*2011年*

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  アイスクリン強し  畠中恵  ☆☆☆
江戸から明治へ。時代の流れはさまざまなものに変化をもたらす。元士族 だった者が警官になるということも珍しくなかった。だが、元士族から 洋菓子屋になった者がいた!
洋菓子屋皆川真次郎と、「若様組」と呼ばれる彼の友人の警官たちが 巻き込まれた騒動とは・・・?5編を収録。

明治の世も20年を過ぎ、人々がようやく新たな時代に慣れてきた頃の話だ。 洋菓子屋を営むミナこと皆川真次郎、友人の「若様組」と呼ばれる警官たち、 成金の娘沙羅・・・登場人物もなかなかユニークだ。日常生活の中で起こる 事件や騒動を、彼らは解決していく。その過程もまあまあ楽しめるが、この作品の 中に登場する料理やお菓子も、読んでいてなかなか興味深かった。ただ、タイトルと 話の内容が合わないのが気になった。作者はどういう意図で、それぞれの話にこういう タイトルをつけたのか?内容自体も少々盛り上がりに欠け、重みも足りないように 感じた。もう少しずっしりとした読み応えのある内容を望みたい。「マンガみたいな 話」というのが、正直な読後の感想だ。


  アラミスと呼ばれた女  宇江佐真理  ☆☆☆
「父のような通詞になりたい!」
女人禁制の職だった通詞へのあこがれは、やがてひとりの男の出現で 現実へと変わっていく・・・。幕末から明治の時代に「アラミス」と 呼ばれたお柳の波乱に満ちた生涯を描く。

江戸から明治へ。時代が大きく変わろうとしているときにお柳は通詞になる 決心をする。女人禁制の職場に男装して入り込む。自分が想いを寄せる男のために、 お柳は命さえも懸けるつもりだったのだろう。男を陰で支え続けたことが、時代を 大きく変えることにつながっていく。一途な思い、貫き通した信念。彼女の凛とした 生き方には感銘を受けた。お柳の果たした役割は大きい。だが、彼女の名前は決して 表に出ることはない。お柳はそれで本当に満足だったのだろうか。人並みな幸せの 中に身を置くことだってできただろうに・・・。
田島勝という実在の人物をヒントに描かれているので、読んでいて胸に迫る ものがあった。明治維新を別の角度から描いていて、なかなか興味深かった。


  聞き屋与平  宇江佐真理  ☆☆☆
夜更けより少し早い時刻に、深編み笠をかぶり、商家の通用口から与平は 現れる。彼は「お話、聞きます」の看板を掲げ、いろいろな人から話を聞く。 大店の隠居である与平はなぜ聞き屋になったのか?そこには意外な真実が 隠されていた・・・。6編を収録。

愚痴や不満、過去の過ち。だれかに聞かせることにより、人は気持ちを軽くする。 聞き料もそれほど要求せず、与平はひたすら話に耳を傾ける。人は、さまざまな しがらみを抱えてながら必死で生きている。与平に切々と語る人たちの人生も 悲哀に満ちている方が多い。だが、まだ誰かに聞いてもらえるだけいいのかもしれない。 与平自身が心の中に抱えるものは、誰にも言えないものなのだ。ひとりで背負うには つらく哀しいものなのだが。自分の話を聞いてもらいたいと一番強く願っていたのは 与平自身だったのではないだろうか。聞き屋になり人の話を聞くことで、彼は少しは 救われたのか?おのれの人生に光を見出すことができたのか・・・?おだやかな感動が 残る作品だった。


  ツナグ  辻村深月  ☆☆☆☆
「あなたなら誰に会いたいですか?」
そう聞かれたとき、いったい誰を思い浮かべるだろうか?たった一度だけ、 死者と生者を会わせてくれる人がいる。その人は、「ツナグ」と呼ばれていた・・・。

アイドルに、母に、親友に、そして婚約者に・・・。「逝ってしまった人にもう一度 会って話がしたい。」そういう想いから、人は「ツナグ」を探し求める。はたして、 逝ってしまった人に会うことがその人にとっていいことなのか・・・。会ってよかったと 思うこともあるが、会わずにいたほうがよかったと思うこともある。苦しみから逃れようと したはずなのに、かえって苦しみを増す場合もある。読んでいて、たまらなく切ない。 私にも会いたい人はいる。だが、私なら会わないだろう。生と死の間に引かれた線は、 そのままにしておいたほうがいいと思うから。喪った悲しみに再び心が覆われるのは 耐えられない。
全体的に透明感があり、切なさをふんわりとしたやさしさの中に包み込んだような 雰囲気を持っている。生と死を、独特の瑞々しい感性で見事に描きあげた、読み応えのある 作品だった。


  虚ろ舟(泣きの銀次参乃章)  宇江佐真理  ☆☆☆
大店の息子でありながら勘当された者たち。彼らは読売り(瓦版)で生計を たてていたのだが、銀次の口利きで何人かが家に帰ることを決心した。 だが、思いがけない悲劇が起こる。彼らを待たせすぎたことが原因だと、銀次は 後悔するが・・・。泣きの銀次シリーズ3。

親子、兄弟、男と女。人と人との関わり方はいろいろあるが、そこには楽しい ことばかりがあるわけではない。悲しみや苦しみに満ちているときもある。 厳しい現実、そして人生。それに立ち向かうだけの勇気や度胸があるのか? いや、勇気や度胸を持たなければならないのだ。そうしなければ、おのれでおのれを 潰してしまうかもしれない・・・。銀次の娘お次も、それを強く感じただろう。 このシリーズ3では、シリーズ2からさらに年月がたっている。銀次も50歳に なろうとしている。けれど、人生の悲哀はいつの世も無くなることはない。岡っ引きと して、夫として、そして父親として、銀次は泣く。その人間味あふれる姿は、読み手の 心を強く揺さぶる。銀次には、これからもまだまだ活躍してほしい。余韻が残る、 しっとりとした味わいのある作品だった。


  晩鐘(続・泣きの銀次)  宇江佐真理  ☆☆☆☆
銀次が十手を置き、小間物屋・坂本屋のあるじに専念してから10年の月日が 流れた。だが、殺された妹と同じ名のお菊という娘を助けたことが、再び 銀次に十手を握らせるきっかけとなる。娘を次々に拐かす下手人の正体は・・・? 泣きの銀次シリーズ2。

あの銀次が帰ってきた!10年ぶりに十手を握る銀次は40歳・・・。 そして、3人の子供の父親になっていた。だが、相変わらず死人を見ると、 人目もはばからずに泣く。それは、銀次が優しい心を持っている証だと思うのだが。
今回は、娘の拐かし事件だ。それも、読んでいてつらくなるような残酷な事件だ。 まったくといっていいほど手がかりがなかったが、銀次は同心の表勘兵衛らとともに 徐々に真相に迫っていく。そして、下手人の意外な素顔が・・・。
事件のことばかりではなく、銀次の家族の悩みなども描かれていて、人間味のある作品に なっている。生きていくためにはきれい事ばかりではない。ときには泥にまみれなければ ならないこともある。銀次の生きざまを通して、生きることの厳しさも感じた。読後ほろ 苦さも残るが、味わいのあるいい作品だと思う。


  医学のたまご  海堂尊  ☆☆☆
潜在能力テストで全国1位!中学1年生の曾根崎薫は、東城大学医学部 特別プロジェクトに参加することになった。マスコミのインタビュー、 医学書10冊読破、英語の論文・・・薫に次々と試練が襲いかかる。 そんな中、薫が医学的大発見???医学部の中に衝撃が走るのだが・・・。

「潜在能力テストで全国1位になったからといって、いきなり医学生とは少し 設定に無理があるのではないか?」と思いながら読み進めたが、作者は無難に 話を展開させている。学力の不足分を補うためにさまざまな知恵を絞り、数々の 試練の波を必死に乗り切ろうとする薫。その姿は健気だ。だが彼はしだいに大人 たちの醜い陰謀の渦に巻き込まれていく。薫を利用しようとする大人たちには、 憤りを感じる。負けるな薫!悪をそのままにしてはいけない!アメリカにいる 父の応援を受け、薫は敢然と立ち向かう。その描写は痛快だ。
中高生向けに書いたとのことだが、それ以外の人が読んでも楽しめる。作者のほかの 作品と微妙にリンクしているところも面白かった。読後感もまあまあだった。


  オイアウエ漂流記  荻原浩  ☆☆☆
トンガ王国ファアモツ空港から飛び立った飛行機が行方不明に! 乗客は10人。接待出張の面々、怪しげな外人、仲がいいのか悪いのか 分からない不思議な新婚カップル、痴呆気味な老人とその孫、機長の犬・・・。 無人島にたどりついた彼らに、明日はあるのか!?

日本から遠く離れた無人島においても、上司風を吹かせる男とそれに従う部下。 なんだか典型的な日本の会社組織を見せられている気がする。こんな状況でも 威張り散らす男が、愚かというより哀しく見える。だが、みんなが「生き抜く。」と いうひとつの目標に向かい始めたときに、立場に微妙な変化が生じる。人間、 生きるためには必死になるものだ。知恵を出し合い、工夫を重ね、10人は 救助される日をひたすら待ちながら生きていく。日々おのれの命と向き合うような ギリギリの環境は、ふだんの生活からは見えない人間の本質をあらわにする。 他人の意外な面ばかりではない。自分自身の意外な一面を知ることになる。 人間とは何か?生きるとは何か?作者は読み手に問いかけてくる。
「どんな状態に置かれても、可能性は最大限に生かす。そうすれば、道はきっと 開ける!」読んでいてそのことを強く感じた。


  月の砂漠をさばさばと  北村薫  ☆☆☆☆
9歳のさきちゃんは、お母さんとふたり暮らし。何気ないけれど、温かく 愛情あふれる日常生活がそこにはあった。ほのぼのとした、母と娘の物語。

母と娘。ふたりは寄り添い、信頼し合い生きている。何気ない会話の中には、 相手への愛がいっぱい詰まっている。それは、読んでいて泣きたくなるほどだ。 みんながこういう親子関係なら、虐待などという悲惨なことが起こらないのに・・・。 おだやかに、本当におだやかに時が流れている。その心地よさに、いつまでも いつまでもこの本を読んでいたいと思ってしまう。さきちゃんはこれからどんどん 大きくなる。けれど、大人になっても、今持っている心を大切にしてほしいと思う。 「お金や高価な物なんかたくさんなくていい。もっと大切なものがこの世の中にはある。」 そのことを、いつまでも忘れないでいてほしい。読んでいると心が癒され、和んでいくような 感じがする作品だった。イラストも、作品の内容にぴったりでとてもよかった。


  たったひとつの贈り物  児玉清  ☆☆☆☆
俳優でもあり、かなりの読書家でもあった児玉清さん。彼にはもうひとつ別の 才能があった・・・。自ら考案した切絵を、自身の作品を通していねいに綴った 作品。

