心の 奥深さもじっくりと描かれていて、いろいろ考えさせられる部分もあった。この シリーズの中ではベスト3に入る面白さだった。


    宮尾登美子  ☆☆☆☆
流産、死産、夭折を繰り返したが、烈と名づけられた9人目に生まれた 女の子は、丈夫にすくすくと育っていった。だが、意造、賀穂夫婦の喜びも つかの間、烈には失明という過酷な運命が待ち受けていた。造り酒屋を 舞台に描かれた、感動の人間ドラマ。

失明という過酷な運命。最初、烈は一生ひっそり過ごそうと考えていた。 だが、祖母の死、母の死、父の再婚、父の病など、次々に襲いかかる 荒波にもまれるうちに、烈はしだいに強くなっていく。もともと気性の激しい 性格で周りの人を悩ませることもあったが、その激しさが今度は逆に周りの 人を救うことになる。男だから女だから、子供だから大人だから・・・ そういうこと全てを超越して、烈は一人の人間として己の人生を壮絶に 生き抜いていく。その姿には深い感銘を受けた。本文のあとの作者付記で 述べられていたその後の烈の人生も決して平坦ではなかったが、信念を 貫抜こうという姿勢は最後まで変わることがなかった。人はこんなにも強く 生きていけるのだ。読む人すべてに生きる勇気を与えてくれる、読み応えの ある面白い作品だった。


  銀の匙  中勘助  ☆☆☆
こわれた引き出しの中で忘れられていた銀の匙。それを見つけたとき、 母はその由来を語ってくれた・・・。少年の日の思い出を瑞々しく描いた 作品。

幼い頃病弱であった「私」は伯母に育てられた。銀の匙は、伯母が「私」に 薬を飲ませるときに使ったものだった。「私」に対する伯母の限りない愛情、 「私」の少年時代、当時の日常生活や学校の様子、子供の遊び、その他の さまざまなエピソード、そのどれもが生き生きと描かれていて、読んでいると その光景が目に浮かぶようだった。明治から大正にかけて書かれた作品なのだが、 どこか私が幼い頃を過ごした昭和30年代に通じるものがあり、郷愁を感じた。 やわらかく心地よい文章と独特の感性で描かれたこの作品が、今なお多くの読者に 支持されているのも分かるような気がした。


  ノルウェイの森  村上春樹  ☆☆☆
どんなに時がたとうとも、決して忘れられない人がいる・・・。
かなうことのなかった恋を、哀しく歌い上げた作品。

主人公と直子との恋。それは、表面上は静かで穏やかに見えた。けれど、 心の中ではお互いがお互いを激しく求め合っていた。だが、求めても求めても 決して得ることのできないものもある。二人は、寂寞感を抱えながらも一生 懸命生きようとしたのだが・・・。
ほかに道はなかったのか?こんなにも哀しい生き方しかできなかったのか? 激しい哀しみは、時に人から生きる意欲さえも奪ってしまう。そこからどう 立ち直り、どう自分を再生すればいいのだろうか?読んでいて胸が痛い。 ラストに、ある女性が主人公に言った
「痛みを感じるのなら、その痛みを残りの人生を通してずっと感じ続けなさい。 そしてもし学べるものなら、そこから何かを学びなさい。」
という言葉が強く心に残った。


  冷たい校舎の時は止まる  辻村深月  ☆☆☆
8人以外は誰も登校して来ない・・・。雪の日、学校に閉じ込められた 彼らは、この中に2ヶ月前に自殺した者がいることを知る。やがて 一人、また一人と校舎から消えていく。自殺したクラスメートは誰なのか? この不思議な空間を作り出した「ホスト」の正体とは?

