*2002年*

★★五つ星の時のみ ☆の部分 をクリックすると 「ゆこりんのおすすめ」 へジャンプします★★

★ 五つ星・・おすすめ♪  四つ星・・面白い  三つ星・・まあまあ  二つ星・・いまいち  一つ星・・論外 ★

  青空のむこう  アレックス・シアラー  ☆☆☆☆
交通事故で突然死んでしまった少年ハリー。彼は「死者の 国」で、150年もの間母を探しているアーサーに出会う。 アーサーは、やり残したことがあるというハリーを連れ、 「生者の国」へと向かった・・・。
果たしてハリーはやり残したことを解決できるのか? 思いを遂げたあと向かう「彼方の青い世界」とは?
この本を読んだら、自殺する人が減るのではないか・・・。 そんなふうに思った。人間はどんなにつらいことがあっても 生きていかなければならない。そうでなければ、生きたく ても生きられずに死んでいった人たちに申し訳ない。
この本は、命というもの、生きるということ、それが どんなに大切なものなのかを、あらためて教えてくれた。


  青の炎  貴志祐介  ☆☆☆
「許せない!」秀一はかつての母の夫、自分の義父だった 男を殺す計画を立てる。母のため、妹のため。だが、 その憎むべき男は愛する妹の実父でもあった・・・。
少年犯罪を描いた作品だが、なんとも切ない。母や妹を 守るために、17歳の少年が出した結論はあまりにも 切なすぎる。
憎しみの炎は赤からやがて青に変わる。一見冷たく 見えるが、赤い炎よりはずっと高温で、激しく燃焼する 青い炎に。だが、その炎は一歩間違えば自分自身をも 焼き尽くす炎となるのだ。
危ういバランスの中でやがて迎える結末。彼はこういう 結末を覚悟していたのだろうか?その結末を迎えようと したとき、彼は何を見て、何を考えていたのだろうか? 同じ年頃の息子を持つ母として、傷ついた彼の姿は 見るに耐えない。「抱きしめてやりたい。」そう思った。


  あかんべえ  宮部みゆき  ☆☆☆☆
大病を患い生死の境をさまよったりんは、ようやく元気に なる。しかし元気になったりんが見たのは、両親が始めた ばかりの料理屋「ふね屋」に住み着いている幽霊たち だった。
りんを取り巻く様々な生きている人間、死んでいる人間。 その中でりんは少しずつ心の成長を遂げる。りんが いろいろな人たちのいろいろな思いを受け止め、理解 することが出来た時、幽霊たちは自分が本当にいるべき ところへと旅立っていく・・・。
りんと、幽霊を含む周りの人たちとの心の交流が、実に 見事に描かれている。人々の様々な思いのからみ合い、 その歯車が狂った時、人は亡者となるのかもしれない。 人の心の内面をじっと見つめながら描いた、そんな感じが する作品だった。読み終わった後、心がほんわか温かく なった。


  アルジャーノンに花束を  ダニエル・キイス  ☆☆☆
知的障害を持つチャーリイは、現代科学によって知能を 高められたネズミのアルジャーノンを見て、自分も同じ ように頭がよくなりたいと思い、手術を決意するが・・・。
チャーリイは高い知能を得たかわりに、いろいろな大切な ものを失っていく。それは友情、信頼、尊敬という、生きて いく上で必要なものだ。
人間は、本来持って生まれたものを変えてはいけない のではないだろうか?自然の大きな流れに逆らって 泳ごうとしても、力尽きて流されるだけだ。人が生まれて くる時、必ずそこには人それぞれの意味があるという。 チャーリイが生まれ、そして生きているのは、やはり なんらかの意味があることだと思う。
チャーリイはアルジャーノンを見て自分の未来を悟る。 だがそれは、決して不幸なことではない。チャーリイが 本来の笑顔を取り戻すことなのだから。


  一度だけの甲子園〜北海道高校野球物語  南俊一・円子幸男  ☆☆☆
平成13年現在、北海道高校野球チ−ム中、春・夏を 通して一度だけ甲子園に出場したのは24校ある。 その中の10校を選んで取材したもの。
それぞれの学校がどのようにして甲子園出場を獲得して いったのかが克明に描かれていて、とても興味深い。