「プロだ!」児玉さんの切絵を見たとき、強く感じた。とても素人とは思えない。 だが、うまさだけではない。作品には、人の心を温かくさせる不思議な魅力がある。 絶妙なバランス、表情豊かな人物や動物、そして巧みな配色・・・どれを取っても すばらしいの一言だ。
紙とハサミと糊。この3つがあれば紙に命を与え、無限の作品が生まれる。それも 世界にひとつしかないものが。児玉さんはそのことを教えてくれた。小さい頃から 器用だったという児玉さん。彼の作品をもっともっと見たかった・・・。作り方も 詳しく述べられているので、児玉さんのようにうまくは出来ないと思うが、私も切絵に 挑戦してみたいと思う。そうすることで児玉さんの思いに少しでも近づくことができたら、 こんなにうれしいことはない。この本を、多くの人に手にとってもらいたい。そして、 切絵の魅力を感じてほしい。そう願わずにはいられない。


  鉄の骨  池井戸潤  ☆☆☆☆
中堅ゼネコン一松組に入社して3年。平太は突然、現場から業務課への 移動を命じられる。納得できないまま業務課に移った平太は、そこで 今までまったく知らなかった会社の別の面を見ることになる。 「談合は犯罪だ!」次第にそう叫べなくなっていく平太だったが・・・。

受注された仕事をするのが現場だ。だが、仕事を取るためにどれだけ営業の 人間が苦労しているのか!そのことを、平太は身を持って知ることになる。 正攻法では決して仕事は取れない。だが、だからといって「談合」という犯罪に 手を貸すのか?平太の心は揺れ動く。捜査の手が伸びる中、地下鉄工事の入札の 日が来る。いったいどこの会社が落札するのか?そこに犯罪性はあるのか? 息詰まる展開に目が離せない。
実社会でも談合が問題になっている。どんなに対策を講じようと、それは決して 無くならない。不正と知りつつも、犯罪だと自覚しつつも、生き残るために談合を しようとする企業が後を絶たない。厳しい競争を勝ち抜くためには談合が必要なのだと いう、企業側の悲痛な叫びが聞こえてくるようだ。
「はたして、作者はこの作品のラストをどう描くのか?」最後はそこだった。結末を どう描くかで、この作品の評価がかなり違ってくると感じたからだ。もっと劇的な ものを想像していたのだが、作者は無難にまとめてしまった。少々物足りなさも 感じないではないが、多くの読み手を納得させられるラストなのかもしれない。 全体的には面白いと思う。単行本で500ページちょっとの長さだが、一気読みだった。


  おまえさん  宮部みゆき  ☆☆☆☆
人気の痒み止めの薬「王珍膏」を扱う瓶屋のあるじ新兵衛が殺された。その斬り口は、 少し前に殺された身元不明の男のものと同じだった。ふたりのつながりをたどる うちに、封印されていたはずの過去のできごとがしだいに浮かび上がってきた・・・。 ぼんくらシリーズ第3弾!

よくこれだけたくさんの人を登場させたものだと感心する。単行本には付録として 人物相関図がついていたので、本当に助かった。
身元不明の男の事件と瓶屋のあるじの事件。複雑な人間関係やすれ違う人の心が、 これらの事件を引き起こしたのかもしれない。その辺の事情を、作者は巧みに描いて いる。人は、相手を思いやる温かい心を持っている。だがそれと同時に、人は心の中に 暗く冷たい闇も抱えている。闇が心を支配したときに、人は鬼になる・・・。
かなりボリュームのある作品だが、作者はよくまとめたと思う。構成力は抜群!それに 描写も巧みで、読んでいると自分も登場人物のひとりとしてこの作品の中に入り込んで しまったような錯覚に襲われる。また、たくさんの登場人物のひとりひとりがとても ていねいに、そして個性的に描かれていて、しぐさ、表情、動作などがリアルに浮かび 上がってくる。弓之助、三太郎、平四郎、間島信之輔、お徳、政五郎・・・どの人物も、 本当に魅力的だ。話の展開の仕方もよかった。ラストへの収束の仕方もお見事!面白く、 ほろ苦く、そして切なく。読後も満足感が残る、すばらしい作品だった。


  撫子が斬る  アンソロジー(宮部みゆき選)  ☆☆☆☆
いつの時代も変わらず人気のある捕り物帳。宮部みゆきさんが、女性作家の 作品だけを選び出した興味深いアンソロジー。15人の作家の作品を収録。

この中には、シリーズ化されたりテレビドラマ化された作品もある。収録された 作品の作者は全部で15名。宇江佐真理、小笠原京、北原亞以子、澤田ふじ子、 杉本章子、杉本苑子、築山桂、畠中恵、平岩弓枝、藤水名子、藤原緋沙子、松井 今朝子、宮部みゆき、諸田玲子、山崎洋子。そうそうたる顔ぶれだ。名前だけ 知っていて一度も作品を読んでいない人の方が多かった。今まで気になっていたが まったく読んでいなかった平岩弓枝さんの御宿かわせみシリーズ。その第一作 「初春の客」も収録されていた。面白い!かなりのボリュームだが、このシリーズを 読破してみたくなった。また、畠中恵さんのしゃばけシリーズ第一作も収録されている。
私にとってアンソロジーは、読書の世界を広げてくれる貴重な存在だ。おもちゃ箱を 開けるときのようなワクワク感が味わえて満足だった。一度は読んでもらいたい作品 だと思う。


  愚行録  貫井徳郎  ☆☆☆
幸せそうに見えた家族だったのに・・・
一家四人惨殺という恐ろしい事件が起こった!彼らはいったいなぜ殺され なければならなかったのか?そして犯人は?さまざまな人たちの証言から 浮かび上がってきた被害者の別の顔とは・・・?

いろいろな角度からのさまざまな証言が、被害者の人間像を立体的に作り上げて いく。次々に意外な面が明らかになる。本人にとっては何気ない行動や言動でも、 受け取る側にしてみれば悪意を含んだように感じることだってあるのだ。 「理想的な家族」というイメージが、次第に崩壊していく。知らないところで 憎悪が生まれ、それが最悪の事態を引き起こしていく・・・。また、証言する側の 感情にも複雑な思いが渦巻いている。冷静に証言しているつもりでも、不満や嫉妬など 悪の感情が見え隠れしている。人間のいやな面・・・負の面が、作者によって読み手に 容赦なく突きつけられる。読んでいて思わず後ずさりしたくなるような場面もあった。 「人間の本質はいったいどこにあるのか?」面白さだけではなく、重い問題も含んだ 作品だと思う。


  寝ても覚めても本の虫  児玉清  ☆☆☆
本が好きになったきっかけは?いかにして本にのめりこんでいったのか? そして、どういう本を読んできたのか?本好きとして知られた児玉清 さんが、熱く熱く本について語った1冊。

最初から最後まで、行間から本への情熱があふれ出ているようだった。 児玉さんがかなりの本好きだと知ってはいたが、ここまでだったとは!!作者や 作品に対する思いは、だれもかなわないのではないだろうか。翻訳本を待ちきれず 原書で読むようになったと知ったのは、10年前の2001年だった。「いつか私も 児玉さんのように原書で読んでみたい。」今もその思いをずっと抱いている。最近は 外国作品はあまり読んでいないが、この本を読んでとても読みたくなった。いつまでも この本を手元に置いて、児玉さんが熱く語る作品をこれから少しずつ読んでみようと 思っている。


  三陸海岸大津波  吉村昭  ☆☆☆
この作品が描かれた当時、三陸沿岸は過去に3度も大津波に襲われていた。明治29年、 昭和8年、昭和35年。いったいそこから人々は何を学んだのか?津波を体験した 人たちの証言をもとに、当時の状況を克明に描き出した作品。

過去に何度も大津波に襲われた三陸地方。「ここまでは来ない。」「来てもたいした ことはないだろう。」そういう考えが悲劇を生んでしまった。その証言の生々しさに、 読んでいて胸が痛くなる。「地震が起こり津波の心配があるときは、まず逃げろ!」 その教訓は、どんな時代になっても決しておろそかにしてはいけない。だが、年月は 人の心を変えていく。そして、恐怖の記憶が薄れかけた平成23年、再び大津波は 起こった。この本に書かれたような悲劇がまたしても起こってしまった。目に飛び 込んでくる映像が、現実のものだとはどうしても思えなかった。それくらい悲惨な 光景があちこちに見られた。繰り返される悲劇に言葉もない。津波を完全に防ぐことは 不可能かもしれない。だが、犠牲者を出さない対策なら可能ではないのか?二度と このような悲劇が起こらないことを切に願うばかりだ。この作品が、これから先も ずっと教訓本として多くの人に読まれることを望んでいる。


  関東大震災  吉村昭  ☆☆☆☆
1923年(大正12年)9月1日、関東地方を激震が襲った。逃げ惑う 人々に、今度は大火災が襲いかかる。20万人もの犠牲者を出した関東 大震災を、生き残った者の証言を交え克明に描き出した作品。

1923年9月1日午前11時58分、平和で穏やかな暮らしが突如破壊された。 激震は建物を倒壊させ、人々を恐怖のどん底に突き落とす。だが、本当の恐怖は それからだった。安全な場所に避難してほっとしていた人たちを、今度は炎が 襲った。地震後あちこちから起こった火災が、恐ろしい勢いで広がったのだ。 黒焦げの死体、そして川には炎を逃れようと飛び込み溺死した人々の死体が・・・。 逃げ惑う人たちの阿鼻叫喚が聞こえてくるようで、読んでいて背筋が寒くなった。 生活のすべてが破壊され、大切な人を失い、すさんでいく人々の心。そこに、デマが 流れる。「朝鮮人」その言葉で人々はおのれを見失い、誤った情報に操られるように 朝鮮の人たちに危害を加えていく。犠牲者の何と多いことか!まさに狂気の世界だ。 災害の恐ろしさをまざまざと見せつけられた。冷静な判断や行動、そして正確な 情報の把握がいかに大切かがよく分かった。この作品は、決して忘れてはいけない 災害の記録の書だ。ひとりでも多くの人に読んでもらいたい。


  ダブル・プロット  岡嶋二人  ☆☆☆
新聞に載った若い女性の心中事件。それを題材に小説を書いてくれと、出版社から 依頼がくる。それも2社!複数の作家の競作というのもまったく同じだった。 いったいなぜこんなあり得ないことが起こったのか?そこに隠された真実とは・・・。 表題作「ダブル・プロット」を含む9編を収録。

文庫本500ページ弱のボリュームだが、あっという間に読んでしまった。 よく練られたストーリー、そして巧みな展開は、読者を充分に満足させてくれる。 表題作もなかなかよかったが、「遅れてきた年賀状」も面白かった。なぜ年賀状が 遅れて配達されたのか?意外な展開、思いもよらぬ真実に、ぐいぐい引き込まれていった。 読後感もよかった。また、「密室の抜け穴」もよく考えられた話だと思う。なかなか 凝った作りになっている。「裏の裏をかく。」そういう考えが徹底している話だと思った。 9編どれもが、個性あふれる興味深い話だった。惜しげもなくいろいろなアイディアを 詰め込んだという感じの、楽しめる作品だと思う。


  死人は語る  永井義男  ☆☆☆
滞在期間は100日。父にそう厳命され、長崎浩齋は江戸にやってきた。 蘭方医としておのれを磨く日々だったが、油屋の娘お喜代と知り合ったことから、 妙な事件に巻き込まれてしまう。昨日まで生きていた人間が、腐乱死体に!? 浩齋とお喜代の名(迷?)コンビが、事件の謎を解いていく・・・。3編を収録。