学校という巨大な密室。そこで起こる、チャイムが鳴るたびに一人ずつ 消えていくという恐怖に満ちたできごと・・・。8人の中に自殺したものは いるのか?この不思議な空間を生み出した者の目的は?不思議さと怖さが 入り混じり、ページをめくる手が止まらなかった。逃げ場のない空間の中で 必死に当時のことを思い起こし、何とか解決の糸口を見つけようとする8人。 彼らのそれぞれの回想の中に手がかりがあるのだろうか?どんな些細なことも 見逃すまいと必死に読んだ。ラストにかなりの期待をしたのだが、こういう 持って行き方はどうなのだろう?ネタバレになるので詳しいことは書けないが、 読む方としては何だかだまされた気持ちになる部分があった。「うーん、だから あの部分はあんなに長かったのね。でもね〜・・・。」かなりの長さをがんばって 読んだのに、その分報われてない気がする。無難にまとめられているとは思うが。


  藪の中の家  山崎光夫  ☆☆☆
1927年(昭和2年)7月24日、芥川龍之介自殺!!当時は 致死量の睡眠薬によるものと言われていた。だが、主治医の日記の 中に驚くべき真相が隠されていた。著者がたどりついた結論とは? 新田次郎文学賞受賞作品。

「致死量の睡眠薬を芥川龍之介はどこから入手したのか?」
素朴な疑問が、さらにさまざまな疑問を呼び起こす。芥川の死因は 当時新聞に書かれていた通りなのか?著者は未発表の主治医の日記を丹念に 読み、やがて真相にたどり着く・・・。
それにしても、芥川が自ら命を絶つまでになしたこと、その用意周到さには 驚かされた。準備を進めていく彼の胸中にあったものはいったい何だったの だろう。もはや死ぬことでしか癒すことのできない精神状態とは?今まで 知らなかった芥川龍之介の一面が見えてくる。もし、著者が主治医の日記を 発見しなかったら、真相はいまだ闇の中だっただろう。その執念には頭が 下がる。芥川という一人の人間を知る上でも貴重な作品だと思う。 一読の価値あり♪


  天璋院と徳川将軍家101の謎  川口素生  ☆☆☆
今和泉島津家の姫として生まれ、後に島津斉彬の養女となり、第十三代 将軍徳川家定の御台所となった天璋院。彼女の生涯とその時代背景を、 101の謎として紹介。

天璋院の生い立ち、そして徳川家定に嫁ぐことになったいきさつとその後、 さらに大奥の内情や家定、和宮についてなども書かれていて興味深かった。 激動の幕末から明治にかけて、天璋院の果たした役割はとても大きかったと 改めて感じた。強い意志と信念がなければできないことだ。また、大奥に いた頃は気持ちのすれ違いもあっただろうが、勝海舟の語る明治になって からの天璋院と和宮二人のエピソードには心温まるものがあった。時代に 翻弄された二人だったが、晩年の仲睦まじい姿はほほえましい。この本の中に 特に目新しい記述はないが、誰が読んでも分かりやすく書いてあるので 天璋院などについて知りたいと思う人にはぴったりの本だと思う。


  ジーン・ワルツ  海堂尊  ☆☆☆
産婦人科医曾根崎理恵が閉院予定の病院で行なった不妊治療。 その中で、55歳の女性に代理母の疑いが!理恵の先輩清川が 真相を探ろうとするが、理恵の真意の恐ろしさを見ることになる・・・。 理恵のやったことは許されることなのか?

生命操作・・・。それはまさに神の領域と言わざるを得ない。その領域を、 ヒトは侵す権利があるのだろうか?確かに、不妊に悩む人たちに救いの手を さしのべることにはなるのだが。だが、自然の摂理を破壊するという危険性も 充分秘めている。モラルを逸脱すれば、見ず知らずの他人の卵子と精子を受精させ、 代理母に出産させることもできるのだ。医学の発達がはたしていいことなのか 悪いことなのか、この作品を読んでいると判断がつかなくなってくる。せめて 悪用されないことを願いたい。そして世の中の医師たちには、ヒトとしての道を 踏み外さない医療を切に望みたい。いろいろな問題を含んだ作品だった。


  破獄  吉村昭  ☆☆☆
犯罪史上他に例のない4度の脱獄をやってのけた佐久間清太郎。 いったい彼はどのようにして脱獄することができたのか?彼と 看守たちとの攻防を描いた作品。

どんなに頑丈な手錠をかけ警備を厳重にしても、彼は脱獄する。 難攻不落と言われた網走刑務所からも、やすやすと逃げてしまう。 世の中に100%完璧なものなどない。99.9%完璧だとしても、 佐久間は残り0.1%の不完全さを見抜いてしまう。その彼の洞察力や 行動力、そして知恵には驚嘆させられた。破ろうとする者と破られまいと する者の行き詰るような攻防戦は、読んでいてとても面白かった。 彼はこの先どうなるのか?彼の行く末が気になったが、ラストの鈴江と 佐久間の交流は、胸に迫るものがあった。実際に起こったできごとをもとに 書かれているだけあって、現実味あふれる作品だった。