  イントゥルーダー  高嶋哲夫  ☆☆☆☆☆
「あなたの息子が重体です。」25年前に別れた女性から の電話。突然息子がいたことを知らされた羽嶋は病院に 駆けつける。お互いに見つめあうことも、言葉を交わす こともなく、息子はこの世を去る。ひき逃げ、覚せい剤、 息子はなぜ事件に巻き込まれたのか?息子を知ろうと する羽嶋は、息子の死に隠されたハイテク犯罪の渦に 巻き込まれていく。
お互い生きて会うことのなかった父子だが、羽嶋の息子 を思う気持ちの変化が印象的だった。息子のことを知り たいと思う父親としての心が、次第に息子が巻き込ま れた事件の真相を暴いていく。息子が一度も会ったことの ない父親を慕う気持ちも印象に残った。ハイテク犯罪と 親子の絆を絡ませ、最後まで飽きさせずに読める面白い 作品。サントリーミステリー大賞受賞。


  宇宙のみなしご  森絵都  ☆☆☆
親にかまってもらえない中学生の姉弟が、とんでもない 遊びを思いつく。それは真夜中に他人の家の屋根に、 気づかれないようにのぼること。やがて仲間が増え、 彼らは4人でのぼることに・・・。
姉弟とそれをとりまく人々を、さわやかに描いた作品。 「人は宇宙のみなしごで、ばらばらに生まれてばらばらに 死んでいく。」という表現が印象的だった。


  海辺のカフカ  村上春樹  ☆☆☆☆☆
東京中野区に住んでいた僕こと「田村カフカ」は、15歳の 誕生日に家を出る。「自分として生きること」を求める ために。一方、同じく中野区に住んでいた猫と会話できる 老人「ナカタさん」は「求めるべきもの」を求めて同じ方向に 向かう。現実とも夢ともつかぬ中、全てのことを超越した 物語が始まる・・・。
とにかく不思議な話だった。この本は現実に足をつけて 読むと理解できないのではないかと思う。そこにあるのは 人間の本質、魂の物語だ。心をからっぽにして何も考えず に読むべき作品だ。さまざまなことを経験して成長していく 少年の姿にも感動をおぼえた。


  おぅねぇすてぃ  宇江佐真理  ☆☆☆
明治初期、ある女性を一途に思う男がいた。千吉、彼は アメリカ人の妻になったお順を思い続けていくことを 決心する。そこには小鶴という遊女の「おぅねぇすてぃ (honesty・・正直、真心)」があった・・・。
国際結婚も、人妻となった女性への思慕も、認められない 時代があった。そんな時代の中、自分の気持ちに正直に、 そして真心こめて人に接することを決心した千吉は勇気が あると思う。そこには小鶴という遊女の悲しい思いが あったのだが、今の時代では考えられないことだ。遊女の 小鶴とは、どんなに愛し合っていても、身請けのお金が できなければ、一緒になれないのだ。
愛するもの同志が結ばれるのには、あまりにも困難な 時代・・・。だからこそ千吉とお順の生き方は、輝いて 見えるのかもしれない。


  幼な子われらに生まれ  重松清  ☆☆☆☆
夫婦とは?親子とは?そして家族とは? 傷つき悩みながらも絆を深めていく家族の物語。
「絆」とは何だろう?このとても深くて重い言葉。 愛情、信頼、思いやり・・・この中から人と人との強い絆が 生まれ、家族としてのつながりが出来る。 親子に大切なのは「血の絆」だけではないということも、 改めて思い知らされた。
この本に描かれている家族は、ボロボロになりながら 自分たちの絆を見つけ出した。そして、新しい命の誕生。 家族の新たな旅立ちを、静かに祝福したい。


  海峡  伊集院静  ☆☆☆☆
いろいろな事業を展開する父、それを陰で支える母、 家に出入りする、父のところで働く者たち。さまざまな 人間のいる家で、英雄は長男として生まれた。人との 出会いと別れの繰り返しの中で、英雄はしだいに 成長していく。3部からなる自伝的小説の第1作目。
幼年時代の英雄の心の動きや、それを取り巻く人達の 心情などがとてもよく描かれている。英雄は日常生活の 中の出会いや別れを通して、人間の喜びや悲しみを つかみとっていく。そして、だんだんと精神的に成長して いく。その過程がとても面白い。これから英雄がどういう 人生を歩んでいくのか、目が離せない。