タイトルを見ると、江戸時代版法医学という設定のようだが、残念ながらそこまでは いっていないと思う。現代と違い、死体検分のやり方にも限界がある。状況からいろいろ 判断しなければならないのは無理のないことかもしれないが、事件の質や解決に至る過程に 少々不満を感じた。けれど、浩齋・お喜代のコンビは、ふたりの独特の個性がからみ合い、 いい味を醸し出していた。「このふたり、意外に相性がいいかも〜♪」と思いながら 読んだが、さすがに江戸時代!なかなか厳しい現実が待っていた。もしかしたらシリーズ化も あるのかと思ったのだが、ラストを見る限りそれはないように思える。残念! 軽快な文章で陰惨な殺人事件もサラリと読ませる、まあまあ楽しめる作品だった。


  灰色の虹  貫井徳郎  ☆☆☆
「空に輝く虹のように、未来も輝いているはずだった・・・。罪をでっち上げ、人生の 色を灰色に変えてしまったのは、誰だ!」
身に覚えのない殺人の罪。どんなに否定しても、彼は殺人犯に仕立て上げられていく。 冤罪を晴らす手段はなかった。やがて、おとなしく平凡だったひとりの人間が復讐鬼へと 変貌する。狙うのは、事件を扱った刑事、検事、裁判官、そして・・・。

勤めている会社の課長が殺された。ほんのささいなことから警察に目をつけられて しまった江木。目撃証言が妙に捻じ曲げられ、彼はやってもいない殺人事件の犯人に なってしまう。「冤罪はこうして作られる。」という典型的なパターンだ。取調室で江木を 追い詰めていく刑事の伊佐山のやり方には本当に腹が立った。権力を持つものは謙虚で なければならないと聞いたことがある。だが、伊佐山は権力を降りかざし、手段を選ばず、 自分に都合のいい結論を強引に導き出そうとする。結局、江木の血を吐くような叫びは、 刑事にも検察官にも裁判官にも届かなかった。冤罪により江木は、家族や恋人、そして 自分自身の未来までも、本当にすべてを失ってしまったのだ。復讐はよくない。まして、 人を殺すのは、どんな理由があろうとも絶対に許されるべきことではない。けれど、すべてに 絶望した江木に、ほかにどんな選択肢があったというのか・・・。
読んでいる途中で結末がある程度分かってしまったが、それでもラストは胸にぐっと来た。 重く切なく、そして悲しい余韻の残る作品だった。


  あわせ鏡に飛び込んで  井上夢人  ☆☆☆
気の進まないままパーティに出席した城所病院の院長城所優一は、主催者である 天沼稔に声をかけられる。城所病院で死んだ妻の死因に疑問を持つ天沼は、言葉 巧みに城所をアトリエに誘い真相を聞きだそうとする。だが、城所は決して真実を 語ろうとはしなかった。ついに天沼は最後の手段に出た・・・。表題作「あわせ鏡に 飛び込んで」を含む10編を収録。

軽いミステリーという感じだが、星新一さんのショートショートのような独特の味わいの 話もある。「ノックを待ちながら」の話は、読み手に強烈な余韻を残す。「いったいどう するのだ!?」と叫びたくなる。「あなたをはなさない」では、愛する男と別れたくないと いう執念にも似た女心の恐ろしさを見せつけられる。「さよならの転送」は、携帯電話がそれ ほど普及していなかった頃に描かれた話なので今読むとちょっと古臭い感じもするが、アイ ディアが面白かった。どの話も巧みな展開で、サラリと読める。ラストのまとめ方も すっきりとしていて、読後感も悪くなかった。まあまあ楽しめる作品だと思う。


  マスカレード・ホテル  東野圭吾  ☆☆☆
連続殺人事件の次の犯行場所は、一流のホテル。だが、誰が狙われるのか 分からない。事件を未然に防ぎ、なおかつ犯人を逮捕するために、捜査員が ホテルマンになりすましホテルに潜入する。フロント係の山岸尚美は、新田という 警部補とペアを組むことになった。プロとしてのプライドがぶつかり合うふたり。 はたして、事件を無事解決することができるのか?

ホテルには、さまざまな人間がやって来る。客として接しなければならない尚美。 片っ端から疑いの目で見る新田。あまりにも立場の違うふたりは、最初は衝突する。 尚美も新田も、その道のプロだ。絶対にこれだけは譲れないという、プロとしての プライドがある。だが、ふたりの思いは同じだ。「犠牲者を出さずに犯人を逮捕する。」 その思いが、尚美の意識も新田の意識も変えていく・・・。
読んでいると、ホテルに来るどの人間も怪しく思えてしまう。緊迫する状況に、適度な 緊張感を持って読み進めた。ストーリー展開は、なかなかよかったと思う。けれど、犯行 場所を特定する手がかりは懲りすぎではないのか?犯人の動機も一方では納得できるが、 もう一方では疑問に感じる。はたして殺意を抱くほどのことなのかと。そして最大の疑問は、 尚美も新田も職業は違うけれど人を見るプロなのに犯人の手口を見抜けなかったことだ。 なぜ不自然だと思わなかったのだろう。そこのところがどうしてもひっかかる。犯人の 設定に無理があるのではないだろうか。どういう結末を迎えるのか期待しながら読んだが、 疑問や不満の残る終わり方で残念だった。


  影法師  百田尚樹  ☆☆☆☆
消息を調べたときには、その男はすでにこの世にいなかった・・・。
茅島藩筆頭家老の名倉彰蔵は、固く友情を誓った男、磯貝彦四郎と過ごした日々を 思い出す。そして、自分が戸田勘一だった頃のことも。不思議な絆で結ばれたふたりの 男の、感動的な物語。

幼い頃、不幸なできごとで父を亡くした戸田勘一。彼を支えてくれたのは、 かけがえのない友だった。つらいときや苦しいとき、友はいつも見守って くれた。だが、あるできごとがきっかけで、ふたりの運命は大きく違っていく。 出世の道を突き進む勘一。しかし、友は・・・。
光あるところに必ず影がある。表裏一体だけれど、そのふたつはあまりにも違い過ぎる。 日の当たる道を歩き続ける勘一。おのれの幸せを捨て、おのれの人生のすべてを賭け、 勘一の影に徹しようと決心した男。読んでいて、胸が締めつけられるような切なさを何度も 感じた。人はここまで自分を犠牲にできるものなのか?私は彼に問いたい。「その人生に 悔いはなかったのか?」これを友情と呼ぶには、あまりにも悲しすぎる。ラストは、涙が こぼれた。いつまでも余韻が残る、感動的な作品だった。


  幸福な生活  百田尚樹  ☆☆☆
「娘の蓉子が恋人を初めて我が家につれてくる!」
妻の孝子と一緒に待つ間、なぜか男は、蓉子の幼稚園のときの運動会を 思い出す。いつかこんな日が来るだろうと思っていた頃のことを。 幸せに満ちた生活だが、ラスト1行に衝撃が!表題作「幸福な生活」を 含む18編を収録。

「ラスト1行に驚きの真実が隠されている。」どの話も、そういう構成に なっている。特に印象に残ったのは、「母の記憶」「豹変」「そっくりさん」だ。 ネタバレになってしまうので詳しい感想は書けないが、静かに穏やかに流れている 日常が最後の1行でものの見事にひっくり返ってしまうという、その落差が 面白いと思った。読んでいるとき、星新一さんのショートショートを思い出した けれど、星新一さんの作品よりはインパクトが弱い気がした。また、途中で結末が 想像できてしまう話や、ラストに意外性を感じない話もあったので、多少の物足り なさも残る。全体としては、まあまあ楽しめる作品だと思う。


  やなりいなり  畠中恵  ☆☆☆
なかなかおさまらない若だんなの咳。守狐が、特製の「やなり稲荷」を 持って見舞いにやってきた。ところが!幽霊が現れて稲荷寿司を掴もうとする。 若だんなに護符を貼られ、実体化されてつかまった幽霊の正体は・・・? 表題作「やなりいなり」を含む5編を収録。「しゃばけシリーズ」第10弾。

まずは、作者の畠中恵さんに「しゃばけシリーズ、10周年おめでとう!」と 言いたい。最初に「しゃばけ」を読んだとき、「なんてユニークで面白いの だろう。」と思った。だから、シリーズ化されると分かったときには、とても うれしかった。毎回新作が出るたびにせっせと読んできた。
今回10作目のこの作品は、料理のレシピというおまけがついている。その レシピの描き方がしゃばけ風で愉快だ。
5編の話もそれぞれ、なかなかいい味を出している。表題作のほかに、恋しい、愛しいと いう気持ちが蔓延し、ある界隈が混乱をきたす話「こいしくて」、一太郎の父藤兵衛が 行方不明になる話「からかみなり」、変わった卵が騒動を起こす話「長崎屋のたまご」、 一太郎の親友栄吉が働く安野屋の菓子を買い占める新六と、その友五一の哀しい友情を 描いた話「あましょう」が収められている。ほのぼのとした温かみのある話からきゅんと 切ない話までさまざまだが、どの話も読み手の期待を裏切ることはない。読後は満足感が 味わえる。これからもずっと、しゃばけシリーズが続きますように♪


  ちょちょら  畠中恵  ☆☆☆
江戸留守居役だった兄の突然の死。そして兄の許婚千穂とその父入江貞勝の失踪。 そこには、多々良木藩存続の危機が!兄と同じ多々良木藩の江戸留守居役を拝命した 間野新之助は、兄の死の真相に迫ろうとするが・・・。

兄の切腹、許婚千穂とその父の失踪と、事態はかなり深刻なはずなのに、重苦しさを まったく感じさせない軽いストーリー展開になっていて読みやすかった。しかしまあ、 江戸留守居役とは何と雑多な仕事の多いことか!その実態をこの作品で初めて知った。 膨大な種類の仕事の内容を覚えなければならない。江戸留守居役組合の先輩たちの愛の ムチ(?)も受けねばならない。新参の新之助に、のんびりしている暇はない。さらに 新之助には、兄の死の真相を調べるという大仕事もある。それは、藩の危機を救うことに もつながるのだが・・・。
自分の藩さえよければいいというほかの者たちと違って、すべての藩のことを考えようと する新之助の奮闘ぶりはとても好感が持てる。新之助は、自分自身が思うほどダメな 人間ではない。才能も勇気も、しっかり持っていると思う。
ラストは、「えっ!こういう終わり方なの?」と突っ込みを入れたくなった。限りなく 余韻を残し、「この先に絶対何かある!」と思わせるものだった。はたして、新之助に また会うことができるのか?うーん・・・。


  Anniversary50  9人の作家によるアンソロジー  ☆☆☆
カッパ・ノベルズ創刊50周年記念にちなんで、「50」をキーワードにした 作品を9人の作家が書き下ろした興味深い1冊。

綾辻行人、有栖川有栖、大沢在昌、島田荘司、田中芳樹、道尾秀介、宮部みゆき、 森村誠一、横山秀夫と、魅力的な作家が集まった。彼ら9人が「50」という キーワードをどのように使うのか、読む前から期待でワクワクした。
それにしても、「50」という言葉からこれだけのさまざまな趣の違う作品が できるとは!さすがみなさん、かなりの力量だ。その中で一番印象に残ったのは、 宮部みゆきさんの「博打眼」だ。人の心の弱さを見抜き、人に入り込む恐ろしい 妖怪「博打眼」。その描写は読み手をぞくりとさせる。そんな恐ろしい妖怪と50匹の 犬張り子との闘いは、実にユニークでよかった。面白さが凝縮されて詰まっている。 「博打眼」は、そんな感じの話だった。1冊でいろいろ楽しめるアンソロジー。 たまにはこういう本もいいかもしれない。


  ファントム・ピークス  北林一光  ☆☆☆
長野県安曇野。半年前に忽然と姿を消した妻の頭蓋骨が見つかった。 三井は、見つかった場所に疑問を抱く。「そんな所に行くはずがない。」 いったい妻の身に何が起こったのか?しばらくして、今度は女子大生が 行方不明に!さらには母娘も!山に潜むものの正体は?