  やさしい訴え  小川洋子  ☆☆☆
夫との生活に疲れ、逃れるように山あいの別荘に来た「わたし」。 そこで出会ったのは、チェンバロ作りをしている新田氏とその弟子の 薫さんだった。「わたし」はしだいに新田氏に振り向いてほしいと 思うようになるのだが・・・。

冷静さを装った何気ないしぐさや言葉、目線の描写などが、逆に、心に 燃えている激しい情熱を感じさせる。だが、「わたし」がどんなに新田氏の 心をつかもうと努力しても、新田氏と薫さんとの間には入れない。「振り向いて ほしいのに振り向いてくれない・・・。」嫉妬に苦しむ「わたし」の様子が、 生々しく描かれている。人の心の中に隠されている感情描写が絶妙だった。 ひとつ上の大人の恋愛を味わうことができる作品だと思う。


  神はサイコロを振らない  大石英司  ☆☆☆☆
10年前突然消息を絶ったYS11 402便が、羽田に帰還した! しかも乗客は10年前の姿のままで。奇跡のできごとはさまざまな 波紋を呼ぶが、その先には残酷な運命が待っていた・・・。

消息不明だった飛行機の10年ぶりの帰還。迎える者たちは、喜び、驚き、 とまどいなど、さまざまな心境を抱えていた。一方で、乗客たちの幾人かは、 家族の衝撃的とも思える変化を目の当たりにする。10年という歳月は、 どちらの側にとってもあまりに長すぎた。だが、限られた時間の中でその 空白を埋めようとする人たち・・・。その姿はあまりにも切ない。
乗客たちが10年の時を超えて羽田に着陸したことや、その後の自分たちの 運命をすんなり受け入れてしまうことには疑問を感じたが、刻一刻と迫る 運命を前に、その時までをしっかりと生きようとする姿にはとても胸を打たれた。 彼らにはまだまだやりたいことがあっただろうに。無念だったに違いない。 ラストは涙が出た。いつの日かまた、YS11 402便が羽田に着陸することを、 願わずにはいられない。


  七人の証人  西村京太郎  ☆☆☆
十津川警部が拉致された!気がつくと彼は無人島にいた。 この島には、1年前に起こった殺人事件の現場周辺の街並みがそっくり 再現されていた。そして、事件の証人だった7人もいた!これは、獄中で 病死した犯人の父親が仕組んだ計画だった。いったい彼の狙いは?

無実を叫びながら獄中で病死した男。彼が犯人とされたのは、7人の 男女の証言によるものだった。だが、犯人の父親佐々木の鋭い追及に、 彼らの証言の信憑性はしだいに揺らいでいく。自分の都合のいいように 事実を曲げたり、見ていないものを見たと言ったり、聞いていないことを 聞いたと言ったり・・・。ひとつひとつは些細なことでも、それらが合わ さったときには、一人の男の運命を変えてしまうほどの重大なものとなる。 「冤罪」、これほど恐ろしいことはない。十津川ははたして真実にたどり つけるのか?彼が一人一人の証言を厳密に検証し、真相に迫る過程が 面白かった。


  三十か月  シルト・ウォルターズ  ☆☆☆
第2次世界大戦中、ドイツがおこなったユダヤ人根絶計画。その魔の手から ユダヤ人家族を救うべく自宅にかくまったウォルターズ夫妻だったが、 それが三十か月に及ぶとは想像もしていなかった・・・。衝撃のノンフィクション。

見つかれば、かくまった者もかくまわれた者も命はない。そういう危険を 承知の上で、ウォルターズ夫妻はユダヤ人家族4人を自宅にかくまうことに した。不安と緊張と恐れとで、見も心も極限状態だっただろう。だが、最後まで かくまい続けた行為はとてもりっぱだった。三十か月の間には何度か危機があった。 それを夫婦2人で乗り切った。その知恵や勇気には感心するばかりだ。 ウォルターズ夫妻はスパニエル一家4人の命を救っただけではない。そこから つながっていく何百何千という命を救ったことになるのだ。
「ひとつの命を救う者は全世界を救う」
ユダヤ教の法典「タルムード」に書かれているという言葉が、とても印象的だった。