  怪笑小説  東野圭吾  ☆☆☆
夜8時の電車の中、様々な人たちが乗っている。一見 いつもと同じ穏やかそうな光景だが、実は乗客達の心の 中には、いろいろな思いが渦巻いていた・・・。
「鬱積電車」を初めとして、おもしろおかしい傑作短編 9編を収録。


  神様のボート  江國香織  ☆☆☆
「必ず戻る。どこにいても君をさがしてみせる。」と言って 消えた愛する人を待ち、葉子は娘草子をつれて引越しを 繰り返す。しかし草子は成長するにつれ、そんな葉子の 生き方を批判するようになる。
愛する人を待ちながら引越しを繰り返す葉子は、単なる 身勝手な女性にしか見えない。娘に何度も転校を繰り 返させることにも何も感じていないようで、母親としての 自覚が足りないのではないかと思う。
反面、これほどまでに人を愛せたら素敵だなとも思わず にはいられない。「女」としての生き方を考えさせられた 作品。


  カラフル  森絵都  ☆☆☆☆
大きなあやまちを犯して死んだ「ぼく」は抽選に当たり、 再挑戦の権利を与えられる。条件をクリアすれば生まれ かわることができると言う。仮の体は自殺した少年。 ちょっとおかしな天使が見守る中、果たして「ぼく」は 見事に条件をクリアできるのだろうか?
ユーモラスな中にもほろりとさせられる、子供から大人 まで楽しめる、心温まる作品。


  球形の季節  恩田陸  ☆☆☆
四つの高校が並ぶある町で、奇妙な噂が広がった。その 出所を調べるさなか、噂通りに一人の女子高校生が姿を 消した。やがて、金平糖のまじないが流行し、また新たな 噂が広がる。そして再びその噂通りに、ある高校生に 災難が降りかかる。噂におびえる彼らに、さらに最後の 噂が発信された・・・。
「六番目の小夜子」同様、読む者の心の中にすっと 入って来るような恐怖を覚える。しかし、読んでいて どこかしっくり来ないと感じるのは私だけだろうか? 結局どうなの?読んだあと、そんな言葉をつい言いたく なってしまった。現実とそうでないものの間をつなぐ 少年の心のひだも、よく見えてこないように感じた。


  救命センターからの手紙  浜辺祐一  ☆☆☆
命の危険にさらされた人を救いたい!
救命救急センターでは、闘いにも似た治療が続く。しかし 努力もむなしく、収容された患者の死亡率は、3割を 超える。この厳しい現実の中で働くスタッフや、患者が 織り成す人間ドラマ。現場で働く者にしか描けないものが そこにはある。
命を救おうとして、こんなにもがんばっている人たちが いる。命を決して粗末にしてはいけないと思った。


  恐怖の誕生パーティー  ウィリアム・カッツ  ☆☆☆☆
愛する夫の誕生日を記念すべき日にしようと、妻は夫の 昔の友人達を招くことを思いつく。 しかし夫の過去を調べ始めると、そこには夫の言って いた事実などは、ひとつもなかった・・・。
知っていると思っていた夫が、実は自分には何ひとつ わかっていなかったと知る妻の驚き。さらに、夫が自分の 命を狙っているのではないかと思う恐怖。 夫の誕生日に何が起こるのか? そして本当の恐怖は、恐怖が去った後にやってきた・・・。 真の恐怖とは何か?読者は最後の最後で知ることに なる。


  グッドラックららばい  平安寿子  ☆☆☆
家出したまま帰らない母、都合の悪いことを見て見ぬふり する父、くだらないと思いながらも男に貢ぐ姉積子、立身 出世ばかり夢見る妹立子。ばらばらだけれども、しっかり 家族としての絆を持つ、片岡家の不思議な物語。
「典型的な現代の家庭を描ききっている。」そう言っても 過言ではない。それぞれがそれぞれに好きなことをやって 生きている。そのしたたかさ、図太さには感心するばかり。 作者は「私の全てがつまった渾身の書き下ろし」と言って いるが、私としてはもう少し、作者の思惑がこの作品の 中に描かれていてほしかったと思う。そういうものが 見えてくれば、この作品は単なる娯楽作品ではなくなると 思うのだが。