三井の妻杳子が襲われるという衝撃的な描写から物語は始まる。正体不明の 何かが山の中でうごめいている。そして、次々に犠牲者が!いつどこで襲われるか わからないという恐怖が、読んでいて伝わってくる。そこにいるはずのないもの・・・。 正体が分かってからも、その真相を探る過程は面白い。展開に少々もたつきは 感じられたが、それでも読み始めたら止まらなかった。妻の敵を討ちたいという 三井の悲壮な決意も胸を打つ。ラストも圧巻。微妙に余韻も残る。何十年も前だが、 北海道ではこのような話が実際にあった。なので、読んでいて胸にズシッとくるものが あった。楽しめる1冊だと思う。


  果つる底なき  池井戸潤  ☆☆☆☆
「なあ、伊木、これは貸しだからな。」「いまにわかる。」
坂本の謎めいた言葉の裏には、いったい何があったのか? ハチに刺されたことによるアレルギー性ショックで死んだ坂本。 だが、単なる事故ではなかった!その陰には、黒く醜い思惑が うごめいていた。伊木は、坂本の死の真相に迫ろうとするのだが・・・。

上司と対立し左遷された伊木。これ以上問題を起こせば、銀行マンとしてやって いけなくなるかもしれない。だが彼は、坂本の死の真相を追い求める。調べれば 調べるほど、疑惑が増えていく。「融資」を利用した巧妙な不正。決して姿を 見せようとしない黒幕。その狡猾さには憤りを感じた。巨大な銀行・・・。その 中で人より抜きん出たいのなら、並大抵の努力では無理だ。一度でも出世コースから 外れてしまったら、そこに待っているのは絶望的な現実だけだ。そのことが今回の 悲劇を生んだのかもしれない。
序盤から中盤、そして終盤へ、その構成力は見事だ。また、銀行内部の事情も詳細に 描かれていて、さすがだと思った。池井戸潤にしか描けない世界だ。最後まで読み手を つかんで離さない、とても面白い作品だった。


  チヨ子  宮部みゆき  ☆☆☆
みんな子供のときがあった。そして、子供の時に大切にしていたものがあった。 ピンクのうさぎの着ぐるみが「わたし」に見せる、人それぞれのかけがえの ない物たち。そして「わたし」は、チヨ子を思い出した・・・。表題作「チヨ子」を 含む5編を収録。

宮部みゆきが紡ぎ出すちょっぴり怖い不思議な世界。そこにいざなわれ、つかの間 現実を忘れてしまった。表題作の「チヨ子」は、ファンタジー的な心温まる 物語だった。けれど、「雪娘」のようなホラー的な物語もある。ユキコが殺された 場面は、読んでいると鮮やかに浮かび上がり眼前に迫ってくるようだった。その 生々しさに背筋がぞっとした。ラストへの持って行きかたもよかった。また、 「オモチャ」に出てくる玩具屋のおじいさんの身の上には切なさを感じた。彼は幸せ だったのだろうか?余韻が残る・・・。「いしまくら」は、ある事件を通して父と 娘の距離が次第に縮まっていく感じが心地よかった。事件の内容もまあまあ面白かった。 「聖痕」は宗教的な雰囲気の話で、この中ではちょっと異質な感じがした。集団が 「神」を作り上げるのだろうか・・・?
ひとつの箱の中に、いろいろな色や 味のお菓子が詰まっている。そんな感じのする作品だった。


  負けるのは美しく  児玉清  ☆☆☆
最初から俳優を志していたわけではない。それなのに、俳優になってしまった・・・。 児玉清が、俳優になったきっかけ、俳優を一生の職業にしようと彼に決心させた できごと、そして自分自身の結婚、最愛の娘さんのことなどを綴ったエッセイ集。

児玉清。彼が俳優になったのは、実にユニークなできごとが重なったからだった。 「人の運命というのは、いつ何時どんなきっかけで変わるか分からない。」その 典型的な例ではないだろうか。駈け出しの頃のエピソードも実に興味深かった。 画面からでは分からない裏側に、たくさんのドロドロとした人間関係や感情の もつれなどがあったのには驚かされた。この本の中には書かれていない苦労も、多々 あったと思う。結婚のエピソードは面白かった。「縁」。この言葉をあらためて 思った。最愛の娘さんを亡くした描写は、読んでいてとてもつらかった。このことが、 彼にどれほどの多大なダメージを与えたことか・・・。
彼の人柄を感じることができ、また人間「児玉清」を知ることができる、貴重な作品だった。


  さくらの丘で  小路幸也  ☆☆☆☆
祖母と友人ふたりが少女時代を過ごした土地に建つ古い西洋館。彼女たち3人は、 なぜそれを自分たちの孫に遺そうと思ったのか?この西洋館にはいったいどんな 真実が隠されているのか?3人の孫は、彼女たちの人生の軌跡をたどり始めた。

彼女たちはなぜ、自分の子供ではなく孫に思いを託したのか?その理由が徐々に 明らかになっていく。過去の物語と現在の物語。そのふたつが、両側からそっと 包み込むように真実に迫っていく。きらめくような少女時代の中にあった祖母たちが 直面したできごと。それを知ったとき、作中の孫たちも、そして読み手である私も、 同じように衝撃を受けた。祖母たちは、語らなかったのではない。語ることが できなかったのだ・・・。語ることができなかったからこそ、孫たちには自分自身の 目で見て、自分自身の耳で聞いて、そして自分自身の肌で感じてほしかったのだ。 そういう祖母たちの思いが、痛いほど伝わってくる。温かみのある文章で、静かな感動を 描き出した、読み応えのある作品だと思う。


  私の家では何も起こらない  恩田陸  ☆☆
丘の上に建つ小さな家に、ある日”男”がやって来る。「なぜこの 家を買ったのか?」「あなたの叔母は何か言っていなかったか?」 男の意図するものは?この小さな古い家には、奇怪なできごとに染められた たくさんの歴史が積み重ねられていた・・・。表題作「私の家では何も 起こらない」を含む9+1編を収録。

異次元の空気をまとい、ひっそりと丘の上に建つ家。そこで起こった数々の信じられ ないできごと!「生」と「死」。人はいつもその間に線を引きたがる。けれど、 このふたつの間には、線など引けるはずがない。表裏一体。「生」と「死」はふたつで ひとつなのだ。からみ合い、混じり合い、そこから伸ばされた手は読み手の心をつかみ、 恐ろしいまでに締めつける。最初から最後まで不思議な雰囲気が漂い、恩田陸の独特の 世界が果てしなく広がる。けれど、作者の意図をきちんと理解するのが困難で、読んだ後も、 もやもやとしたものだけしか残らなかった。消化不良の作品だった。


  儚い羊たちの祝宴  米澤穂信  ☆☆☆
丹山家の跡取りとして厳格に育てられた吹子にも、大学生になった時に 楽しみができた。それは、読書サークル「バベルの会」への参加だった。 だが、参加直前になると吹子の身近にいる者が殺害されるという事件が起こり、 参加できなくなってしまう。翌年も翌々年も・・・。それらの事件の裏には いったい何が隠されているのか?「身内に不幸がありまして」を含む5編を収録。

5編どれもが非常に奇異な話だ。いつの間にか読み手さえも、不思議な空間に 引きずり込まれていく。人間の恨みや憎しみ、そしてねたみなどの思い・・・。 それらが腐敗し、ドロドロとなり渦を巻き、まるで底なし沼のように周りの人間を 引きずりこみ、破滅させていく。読んでいて、そういう何とも言えない恐怖を感じた。 5編どれもが、「物語の中に張り巡らされた複線が、最後の凝縮された一行で見事に 浮かび上がってくる。」という構成になっている。「古典部シリーズ」とはまったく 違う作者の別の面が見えて、興味深い。ありきたりの小説に飽きてしまった人には、 ぴったりの作品だと思う。


  児玉清の「あの作家に会いたい」  児玉清  ☆☆☆☆
小説はいかにして生まれるのか?また、なぜ小説家になったのか?
読書好きとしても有名な俳優・児玉清が25人の作家に本音を問いかける、興味 深い作品。

大崎善生・角田光代・町田康・村山由佳・森絵都・真保裕一・ 江國香織・北原亞以子・荻原浩・あさのあつこ・北方謙三・浅田次郎・東野圭吾・ 三浦しをん・山本兼一・宮部みゆき・上橋菜穂子・有川浩・石田衣良・万条目学・ 北村薫・小川洋子・桜庭一樹・川上弘美・夢枕獏と、錚々たる顔ぶれの25人だ。 こんなにたくさんの作家の人たちと会い、直接話を聞いたのだと思うと、本当に うらやましい。作品からは見えてこない作家の本音を、児玉清さんは実にうまく引き 出している。並の人では太刀打ちできないほどの豊富な読書量があってこそ、この 対談が成り立つのだと思う。作家の素顔、そして児玉清さんの人柄、この両方を 知ることができる、貴重な作品だ。読書好きの方にオススメしたい。


  江 姫たちの戦国  田渕久美子  ☆☆☆
浅井長政と織田信長の妹・市の間に生まれた、茶々・初・江の3姉妹。 非情な戦国の世において、彼女たちは運命の波に翻弄されていくのだが・・・。 3姉妹の末妹「江」の生きざまを中心に戦国時代を描いた作品。

戦国時代。女性がおのれの意志を貫くのは、不可能な時代であったと思う。 江も、政治の駆け引きの道具に使われ、そのたびに人生を大きく変えていく。 父や母の亡き後、力を合わせて乱世を乗り切ろうとしていた姉妹たち。けれど、 茶々と江はやがて敵として向かい合うことになる・・・。豊臣と徳川。このふたつに はさまれることになる初もまた苦悩する。
男たちの戦いとは違う、女たちの戦いの姿がそこにはある。作者はそういう女性に 視点を当て、女性の立場からの戦国時代を描き出した。そういう点は面白いと思う。 ただ、もう少し深い心理描写があってもいいのではないだろうか。この描き方では淡々と しすぎていて、読んでいて物足りなさを感じた。江たちの微妙な心の揺れや動きを あまり感じることができないのが残念だった。


  超音読英語勉強法  野島裕昭  ☆☆☆☆
高校2年生のとき、英語の偏差値は42。高校3年生の時に反発心から英語の テストで0点を取り、高校中退。そんな筆者がTOEICで満点を取った 方法とは?