  九つの、物語  橋本紡  ☆☆☆
ある日突然、いるはずのない兄が現れた。兄は2年前の兄と全く 変わることなく温かく、そしてやさしかった。だが、兄はなぜ現れたの だろう?そこには哀しい真実が隠されていた。

2年前に死んだはずの兄。ゆきなにとってかけがえのない存在だった 兄の突然の出現は、恐怖よりも懐かしさでいっぱいだっただろう。 以前と同じように会話しながら2人で過ごす時間は、とても貴重な ものだったに違いない。だが、兄はなぜ現れたのか?兄の死因やゆきなを 思う兄の心の内が分かったときはとても切なかったが、作品全体は ほのぼのとした温かさに包まれていて、読後感は悪くなかった。 また、収められている9つの物語のタイトルがすべて小説と同じタイトルに なっていて、その内容についても語られているのが興味深かった。 未読の作品を読んでみたい気持ちになる♪心が安らぐ作品だった。


  埋み火  日明恩  ☆☆☆
淋しさを抱えた老人が住んでいる家。どこから見ても失火火災。 そんな共通点を持った火災が続けて起こる。「巧妙に仕組まれた 失火火災?」疑問を感じた消防士の雄大は一人調べ始めるが、 やがて火事に隠された切ない真実を知ることになる。

誰にも必要とされていないと感じたり、自分が大切に思っている人たち から無視される。生きていくうえでこれほど打ちのめされることは ないだろう。この作品に登場する老人たちはみな、虚しさを抱えて生きている。 だが、プライドを保ったまま生きがいのない生活にピリオドを打つ手段が 「失火火災」とは、あまりに悲しすぎる。たとえ未然に防いだとしても、 老人たちの境遇を変えることはできない。そのことが、重く心にのしかかる。 テーマはいろいろ考えさせられることもあり興味深かったが、一気に読める 作品ではなかった。何を読み手に伝えたいのか、もう少し的を絞ったほうが いいのでは?全体的にダラダラとした印象を受ける。主人公の雄大もあまり 魅力を感じる人物ではなく、共感できる部分が少なかったのは残念だ。


  鎮火報  日明恩  ☆☆☆
水をかけると燃え上がる不思議な現象。火元は老朽化した共同住宅。 住んでいたのは不法滞在の外国人。似たような火事が続けて起こり、 雄大は疑問を感じる。調べていくうちに、一連の火事の真相の陰には、 現代社会の抱える問題が横たわっていることに気づくのだが・・・。

「お前みたいなバカは消防士にはなれない!」「絶対なってやる!」 売り言葉に買い言葉。そして雄大は消防士になった。軽蔑していた父と 同じ職業に愛着など持てるはずもない。だが、いつしか雄大は消防士と いう職業に誇りを感じ始めていた。今回のできごとでは、消防士としての 自分、一人の人間としての自分・・・このはざ間で揺れ動く雄大の 心情がよく描かれていた。だが、彼の取った行動があれでよかったのか? この部分に疑問が残る。ラストはちょっとほろ苦さを感じた。消防士の 仕事の内容もよく分かり(作者さん、よくぞここまで調べました!)、 まあまあ面白い作品だった。


    乃南アサ  ☆☆☆
結婚を間近に控え、幸せの絶頂にあった萄子。だが、婚約者の勝は、 1本の電話を最後に消息を絶ってしまう。一方、勝の上司韮山の娘のぶ子が 殺されるという事件が起こる。現場には、勝の定期入れが落ちていた・・・。

突然起きた不幸。萄子は勝の無実を信じ、目撃情報を元に彼を探し求める。 なぜ勝は逃げ続けるのか?のぶ子を殺したのは彼だったのか?彼を信じたいと 思いながらも揺れ動く萄子の心情が、とてもよく描かれている。だが、萄子が 勝にたどり着く過程があまりにも長すぎる。もう少し簡潔にテンポよく書いた ほうが、最後まで飽きずに読めると思う。また、読み手をそこまで引っ張るのなら、 もう少し盛り上がるラストがほしかった。ありふれた2時間もののサスペンスドラマの ような結末は、ちょっと期待はずれだった。


  非正規レジスタンス  石田衣良  ☆☆☆
仕事は派遣の日雇い、住むところもない。そんなサトシが襲われ重傷を負う。 背後には、弱者を食い物にする者たちがうごめいていた。マコトやGボーイズが 立ち上がった!表題作を含む4編を収録。IWGPシリーズ8。

真面目に生きている者がバカを見る。そんな世の中はあまりにも寂しすぎるが、 これが現実なのだと思うとやりきれない気持ちになる。この作品の中に登場する 者たちの中にも、そんな人たちがいる。必死に生きている母と息子。その母を 自分の利益のために利用しようとするヤツ。せめて人並みな暮らしを!と願う 者をつぶそうとするヤツ。弱者を踏み台にしようとする悪いヤツは、数限りなく いる。だが一方で、弱者を守ろうとする人たちがいるのは救いだ。マコトや Gボーイズの活躍は、読んでいて小気味よい。今回の作品では、マコトの 幼い頃のエピソードもほんの少し描かれていた。意外な過去!?人気シリーズ、 今回も期待を裏切らない内容だった。


  コールドゲーム  荻原浩  ☆☆☆
4年前のいじめに関わった人間が、一人ずつ何者かに襲われていった。 とろ吉と呼ばれ、いじめられていた廣吉剛史の存在が浮かび上がる。 決して姿を現すことなく復讐を続ける廣吉。彼を追うかつてのクラスメート 渡辺光也たちは、やがて驚くべき真実を知ることになる・・・。

いじめていた者たちにとっては過去のできごとだった。「今さらなぜ?」 「もうすんでしまったことなのに・・・。」などと思うのは当然かもしれない。 だが、いじめられていた者にとっては、いつまでも現在形のままなのだ。 思い出すたびに心が血を流す。決して忘れることはない。一人の少年を寄って たかっていじめる描写は、読んでいて胸が痛い。「何か言えば、今度は自分が いじめの標的になる・・・。」だから、誰も何も言えない。何も言わない。 こんな状況は異常としか言いようがない。ひどい話だ。
ラストはある程度予想がついた。だが、それでも衝撃的だった。廣吉一家に 平穏な日々が訪れることはもうないのか・・・?苦い思いが残る作品だった。


  子どもたちは夜と遊ぶ  辻村深月  ☆☆☆☆
始まりは高校3年生の男の子の行方不明事件だった。その後次々に起こる事件。 カギを握る木村浅葱の心に潜むものは?また、ゲーム感覚の殺人事件に隠された 驚愕の秘密とは?

「i」という謎の人物。その人物と会うことを切に望む木村浅葱。会うために 続けられる残酷なゲームの犠牲になる人たち。その内容はあまりにも衝撃的で、 読んでいてつらくなるほどだった。「ここまでしなけらばならないのか・・・。」 浅葱が持つ異常さには言葉もない。だが、同情する余地などないはずなのに、彼の 心のうちを知れば知るほど切ない気持ちにさせられていく。彼の生い立ちも哀れだ。 心を通い合わせていたはずの狐塚孝太や月子と、浅葱との関係も切ない。だが、切ない ばかりではない。ラストに待っていた真実には驚かされた。
ストーリーが立体的に組み立てられ、登場人物の描写もていねいで、文庫本上下あわせて 1000ページの大作だが長さをまったく感じなかった。幅も深みもある、読み応え充分の 作品だった。


  4TEEN  石田衣良  ☆☆☆
ナオト、ダイ、ジュン、テツローの4人は、14歳で中学2年生。
「病気のこと、恋愛のこと、家族のことなど、いろいろ考えることは あるけれど、4人一緒なら何とかなるさ!」
そんな彼らの、喜び、悲しみ、悩み、苦しみを、あざやかに描いた青春小説。 直木賞受賞作品。

「未来がきらきら光り輝いて自分たちを待っている。」そんなふうに考えている 時期が誰にでもあると思う。14歳の4人の少年たちも、そんなふうに 考えているのではないだろうか。ナオトの病気は深刻なものがあるけれど、 彼らはくよくよ考えない。常にまっすぐ前を向いて進んで行こうとしている。 その姿は、とても純粋で一途だ。今どきこんな中学生は現実にはいないと思うが、 この作品を読んでいると、いたらいいなとか、いてほしいと思ってしまう。 読みやすく、さわやかさを感じさせる作品だった。