ここに書かれている方法は、どれも画期的なものではない。けれど、ひとつひとつを 読んでみるとなるほどとうなづけることばかりだ。単なるリスニングだけでは 聞き取る力は伸びない・・・。そのことは、私自身も感じたことだ。英語はどの ように勉強すれば伸びるのか?そのヒントが随所に書かれている。そのすべてを 実行するのは不可能なので、その中から自分がやりやすいと思った方法を選択して やるのもいいと思う。「英語は一生を通じて学ぶもの。資格はその通過点に過ぎない。」と いう筆者の言葉が強く印象に残った。これからもこの本を何度も読み返し、自分なりに 英語の勉強を続けていきたいと思う。とても参考になった。


  こいしり  畠中恵  ☆☆☆
麻之助とお寿ずの婚礼の日、麻之助の親友清十郎の父源兵衛が高砂を 謡うことになっていた、ところが、源兵衛は当日倒れてしまう! 当然結婚式は延期に・・・。源兵衛は病床で、昔かかわりのあった ふたりの女性の安否を確かめたいと言い出した。この難題、どう解決 すべきなのか?表題作「こいしり」を含む6編を収録。「まんまこと」 ワールド第2弾♪

まじめだと思われていた源兵衛の意外な一面を知ることになる「こいしり」、 子猫たちが化けるという噂の出どころをさぐる「みけとらふに」、百物語に まつわるちょっぴりぞっとする話「百物語の後」、お守り紛失事件にかかわる 人たちの想いの深さや複雑さを描いた「清十郎の問い」、余命宣告をされた男の 意外な顛末を描く「今日の先」、三行半をくださいと麻之助に迫るお寿ず。 その原因となった文に隠された思いもよらぬ事柄を描く「せなかあわせ」、 どれもが味わいのある話だった。人生、山あり谷あり。けれど、一生懸命生きて いくことが大切なのだ。面白おかしい話の中に、そう感じさせる部分もたくさん あった。これから先、楽しみなシリーズだ。


  凍原  桜木紫乃  ☆☆☆
「行方不明になった弟は、今も湿原の中に、土に還ることもできずに いるのだろうか?」
つらい過去を持つ比呂は、警察官となり再び釧路に戻ってきた。弟を 飲み込んでしまったかもしれない釧路湿原で、今度は成人男性の遺体が 発見される。その事件は、過去に封印されたはずのできごとをしだいに 暴いていくことになる・・・。

17年前、当時10歳だった弟が行方不明になった。今も心のどこかで 弟を捜し求める比呂。当時捜査をしてくれた片桐は、今は比呂とともに 今回の事件の捜査を担当している。弟の友だちだった純も、自分の店を持つ ほどになっている。月日は流れているのだ。だが、どんなに月日が流れても、 絶対に真実をさらせないこともある。永久に封じ込めてしまわなければならない 過去が暴かれようとしたとき、悲劇が起こる・・・。さまざまな人間のしがらみが からみ合い、物語に深みを与えている。「こんなに悲しい生き方しかできな かったのか?」と問わずにはいられない切ない描写もあった。けれど、設定や 結末には斬新さがなく、感動を与えてくれるまでには至らなかった。全体的には まあまあの作品だと思うが・・・。


  土曜日は灰色の馬  恩田陸  ☆☆☆
作家、恩田陸。彼女はどんなものを読み、そしてどんなことを考えてきたのか? 彼女を作家へと導いてきたものは何なのか?彼女の一面を知ることのできる、 興味深いエッセイ。

「恩田陸さんの小説の読み方は、私のような凡人とは一味違うのではないだろうか?」 以前からそう感じていたが、このエッセイを読んでますますその思いを強くした。 深い洞察力、そこから広がるはてしない想像力。どんなにがんばっても、彼女の生まれ ながらにして持っているその能力には及ばない。独特の感性、独特の世界観。たまらなく 魅力的だ。今まで読んできた小説を語る部分は、面白く読んだ。今まで読んできた 少女漫画を語る部分は、興奮しながら読んだ。あまりにも懐かしすぎる!!彼女の存在が とても身近に感じられた。さて、これからどんな世界を小説で表現してくれるのか? 期待に胸をふくらませ、待つことにしよう。


  ジェノサイド  高野和明  ☆☆☆☆
父の突然の死・・・。葬儀もすませ大学に戻った研人に、死んだはずの父から メールが届く。ウィルス学者だった父が最後に残したメッセージは、研人を 戸惑わせるだけのものだった。創薬科学を専攻する研人にも理解できない謎が・・・。 一方、特殊部隊出身のジョナサン・イエーガーは、不治の病と闘う息子の 治療費を稼ぐために、コンゴで任務を遂行しようとしていた。研人とイエーガー、 まったく関係のないふたりの間には、驚くべき事実が横たわっていた!!

「何というスケールの大きな作品なのだ!」読み終わった直後にそうつぶやかずには いられなかった。日本、コンゴ、そしてアメリカ。物語の舞台は果てしなく広い。 罠にはまり追われる身となりながらも、父の遺言に従い新薬を完成しようとする研人。 その新薬とつながることになる、コンゴで命を懸けて闘うイエーガー。物語は拡散する。 どんどん、どんどん拡散する。いったい作者はどう収束させるつもりなのか、まったく 検討がつかないまま読み進めた。危機が波のように、次から次へと押し寄せる。そして、 意外な登場人物が!!彼は本当に人類の敵なのか?それとも、堕落した人類を救う救世主 なのか?その答えは誰にも分からないのだ。
思わず目をそむけたくなるような残酷な描写もあった。何かを成すためには何かを 犠牲にしなくてはならない。そのことをいやというほど思い知らされた。だが、息子が 父を思う心、そして父が息子を思う心など、胸を打つ描写もあった。「これから人類はいったい どうなっていくのだろうか?。」遥か遠い先の人類の未来に想いをはせながら、深い感動を 抱いたまま読み終えた。長いけれど一気読み!!面白い作品だった。


  真夏の方程式  東野圭吾  ☆☆☆☆
両親の仕事の都合で、旅館を経営している伯父伯母のもとで夏休みを過ごす ことになった恭平。その宿には、物理学者の湯川も滞在していた。ある朝、 もうひとりの宿泊客が死体で発見された。事故死か他殺か?彼は何のために この町にやってきたのか?最後に湯川が気づいた真実とは?

ひとりの男の死。なぜ彼はこの町にやってきたのか?なぜ彼は死ななければ ならなかったのか?この作品は、ほかの作品のように科学的解明はそれほど 期待できない。どちらかというと、さまざまな人たちが絡み合う人間関係の 描写のほうに重点が置かれている。特に、小学5年生の恭平と湯川のふれあい には惹きつけられるものがあった。恭平の人生も、いいことばかりではないだろう。 人生に絶望を感じることがあるかもしれない。そんなときは、湯川の言葉を 思い出してほしい。湯川の言葉は、未来へ希望をつなぐ鍵になるだろう。
過去と現在のできごと、さまざまな登場人物たちの織り成す人間模様、それらが うまく融合して心地よい作品に仕上がっている。ラストも余韻が残る。味のある 面白い作品だと思う。


  県庁おもてなし課  有川浩  ☆☆☆
高知県庁観光部に「おもてなし課」が誕生した。彼らは独創性と積極性を期待 されたが、ルール内でしか行動したことがないのでとまどうばかり。若手の掛水は、 県出身の作家吉門喬介に観光特使を依頼する。だが、吉門はダメ出しばかり。「いったい どうすればいいんだ!」ここから「おもてなし課」の奮闘が始まった。

「お役所仕事」どうして何かをやろうとするときにはいつもそうなってしまうのか? 規則や手続きにしばられているうちに、彼らは民間感覚を完全に忘れてしまっている。 「誰のための観光か?」それすらも見えない。そんな「おもてなし課」に活を入れる吉門。 吉門と「おもてなし課」の間に挟まれ苦悩する掛水。立場や意見の違いを乗り越えたとき、 ふたりは最強のコンビとなる。役所という枠の中で、最大限何ができるのかが見えたとき、 高知は未来に向かって大きく動き出す。
個性豊かな登場人物たちが作品の中でいきいきと動き回り、読んでいて楽しかった。 作者の高知への愛にあふれた、さわやかな感動が残る作品だった。


  麒麟の翼  東野圭吾  ☆☆☆
ナイフが胸に突き刺さった状態で、日本橋まで男は歩いた。日本橋の麒麟の台座に もたれかかって死んだ男には、いったいどんな事情があったのか?ひとりの男の 死の陰に潜む真実を、加賀恭一郎は追い求める。

自宅からも勤務先からも遠い場所で、男は息絶えた。なぜ男はそんな場所に行ったのか? 加賀の地道で丹念な捜査が始まる。そして、普通の人なら見過ごしてしまうような ささいな出来事の中に、意外な事実を発見する。小さな真実の積み重ねが、大きな 真実を浮かび上がらせていく。ミステリーの面白さもさることながら、父が息子を思う 気持ちに強く心打たれた。設定には多少疑問を感じる部分や不自然さを感じる部分も あったが、全体的にはよくまとまっていると思う。本の帯に「加賀シリーズ最高傑作」と 書かれているが、読む人によってかなり評価が分かれるのではないだろうか。私個人と しては、そこまでだとは思わなかったが・・・。


  オレたちバブル入行組  池井戸潤  ☆☆☆☆
夢と希望に満ちて入行したはずだった・・・。大阪西支店の融資課長の 半沢は、入行以来の最大の危機に直面する。5億円の融資を行った会社が 倒産したのだが、支店長の浅野は全責任を半沢ひとりに押しつけようと したのだ。「泣き寝入りしてたまるか!」半沢の反撃が始まった。はたして、 彼に勝ち目はあるのか!?

組織が大きくなればなるほど、客や利用者のことを考えず、おのれのプライドや 地位を守るためなりふりかまわず行動する人間が現れる。責任をほかのものに なすりつけ平気な顔をする。立場が危うくなれば陰謀をめぐらす。この作品の 中に出てくる支店長の浅野もそういうタイプだ。部下ひとりをつぶすことなど 何とも思わない。半沢は戦う。徹底的に戦う。銀行という巨大な組織の中に 巣くう魑魅魍魎たちと。職場は戦場、そしてそこで働くものたちは戦士だ。 半沢は勝利できるのか?まさに、手に汗握る展開だった。しだいに浅野が追い 詰められていく描写は快感!「あきらめずに、おのれの信念を持って果敢に行動 すれば道は開ける。」そういう思いを存分に味わった。爽快感が残る、面白い 作品だった。


  プリンセス・トヨトミ  万城目学  ☆☆☆
大阪には、400年前から続く「秘密」があった。だが、その「秘密」は、 3人の会計検査院の調査官が東京からやってきたことをきっかけに暴かれ ることになった。「秘密が暴かれたとき、大阪が全停止する!?」はたして 事の顛末は?