  空の中  有川浩  ☆☆☆☆
国産飛行機のテスト飛行での事故。自衛隊機の事故。このふたつに 関連はあるのか?調査が進められていく。一方、父の操縦する自衛隊機が 事故を起こしたことを知らず、息子の斉木瞬は父が通るであろう区域の 海岸にいた。そしてそこで不思議な物体を見つける。飛行機事故と不思議な 物体。何の関係もないように見えたふたつがつながるとき、人々は今まで 体験したことのない危機に見舞われる・・・。

突然、自分にとって大切な、かけがえのない人を喪ってしまったら? 心を襲うのはすさまじい悲しみと、喪失感と、そして後悔なのではないだろうか? 「悔やんでも悔やみきれない」その思いが遺された者の心に血を流させる。 作者の、苦悩する登場人物たちの描き方がとてもいい。彼らの心の動きが読み手にも 伝わってくる。また、「白鯨」と名づけられた謎の生物本体と、白鯨と人間との仲介役の 高巳の会話が絶妙だった。しだいに言葉を覚え人間という生き物を理解していく過程は とてもよく描かれていて、読んでいてどんどん物語に引き込まれていった。「人類と 白鯨に共存の道はあるのか?」憂いを抱いてラストへ・・・。
「姿かたちは違っても、心と心は通じ合える。」
読後そんな思いを味わえた。余韻が残る心温まる作品だった。


  愛しの座敷わらし  荻原浩  ☆☆☆☆☆
東京から田舎へ引っ越すことになった高橋家。一家の主人晃一が選んだ家は 古民家!!その古民家で起こる不思議なできごとの数々は、座敷わらしの しわざだった・・・。バラバラになりかけた高橋家は座敷わらしとのふれあいを通して、 いつしか家族の絆を取り戻していく。

読んでいる途中で、必要以上の描写にダラダラとした感じを抱いたが、それを補って 余りある内容だった。家族の心がバラバラになりかけていたときに現れた座敷わらし。 晃一・史子夫妻、娘の梓美、息子の智也、そして晃一の母澄代。それぞれの抱える問題は、 いつしか和らいでいく。座敷わらしは福をもたらすと言われているが、福をもたらすの ではなく、身近にありすぎて気づかない幸福に気づかせてくれる存在なのではないかと 思う。高橋家の人たちもそれに気づいたとき、再び家族の絆を取り戻す。「私たちは、大切な ものを犠牲にしたリ、失くしたり、忘れたりしながら毎日の生活を送っている。」そのことを 強く感じずにはいられない。座敷わらしの生まれたいきさつにはホロリとさせられたが、 全体的にほのぼのとした心が温まる作品になっている。ラストの1行は絶妙!輝いている♪


  蟹工船・党生活者  小林多喜二  ☆☆☆
厳寒のオホーツク海。そこで操業する蟹工船の中には、過酷な労働を強いられる 乗員の姿があった。人間扱いされない彼らは、自分の権利のため、自分の命のため、 団結して立ち上がるが・・・。「蟹工船」「党生活者」の2作品を収録。

「人として」の権利。それをあからさまに主張できる時代ではなかった。虐げられた 労働者の権利を声高に叫ぼうとすれば、その先に待っているのは己の破滅だ。だが 多喜二は叫んだ。作品を通して。読んでいて多喜二の情熱を痛いほど感じる。 決して洗練された文章ではない。だが、自分の思いを込めるというより自分の思いを たたきつけるようにして書かれた作品は、読み手の心を強く揺さぶる。作品を通して、 もっともっと多喜二の叫びを聞いてみたかった。彼の最期はあまりにも衝撃的だった。

小樽は、小林多喜二ゆかりの地だ。「小林多喜二文学碑」をたずねてみた。 これを機会に、彼の作品をもっと読んでみたいと思う。




  さよなら妖精  米澤穂信  ☆☆☆
1991年の春、守屋はある一人の少女に出会う。ユーゴスラヴィアから 来たというマーヤ。たった2ヶ月だったけれど、彼女との思い出は強烈な 印象を残した。「マーヤはどこから来たのか?」彼女の帰国後、謎解きが 始まった・・・。

守屋、大刀洗、白河、文原、そしてマーヤ。最初読み始めたときは、彼らの他愛もない 会話が退屈に思えてしょうがなかった。だが、読み進めていくうちに、会話の中に 隠されているマーヤの思いにしだいに気づかされていった。どこに帰るかだけは 決して言おうとせずに帰国したマーヤ。そこから守屋たちの謎解きが始まるが、 ユーゴスラヴィアはひとつの国でないことを思い知らされる。退屈だと思えた 会話の中にちりばめられたマーヤにつながる手がかり・・・。それを知ったとき、 物語の面白さが見えてきた。マーヤはどこに帰ったのか?そしてマーヤのその後は? ラストは胸が痛くなった。戦争がいかに悲惨なものか!そして何気ない日常生活が どんなに貴重なものか!この作品に込められているものは、あまりにも重い。


  昭和俠盗伝  浅田次郎  ☆☆☆
昭和の初め、日に日に戦争色が濃くなっていく中、ついに寅弥が我が子のように かわいがっていた勲に召集令状が届いた。戦争に突っ走ろうとする日本の 国に対し、批判を込めて松蔵たちはある企みを計画した・・・。表題作を含む 5編を収録。「天切り松 闇がたり」シリーズ4。

義理や人情を重んじ生きてきた松蔵たちだったが、時代が昭和になり日に日に 戦争が暗い影を落とすようになる。寅弥や勲のためにどえらいものを盗もうとする 松蔵たちを描く「昭和俠盗伝」、永田少将を斬殺した相沢中佐を描く「日輪の刺客」 「惜別の譜」、愛新覚羅溥傑と浩を描いた「王妃のワルツ」は、人々の悲哀がにじみ 出ていて、とても切なかった。狂気の時代へと突入する日本・・・。これから、安吉は? 寅弥は?栄治は?常次郎は?おこんは?もっともっと松蔵に語ってもらいたいと思った。


  おひとりさまの老後  上野千鶴子 
どうせ最後は一人になる。そして避けて通れない「老い」。 一人で快適に老後を過ごすにはどうすればいいのか? 一人で生きている人たちへの、そしてこれから一人で生きて いこうとする人たちへの応援メッセージ(のようなもの?)。

厳しくひとことで言えば「得るものも共感できるものも、何ひとつない」。 一人で暮らす知恵を語っているというより、積極的に一人暮らしを勧めて いる本だと思う。「夫と暮らすより、子供と同居するより、一人暮らしの ほうがどれだけいいか!」著者はそんなふうに考えているのだろうか? そうとしか受け取れない。夫や子供がいない人といる人では、根本的な 部分の考え方が違うと思う。それに、老後や介護の問題を楽観視しすぎて いないだろうか?現実はもっと厳しい。誰もが健康でお金がある老後を 過ごせるわけではない。理想論を振り回すのはいいけれど、もっと 現実を見極めてから老後の問題を語ってほしい。上から見下ろすような 書き方では、読み手の反感を買うだけだと思うのだが・・・。この本が なぜ売れたのか、まったく理解できない。


  香菜里屋を知っていますか  北森鴻  ☆☆☆
工藤はいったいどこへ行くのか?店の名前「香菜里屋」に 込められた思いとは?「香菜里屋シリーズ」完結編。

このシリーズもこれで終わりかと思うと、読んでしまうのがとても もったいなく感じた。「香菜里屋」の雰囲気、素敵な料理、そして 工藤の謎解き、どれもがいつもと同じで心地よい。こんなお店が 実際にあったならと、今回も読んでいて何度も思ってしまった。 この作品では、前回までのシリーズに登場した人たちも再び登場して、 完結編にふさわしい構成になっている。ただ、工藤が独立したきっかけ、 「香菜里屋」の店の名前の由来、工藤の秘密など、ずっと知りたくて うずうずしていたものが意外にあっさりだったので、拍子抜けだった。 もっと余韻が残る展開を期待していたのだが。ともあれ、工藤がまた どこかで「香菜里屋」を開いてくれたなら、こんなにうれしいことはない。 そのことを期待したい。