奇抜な発想、奇想天外な展開に、読んでいて思わずのけぞるほどの衝撃を受けた。 400年前に滅んだと思われていた豊臣家の末裔が生きていた!しかも、大阪に 住む男たちは、そのことを知りながら完全に秘密を守り続けている。むむ・・・。 どこからこういうアイディアが沸いてくるのか?作者の豊かな想像力には驚く ばかりだ。
細かいことを言えば、「少年にセーラー服を着せる必要性があったのか?」「大阪が 全停止したとき、観光や仕事やその他もろもろの用事で大阪に来ていた人たちはいったい どうしていたのか?」「大阪を全停止させるほどの存在価値がプリンセス・トヨトミに あるのか?」という疑問はある。けれど、そういう疑問をすべて吹き飛ばすだけの楽しさが この作品にはあった。徹底的に読者を楽しませようとする作者の思惑に、完全にはまって しまった。とにかく楽しい作品だった。


  萩を揺らす雨  吉永南央  ☆☆☆
「小蔵屋」という和食器とコーヒー豆の店を、年老いてもなお気丈に切り 盛りしている杉浦草。ある日草は、友人である大谷から、鈴子という女性に ついての頼まれごとを引き受ける。その女性の息子と関わりを持ったことから、 草はちょっとした事件に巻き込まれていく・・・。表題作「萩を揺らす雨」を 含む5編を収録。

「おばあさん探偵が日常の謎を解く」という設定だが、ミステリーの謎解きの面白さを 味わうというより、むしろ悲哀を感じる内容だった。怪しいと思われる家の周りを 歩いていると、痴呆の徘徊者だと思われてしまう。草はそういう年齢なのだ。 どんなにがんばっても、世間の「草は高齢者」という考えを変えることはできない。 悲しいけれど、残酷な現実を突きつけられてしまう。けれど、草は前向きだ。 草のように、年老いても生きがいを持ち、毎日を過ごすことができたらどんなにいい だろう。こういうふうに年をとりたいものだ。
しっとりとした味わいを持つ作品だと思う。さまざまな問題も含んでいて、考えさせ られることも多かった。


  かばん屋の相続  池井戸潤  ☆☆☆
「松田かばん」の社長が急逝した。社長の遺言には、会社の株すべてを 長男に譲るとあった。だが、会社の手伝いをしていたのは次男だった・・・。 亡くなる直前に書かれた遺言状に隠された秘密とは?表題作「かばん屋の相続」を 含む6編を収録。

表題作「かばん屋の相続」は、社長である父の想いを深く感じさせる話だった。 兄弟の確執は、老舗のかばん屋を存続の危機に陥らせてしまう。「いったい会社は どうなるのか?」ハラハラしながら読んだが、ラストは満足できるものだった。 ほかにも、会社倒産にまつわる話「十年目のクリスマス」や、融資問題を扱った 「セールス・トーク」など、作者ならではの知識の深さが光る作品が収められている。 銀行と会社との関係の裏の部分という、普段なかなか知ることのできない部分も 描かれていて、興味深く読んだ。読み応えのある短編集だと思う。


  被害者は誰?  貫井徳郎  ☆☆☆
庭から発見された白骨はいったい誰なのか?犯人が分かっているのに被害者が 分からない!この異常な状況は!?桂島刑事が頼ったのは、大学時代の先輩で、 今はミステリー作家の吉祥院慶彦だった。はたして被害者は誰か? 表題作「被害者は誰?」を含む、ユニークな4編を収録。

桂島と吉祥院。まったくタイプの違う個性的なふたりが、さまざまな事件のなぞを ひも解いていく。漫才みたいな掛け合いの中で、事件が真相に向かっていくさまが 読んでいて愉快だ。一味違うミステリーという感じがする。表題作の「被害者は誰?」 は、タイトルを見ただけで興味をそそられた。内容もまあまあ面白かった。そのほかの 「目撃者は誰?」「探偵は誰?」「名探偵は誰?」も発想がいい。「名探偵は誰?」では、 作者の仕掛けた罠にまんまとはまってしまった。それも楽しかったが(^○^) 読者を とことん楽しませようとする作者の思いがあふれている作品だった。


  スリーピング・マーダー  アガサ・クリスティー  ☆☆☆☆
三ヶ月前に結婚したばかりのグエンダは、夫と二人で住むための家を 探していた。「これが私の家だ!」見ないうちから確信に近い胸騒ぎを 覚えた家があった。家の中を見せてもらっているうちに、グエンダは 不思議な感覚に陥る。既視感を抱いたこの家とグエンダとの間には、 意外なつながりがあった・・・。

グエンダはなぜその家に既視感を抱くのか?彼女の幼いころの記憶が重要な 鍵となってくる。記憶の糸をたどり、当時その家に関わっていた人たちと 接触していく。ひとつひとつ手がかりを積み重ね、記憶に隠された殺人事件の 真相に迫るグエンダと夫のジャイルズ。そして二人を手助けするミス・マープル。 だが、過去が暴かれるのを嫌う人間もいた・・・。
それほど凝ったトリックもなく、犯人にも意外性はない。けれど、何気ない描写の 中に巧みにちりばめられた犯人への手がかり、そしてミス・マープルの鋭い観察眼と 洞察力、それらがこの作品をとても面白いものにしている。一枚一枚ベールを剥ぐ ように真実に迫っていく様子は、緊張感があり読み応えがあった。とても魅力のある、 面白い作品だと思う。


  禁猟区  乃南アサ  ☆☆☆
ホストクラブに通い続ける直子。彼女は、ひいきにしているホストのために、 警察官という立場を利用し非合法的な方法でお金を手に入れていた。そんな彼女の 不正を暴いたのは、警察内部の犯罪を追う監察官だった・・・。表題作「禁猟区」を 含む4編を収録。

警察官だって一般の人と同じ人間だ。時には、法に触れるようなことをすることもある。 そんな人間を追う監察官。彼らは警察官なのに、ほかの部署の警察官には明らかに 疎まれている。この、警察官が警察官を裁くという設定が興味深かった。表題作の ほかに、知らず知らずのうちに泥沼にはまり込んでいく男を描いた「免疫力」、時効 直前の事件解決をあせる男を描いた「秋霜」、ゆがんだ男の怖さを描いた「見つめない で」が収録されている。追い詰める者と追い詰められる者、その緊迫感がひしひしと 伝わってきた。どの話も味があり、まあまあ面白い作品だった。


  バンクーバーに恋をする  桐島洋子  ☆☆☆☆
世界中を旅していた桐島洋子さん。彼女が恋をしたのはバンクーバー♪夢中で 通いつめたパリやニューヨークではなかった・・・。そんな恋するバンクーバーでの 彼女の生活は?

「初めてバンクーバーに行く前に、予備知識を♪」そう思って求めた本だった。 バンクーバーの魅力を、美しい写真とともに余すところなく語っている。バンクー バーという街のすばらしさが強く伝わってくる。写真を見れば見るほど、文章を 読めば読むほど、どんどんその魅力にひきつけられていった。さすがに「世界一住み やすい都市」に何度も選ばれるだけのことはある。夏は涼しく(クーラーがいらないくらい!) 冬は温暖で、治安がよく、人々も親切。彼女のような優雅な生活はできないと思うが、 ロングステイをしてみたいと思わずにはいられない。何度読み返しても飽きず、読む たびにバンクーバーへのあこがれが募ってくるステキな本だった。バンクーバーに 行こうと思っている人、バンクーバーにあこがれている人、必見!!


  乱紋  永井路子  ☆☆
織田信長の妹お市の方と浅井長政の間に生まれた三姉妹、茶々、初、江。 彼女たちのたどった運命は・・・?

本の裏側に書かれた「おごうの生涯を描く」という一文に、まんまとだまされて しまったような感じだった。確かにお江は登場する。彼女の運命も描かれている。 しかしそれは間接的で、「おちか」や「ちくぜん」という人物を通して語られる のみだ。お江の心の内をじかに描写しているところはひとつもない。お江の 存在はふわふわしていて曖昧でとらえどころがない。作者がいったいどういう意図で この作品を描いたのかが理解できない。この作品を通し作者は何を読み手に伝えた かったのか?それもまるで分からない。歴史の流れ・・・。その大きなうねりの中で、 当時の人たちはどう生き抜いていったのか?歴史小説の面白さはそこにあると思う。 この作品では、そういう面白さをまったく感じることができなかった。とても残念だ。


  やがて目覚めない朝が来る  大島真寿美  ☆☆☆☆
父と母が離婚した。小学4年生だった有加が母に連れられて行った先は、 何と!父方の祖母の蕗の家だった。もと嫁と姑、そして有加。3人の生活が 始まった・・・。さまざまな人の「生」と「死」を瑞々しく描いた作品。

有加の父と母が離婚したこと、有加の母がもと姑だった蕗のところに転がり 込んだこと、それらにはそれなりの理由があった。けれど、人が生きていく ためには、さまざまな苦悩や悲しみを心の片隅に追いやらなければならない時も ある。恨みや憎しみを忘れなければならない時もある。それらひとつひとつを、 有加は蕗の家に出入りする人たちからも学んでいく。少女から大人へ、成長 していく命がある。けれど一方で、老いや病気で消えていく命もある。人は いつか、誰もが命の終わりを迎える。そうは分かっていても、きらめくような 人生を送ってきた人たちの終焉は、読んでいてたまらなく悲しかった。
派手さはないが心にふんわりとした温かさをもたらしてくれて、やさしい気持ちに させてくれる作品だった。


  ばんば憑き  宮部みゆき  ☆☆☆☆☆
小間物屋「伊勢屋」の分家の佐一郎は、本家の一人娘お志津と夫婦になり、 本家の跡取りとなった。だが、彼はいつもお志津のわがままに悩まされてきた。 湯治の帰りに宿に足止めされたふたりは、ある老婆と知り合う。老婆は佐一郎に、 50年前のできごとを語り始めた。それは、不思議な、そして忌まわしいできごとだった・・・。 表題作「ばんば憑き」を含む6編を収録。

表題作の「ばんば憑き」では、老女が淡々と50年前のできごとを語る。ちょっと 不思議な話だとは思ったが、それほど怖さを感じなかった。けれど、読み終わった後に じわじわと怖さが湧き出てきた。「やはり人の心は怖い。」そう思わせる話だった。 また、「お文の影」では、子供の数より一つ影が多いというぎょっとするような話だが、 こちらは怖さよりも切なさのほうが大きかった。5歳の女の子に起こったできごとは、 哀れと言う以外に言葉が見つからなかった。「博打眼」では人の心の隙につけ入る 妖怪を描いているが、その妖怪を生み出したのが人の心の醜い部分だということに 複雑な思いを味わった。退治方法はユニークで、面白かった。「野槌の墓」はひとつの 野槌にまつわる話だが、人の身勝手さが野槌の運命をガラリと変えてしまった。 人の形をしているが心は鬼という者が、世の中にはたくさんいる。野槌はそういう者の 犠牲になってしまった・・・。
6編は、個性豊かな話ばかりだ。そして、どの話も読み応えがあり、心に強く余韻を 残す。善にも悪にも簡単に染まってしまう人の心を、本当によく描いている。作者の力量や その感性に、感心したり驚かされたりだった。「珠玉の短編集」と言っても過言ではない、 多くの人にオススメしたい作品だ。


  死化粧  渡辺淳一  ☆☆
母の死は避けられないものだった。だが、自分以外の家族全てが母の 回復を信じている。自分と他の家族たちとの心の隔たりを感じながら 母の命の終わりを見つめたとき、胸に去来したものは・・・。表題作 「死化粧」を含む5編を収録。

渡辺淳一の描く医学的ヒューマンドラマが昔から好きだった。けれど、この 作品に収められている5編どれもが、読んでいて何とも言えないいやな 気持ちになってくるような話だった。人それぞれにいろいろな人生がある。 そして、人それぞれにいろいろな人生の終わり方がある。それを充分わかって いても、読んでいて受け入れられない部分が出てくる。「こんな描き方を しなくても・・・。」何度もそう思った。特に「少女の死ぬ時」の話には、 不快感さえ感じた。後味の悪さだけが残る作品だった。


  ダイイング・アイ  東野圭吾  ☆☆
岸中美菜絵という女性を事故で死なせてしまった雨村慎介は、彼女の夫岸中玲二に 襲われ重傷を負う。だが、岸中玲二は死体となって発見された。そして、慎介自身も 記憶喪失に。「岸中美菜絵の事故には何かがある。」慎介は事故について調べ始め たが・・・。

ひとりの女性の命が奪われた事故。それが全ての始まりだった。だが、事故には別の真相が ある。記憶喪失になった慎介が調べ始めるのだが、彼を記憶喪失にしてしまうのは発想が 安易過ぎないかと疑問に思う。そもそもこの作品はミステリーなのかホラーなのか?そこの ところもあいまいではっきりしない。いったい作者はどういう意図でこの作品を書いたのか? あまりにも非現実的で、納得できない箇所がたくさんあった。文庫本で約400ページという 長さだが、読後満足感や達成感がまるで得られない。厳しい言い方だが、後味の悪さだけが 残る面白味のない中途半端な作品だった。


  ぼくが愛したゴウスト  打海文三  ☆☆☆
約束していた友だちが来ずひとりでコンサートに行った翔太は、帰りに 駅で人身事故に遭遇する。そのときから彼は、自分のいる環境に違和感を 抱き始める。いったい自分のいる世界は、今まで過ごしてきた世界と同じなのか? しだいに見えてきた現実を目の当たりにしたときに、彼の取った行動は・・・。

同じようでどこか微妙に違う世界。そこに迷い込んだ11歳の少年。不安、恐れ、とまどい、 悲しみなど、彼を襲うさまざまな感情がきめ細かく描かれていて、読み手にも翔太の 心情がしっかりと伝わってくる。読んでいてやりきれない思いや切なさを強く感じた。 「パラレルワールド」を題材にしているが、独特の感性で描かれていて斬新だと思う。 けれど、「彼はどうしてもうひとつの世界に紛れ込んでしまったのか?」「彼はもとの 世界に戻れるのか?」という読み始めからずっと抱いていた疑問への答えは曖昧さを 残し、個人的には納得できるものではなかった。読後満たされない思いが残ったが、「自分が いる世界はいつもと同じ世界なのか?」「はたして自分は本当に存在しているのか?」そう 思いながら余韻に浸るのは楽しかった。


  今日を刻む時計  宇江佐真理  ☆☆☆
火事で家を失った伊三次とお文は10年後、伊与太のほかにお吉という娘を授かって いた。彼らの気がかりは、息子伊与太の行く末だった。一方、不破龍之進は自分の 母親のことで悩み、芸妓屋に入り浸っていた。自分の進む道を模索する龍之進・・・。 表題作「時を刻む時計」を含む6編を収録。髪結い伊三次捕物余話シリーズ9。

読んで驚いたのは、前作から10年の月日が流れていたことだった。伊三次も40代に なり、龍之進も20代後半になっていた。あまりにも月日が飛びすぎではないのかと 思ったが、内容は読み応えがあった。月日は人を成長させるが、同時に老いさせていく。 伊三次、お文、不破友之進などは、読んでいて「ずいぶん年を重ねた・・・。」としみじみ 思った。一方で、八丁堀純情派と呼ばれた龍之進などの成長には目を見張るものがあった。 確実に世代交代が来ようとしていることを強く感じる。また、家族愛や親子愛もしっとりと 描かれているので、温もりも感じた。人情味あふれる心に染み入る作品だった。


  PRIDE  石田衣良  ☆☆☆
マコトを訪ねてきたリンが語る暴行事件の話は衝撃的だった。事件から立ち直り、 強く生きていく決心をしたリンに惹かれていくマコト・・・。だが、再び魔の 手がリンに迫る!マコトはリンを救えるのか?表題作「PRIDE」を含む 4編を収録。IWGP(池袋ウエストゲートパーク)シリーズ10。

プライドって、なんだろう?
マコトがそうつぶやいているが、私も同じ疑問を持った。それは、その人自身が 何ものにもつぶされることなく輝き、そして生き続けるエネルギーの源なのか? 「PRIDE」に出てくるリンの持つプライドは、まさにそういうものだ。 どんなにつらいことがあっても、立ち上がり歩き出す。彼女の強さを支えているのが プライドなのだ。そんな彼女に、マコトは好意を抱く。二人のこれからがとても気になる。 そのほかの3編、データを盗まれたエリートの男を描く「データBOXの蜘蛛」、弟に ケガを負わせた犯人を探す姉を描いた「鬼子母神ランダウン」、30歳を過ぎてもなお アイドルでい続けようとする女性を描いた「北口アイドル・アンダーグラウンド」も よかった。特に「鬼子母神ランダウン」では、タカシの意外な一面を知ることができ 興味深かった。マコトやタカシは、このシリーズの中で確実に年を重ねている。 彼らの今後がどうなるのか・・・。次回作を楽しみに待ちたい。


  ほら吹き茂平  宇江佐真理  ☆☆☆
大工の棟梁だった茂平は、今や隠居の身。暇をもてあまして気味の毎日だ。 そんな茂平を人は「ほら吹き茂平」と呼ぶ。さて、茂平はどんなほらを吹くのか? 表題作「ほら吹き茂平」を含む6編を収録。

嘘をつくのは良くない。茂平にもそれは分かっているはずなのに、ついほらを吹く。 けれど、それは人を困らせたり怒らせたりするものではない。ちょっとした人の 揉め事を丸く収めてしまうほらなのだ。癖というより、茂平の持つ才能なのでは ないだろうか。人は、「ほら吹き茂平」と非難めいて呼ぶのではないのだ。むしろ親しみを 込めてそう呼んでいる。読み手にもそのことはしっかりと伝わってくる。思わず微笑んで しまうような話だった。この作品の中の6編は、ほのぼのとした話、ぞくっとする話、 皇女和宮の謎にまつわる話など、バラエティーに富んでいる。人生というものについても、 あらためて考えさせてくれた。なかなか味わいのある作品だと思う。


  老いの才覚  曽野綾子  ☆☆☆
人は誰でも老いていく。いかに年を取るべきか?自らの体験を交え、作者が 語る7つの才覚とは?

「老いる」と言っても、人それぞれ老い方がまったく違う。「ああいう年の 取り方はしたくない。」「こういうふうに年を重ねられたら・・・」いろいろな 人を見て、いろいろなことを考えたりする。
この作品は、老いてからの生き方のひとつの指針となる。7つの才覚全てに共感 できるわけではないが、「なるほど!」と思うことがたくさんあった。老人だからと いって人に甘えてはいけない。何かをしてもらうことばかり考えてはいけない。 自分の置かれた環境にグチばかり言ってはいけない。などなど。よく考えれば当たり 前のことだけれど、ハッとさせられることがたくさんあった。年を取ったら、周りの人に 感謝しながら自分の置かれている環境に満足し(上を見たらキリがない・・・)、 プラス思考で、そして生きがいを持って暮らしたい。うまくいくかどうかは分からないが、 努力はしてみるつもりだ。老若男女全ての人に、一度は読んでもらいたいと思う作品 だった。


  シアター!2  有川浩  ☆☆☆
兄の司から300万円を借り、自らが主宰する劇団「シアターフラッグ」の 再建を行なう春川巧。劇団は順調に収益を上げるかに見えたが、あるとき 亀裂が生じ始めた。劇団はひとつにまとまり、借金を返せるのか!?

借金を返済して劇団を存続させたいと願う団員たちだったが、今回もさまざまな 問題が立ちはだかる。団員たちの間に生じた亀裂、匿名の主からの誹謗中傷、 挙句の果てには巧にも問題が!ひとつひとつを乗り越えて、劇団は一歩ずつ 前に進んでいく。「自分たちの劇団だから自分たちで何とかしなくては!」 そういう自覚も団員たちの中に芽生えていく。毎日の生活は決して楽ではない。 もしかしたら、明日の食べるものさえないかもしれない。そういう状況でも 彼らは芝居に情熱を注ぎ続ける。そんな彼らの姿を見ながら、司は、つかず 離れず絶妙の間合いをとって「シアターフラッグ」を引っ張っていく。司が いたからこそ、「シアターフラッグ」は成長できたのだと思う。司の存在は 大きい。「あきらめるな!くじけるな!夢はいつかきっと叶う。」彼らにエールを 送りたい。テンポよく読める、楽しい作品だった。


  背表紙は歌う  大崎梢  ☆☆☆
出版社のフレッシュ営業マンの井辻は、営業仲間の久保田という中年女性と 趣味を通じ親しくなる。久保田には気がかりなことがあった。それは、新潟県内に ある「シマダ書店」が経営の危機にあるということだった。なぜ書店は経営危機に 陥ったのか?その書店と久保田との関係は?表題作「背表紙は歌う」を含む5編を 収録。

出版業界も書店も、厳しい状況に置かれている。そんな中、井辻は毎日奮闘している。 出版業界の内部事情や書店の裏側などを知ることができ、読んでいて楽しい。 「背表紙は歌う」では、地方書店のあり方について考えさせられた。地域に根ざした 本屋さんになるのにも、いろいろな苦労があり難しい・・・。最後に収録されている 「プロモーション・クイズ」では、なぞなぞの答えを真剣に考えてしまった。でも、この なぞなぞの答えは正直言って微妙な感じだ。感心するほどのものではなかった。また、 この話の中でなぞなぞを解いた人物に触れている箇所がある。おお!この店員さんは! 大崎梢ファンなら、即、分かるはず♪ふんわりとした温かさを感じる、楽しい作品 だった。


  水神  帚木蓬生  ☆☆☆☆
目の前を流れる筑後川。その豊かな水の恩恵を受けられない村があった。 畑には、一滴の水も流れては来ない。ついに5人の庄屋が、全財産と己の 命を懸けて立ち上がった!

川よりも高い場所にある村。そこでは、朝早くから暗くなるまで川から桶で 水をくみ上げる人間がいた。だが、どんなにがんばっても畑は潤わず、作物の 育ちも悪かった。村の人びとの生活は貧しいままだ。それでも、当時の人びとは その土地から離れることができないのだ。運命を受け入れ、耐えるしかなかった。 そんなあきらめの境地にいた人びとを救ったのは、5人の庄屋だった。彼らは、 全財産そして命までも懸けて、大工事を決行する。反対派の人たちを説得できる のか?藩を動かすことができるのか?庄屋たちの運命は?緊迫した状況を感じながら 読み進めた。工事には、さまざまな困難が襲いかかった。そのひとつひとつを乗り越え、 人びとは悲願を形に変えていく。「信念」が何ものにも勝った瞬間、大きな感動に 襲われた。読み応えがあり、心に強く残る作品だった。


  シャイロックの子供たち  池井戸潤  ☆☆☆
銀行から現金100万円が紛失した。ある女子行員に疑いがかかるが、 上司の西木は他に犯人がいると考え独自に調査を進めていた。その西木が 失踪!?紛失事件の裏には、驚くべき事実が隠されていた。10編を収録。

現金紛失事件をめぐり、さまざまな人間関係や銀行の裏事情が浮かび上がる。 「業績」「対面」「立場」などの言葉に縛られた人間の行動には悲壮感が漂って いるように思えた。職場は戦場で、そこで働く男も女も戦士なのだ。
この作品の中には10の話があり、同じ銀行に勤めるさまざまな人間が描かれて いる。一見バラバラの物語のようだが、実は微妙につながっている。短編集なのに、 読後は長編を読んだような感覚になる。構成がよく、ラストも意外性があり、そこ までの持って行き方も見事!楽しめる作品だと思う。


  あの頃の誰か  東野圭吾  ☆☆☆
津田弥生は恋人の北沢孝典と待ち合わせをしていた。別れ話を切り出す つもりだったが、孝典は約束の時間になっても現れない。怒った弥生は 彼のマンションに行くが、彼は何者かに殺されていた。孝典の死の裏には、 意外な事実が隠されていた・・・。「シャレードがいっぱい」を含む8編を収録。

「収録作はすべてわけあり物件」という言葉に興味を持ち、この作品を読んで みた。確かに、「わけあり」と言えないこともない。「シャレードがいっぱい」では 遺言状が重要な鍵になるが、納得のいく結末ではなかった。「レイコと玲子」 「眠りたい死にたくない」などは、ミステリーというより星新一さんのショート ショートのような感じだったが、完成度はいまいちという感じがした。「さよなら 『お父さん』」も、「秘密」の原型ということで読んでみたが、淡々とした物足りない 作品だった。
東野圭吾ファンが「こういう作品もあったんだ。」と思いながら読むにはいいかも しれないが、東野作品未読の方には他の作品から読むことを薦めたい・・・そう思わせる きわめて平凡な作品だった。


  オルゴォル  朱川湊人  ☆☆☆
最初は、トンダじいさんがくれるという旅費が目当てだった。ハヤトはもらった お金でゲーム機を買ってしまう。だが、ずっと平気でいることはできなかった。 ハヤトはトンダじいさんの願いを叶えるため、鹿児島行きを決断する。東京から 鹿児島までの旅は、小学5年生のハヤトにとっては大冒険だ。はたして、無事に たどりつけるのか?

大きな事故、戦争そして原爆・・・。さまざまな理由で、人は心の奥底に悩みや 悲しみを抱えている。ハヤトは、旅の途中で知り合ったいろいろな人と触れ合う うちに、そのことに気づいていく。オルゴールを届ける相手とトンダじいさんとの 関係は?そのオルゴールがどんな音楽を奏でるのか?そのことはとても気になったが、 それ以上にハヤトが成長していく描写に心を惹かれた。ハヤトは、他人の心の痛みを 感じることができるようになり、そして自分にとって大切な人は誰かということを しっかりと見極められるようになった。読んでいて胸に迫るものがある。
切なくホロリとくるようなところもあったが、読後ほのぼのとしたぬくもりを感じる 作品だった。


  つばさものがたり  雫井脩介  ☆☆☆
「残された時間で何ができる?」
君川小麦が願ったのは、自分のケーキ屋を持つことだった。 家族は心をひとつにし、小麦の願いをかなえるため動き始める。 小麦の甥の叶夢にしか見えない「天使」も、小麦を見守り続けるのだが・・・。

店を持ちたいと願う小麦に、母や兄夫婦が手を差しのべる。小麦の悲壮な 決意の裏側にある事情を知らない兄嫁の道恵は、厳しすぎる小麦の態度に最初は 反発を感じる・・・。誰にも事情を打ち明けず、ひとり悩み苦しむ小麦の姿が痛々し かった。天使が登場するという現実にはありえない設定だが、天使の存在がこの 作品をファンタジー的なものにして、あまり暗さを感じないのがよかった。 また、家族愛がほのぼのと感じられ、読んでいて心が温まる。「人生、大切なのは 長く生きることではない。どれだけ充実した時を過ごすかだ。」そのことをあらためて 強く感じた。


  愛おしい骨  キャロル・オコンネル  ☆☆☆☆
15歳だった弟ジョシュが森で行方不明になった!
森からひとりで戻ってきた兄オーレンは、当時17歳だった。彼は、20年ぶりに 帰郷する。それは、「何者かがジョシュの骨を毎晩ひとつずつ玄関先に置いてゆく。」と いう連絡を受けたからだった。ジョシュの死に隠された衝撃の真実とは?

骨になって帰ってきたジョシュ。たくさんいる登場人物の誰もが、何らかの形で彼の死に 関わっていることが明らかになっていく・・・。心に屈折した思いを抱えている彼らひとり ひとりの個性が、実によく描かれている。「いったいどういう形で彼らはジョシュの死に 関わっているのか?」それが早く知りたくて、ページをめくる手が止まらなかった。そして、 秘密が明らかになるにつれ、驚きが波のように襲ってきた。バラバラだったピースが正確に はめ込まれ、やがて「真実」という壮大な作品ができあがる。その緻密な構成力は読み手を うならせる。ラストへの持って行き方も見事!人間の持つ弱さ、醜さなどをまざまざと見せ つけられ、ほろ苦さや切なさも味わった。登場人物が多く読むのにちょっと苦労したが、 読み応え充分の満足感が味わえる作品だった。


  ゆび  柴田よしき  ☆☆
自殺を思いとどまろうとしても、「ゆび」が自殺を促す。「デパートの非常ベルを 押したらどうなるか?」そう思いながらためらう主婦の代わりに、「ゆび」がベルを 押してしまう。やがて、悪意を持った「ゆび」が大量に現れ、人々を恐怖のどん底に 突き落とした!人類に未来はあるのか?

最初はほんのささいな出来事が続いた。やがてそれが「ゆび」のしわざだと分かる頃には、 深刻な事態になっていく。少しずつ学習し、人を効果的に死に追いやる「ゆび」。だんだんと 人びとがパニックに陥っていく・・・。この発想はとても面白いと思った。けれど、描き方や 物語の展開の仕方がいまいちだった。悪趣味としか思えないような描写もあり、読んでいて 気分が悪くなった。内容が安易でお粗末過ぎる。もっと読者に訴えかける何かがあっても よかったのではないか?恐怖感も中途半端で、作者の意図も不明。ラストも漫画的で無理やり こじつけた感じがする。不快感だけが残る作品だった。


  白銀ジャック  東野圭吾  ☆☆☆
「ゲレンデのいったいどこに爆弾が!?」ゲレンデの爆破予告、そして 身代金要求。犯人の狙いはお金なのか?それとも・・・?白銀のスキー場を 舞台に、緊迫した状況が続く。そして、ついに姿を現した犯人!追う者、 追われる者、はたして結末は?

ゲレンデのどこに爆弾が仕掛けられたか分からない・・・。警察には絶対に 知らせるなという犯人の要求を呑み、身代金を渡し、極秘にことを済ませようと するスキー場関係者。何も知らずにゲレンデを滑る利用客は大丈夫か? 読んでいて多少の緊迫感は伝わってくるのだが、内容が薄っぺらい。2時間 ものの安っぽいサスペンスドラマという感じがする。じっくりストーリーを 練って書いたとはどうしても思えない。”ゲレンデジャック”と 1年前の事件をからませて描いているが、それもわざとらしく見えてしょうがない。 ラストも安易にまとめている感じで、読後は物足りなさが残った。ちょっと期待 はずれだった。


  下町ロケット  池井戸潤  ☆☆☆☆☆
大手企業から取引終了を告げられ、資金繰りに苦労している佃製作所に魔の手が伸びる。 ナカシマ工業から、特許侵害で訴えられたのだ。会社存続の危機!次々に起こる困難に、 佃航平はどう立ち向かっていくのか?

吹けば飛ぶような町工場。父親の跡を継ぎ社長に就任した航平に、次々に試練が襲い かかる。大手企業からの取引終了宣言、銀行の貸し渋り、特許侵害訴訟・・・。 八方塞がりの中、航平はおのれの信念を曲げることなく貫いていく。どんな状況の中でも、 どんな困難に陥っても、夢をあきらめることなく追い続ければ、いつか夢は叶う。この 作品からは、そういう作者の思いがひしひしと伝わってくる。「こんなにうまくことが 運んでいいのか?」そういう疑問もあったが、あきらめないことの大切さを教えられ、 努力の先に待っている素晴らしい感動を存分に味わうことができたので、満足だ。読後も さわやかで、心に余韻が残る面白い作品だった。


  シアター!  有川浩  ☆☆☆☆
弟・巧が主宰する劇団「シアターフラッグ」は、お金がなく経営危機に 陥っていた。兄の司は、泣きついてきた巧に条件付きでお金を貸す。 それは、「貸した300万を2年間で返せないのなら、劇団を解散する こと。」という厳しいものだった。はたして、「シアターフラッグ」は 立ち直れるのか?

夢や理想を追い続ける巧。超現実主義の司。そんなふたりの狭間で、いったい 劇団はどうなってしまうのか?お金を貸した司は、劇団を解散した方が巧のために なると考えている。だが、いつしか「シアターフラッグ」の一員になってしまっている 自分に気づく・・・。小劇団の内面を分かりやすくていねいに描写していて、 面白かった。普段自分が知らない世界を垣間見るのは、楽しい。小さい劇団には 小さい劇団の良さがある。しかし、厳しい面も多々ある。理想と運営のバランスを 保つのは、かなり大変なことだと思う。けれど、夢を追い続ける巧たち劇団員の 表情は明るい。心の底から打ち込める何かを持っている人を、うらやましいとも 思う。さて、「シアターフラッグ」の行く末は・・・?司・巧、最強のコンビが いれば、大丈夫!・・・かな?
さわやかな印象の作品だった。


  雷の季節の終わりに  恒川光太郎  ☆☆☆
雷の季節に失踪した姉。姉の失踪と同時に「風わいわい」に取り憑かれた 賢也は、その事実を隠し、不思議な空間「穏(おん)」で生きていこうと する。だが、その暮らしは長くは続かなかった。あるできごとがきっかけで、 賢也は穏から逃亡した。彼を待ち受けていた運命は?

失踪した姉は生きているのか?死んでしまったのか?なぜ姉が失踪しなければ ならなかったのか?なぜ姉の失踪と同時に賢也に「風わいわい」が取り憑いたのか? 逃亡する賢也の物語とそれらの謎を解き明かす物語が交錯する。一見何の関係も ないように思えるふたつの出来事が結びついたとき、姉と賢也の悲惨ともいえる過去が 浮かび上がってくる・・・。
ホラー的な部分もあるが、ひとりの少年の成長物語的なところもあり、読み応えがあった。 不思議な雰囲気を漂わせる、独特の世界観を持った作品だと思う。


  光と影の誘惑  貫井徳郎  ☆☆☆
西村が競馬場で出会った男、小林が話したのは、現金輸送車襲撃計画だった。 計画はうまくいき、ふたりの男は1億円を手にする。だが、思わぬ悲劇が ふたりを待っていた・・・。表題作「光と影の誘惑」を含む4編を収録。

「光と影の誘惑」は、よく練られた作品だと思う。小林に誘われ、現金輸送車 襲撃の片棒を担いだ西村。だが、完璧とも思えた計画に狂いが生じる。「仲間割れ」と いうありふれた題材だと思っていたら、とんでもない驚くべき結末が待っていた。 話の展開、そして構成がよかったと思う。もうひとつ印象に残った作品は、「長く 孤独な誘拐」だ。子供を誘拐された父親に犯人が突きつけた要求は、身代金では なく、ある家の子供を誘拐するということだった。決して表に出ようとしない 犯人。犯人の意のままに動かされる父親。緊迫した状況の描写に惹きつけられた。 趣を異にした4編には、それぞれ違う面白さがある。楽しめる1冊だと思う。