  暗いところで待ち合わせ  乙一  ☆☆☆☆☆
視力を失い一人静かに暮らすミチルの家へ、殺人事件の 犯人として追われるアキヒロが逃げ込んできた。 アキヒロは気配を隠し、居間の隅にうずくまる。しかし、 ミチルはそのことに気づいてしまう。危険を避けるため、 気づかないふりをして生活しようとするミチルだが・・・。
他人との関わりを避けるように生きてきた二人が、 しだいに心を通わせていく様子が印象的。新たな人生を 歩み始めようとする二人の姿には、ほろりとさせられた。 心温まる作品。


  ゲームの名は誘拐  東野圭吾  ☆☆☆
自分が一生懸命考えた企画をつぶし、かつ担当から はずした取引先の副社長。その憎むべき彼の娘と ひょんなことから知り合いになり、2人は「誘拐」という ゲームを思いつく・・・。
誘拐を犯人側から描くという、面白い描き方。しかし、 「百夜行」「秘密」などと比べると内容に深みがなく、 淡々と描かれているという印象だった。 身代金獲得の作戦は見事だったが、ラストが今ひとつ 盛り上がりに欠けたような感じで、残念だった。


  凍える牙  乃南アサ  ☆☆☆☆
深夜のレストラン、突然男が燃え上がった。事件の真相を 調べるさ中、今度は人が犬にかみ殺されるという事件が 起きる。燃え上がった男の足にも犬にかみつかれた跡が 残っていたが、それは同じ犬がやったものだとわかる。 燃え上がった男、かみ殺された男女、その間をつなぐ ものは?誰が何のために?
犬と人間は友だちだというが、その友だちである犬を 犯行の道具に使い、恨みに思う人間を襲わせる・・・。 犬は飼い主の命令を忠実に聞く。その行為を犯罪に 使うのはとても残酷な気がする。犬は何も分からない。 しかし、理由はどうであれ、人を襲った犬はいずれ処分 されなければならない。そこにやりきれなさが残る。 恨み、復讐・・・。それに利用された犬がたどる運命が 切なく心に残った。


  こちら救命センター  浜辺祐一  ☆☆☆
死ぬか生きるか?緊迫の救急救命センター。そこで働く 医師が、その内情を心温まるドキュメンタリーとして 描いた作品。
患者、看護婦、医師などが織り成す人間ドラマ・・。 創作ではない、現実に起こった話だけに身につまされる。 「命」というものの大切さを改めて考えさせられた。


  孤独の歌声  天童荒太  ☆☆☆☆
女性が拉致監禁され、最後には刃物で刺されて殺される という事件が相次いでいた。刑事朝山風希は、担当では ないこの事件の資料をひそかに集めていた。そんな折、 いつも行っているコンビニで、強盗事件が発生する。 彼女はそこに居合わせた不審な男に目をとめる。 やがて、彼女の隣に住んでた女性が突然失踪するが・・。
とにかく面白い。息をもつかせぬ展開で、一気に読んで しまった。
人は心にそれぞれの孤独を抱えながら生きている。だが、 一人で生きようとする人間ほど、心の中では人との関係や ぬくもりを求めているのではないだろうか。 悲惨な事件を扱った作品ではあったが、「孤独」という 言葉が、心に強く響く作品でもあった。


  コンビニ・ララバイ  池永陽  ☆☆☆
1人息子を失った幹郎は、妻・有紀美と二人でコンビニを 始める。店の名前は、二人の名前をあわせた「ミユキ マート」。だがその妻も、開店してから2ヵ月後に交通事故で この世を去る。心に傷を抱えた幹郎、そしてそのコンビニで 働く人々、店を訪れる人たち・・・。さまざまな人たちの心の 断片を、時には切なく、時にはおもしろおかしく描いた 作品。
人は見ただけでは、心の中にどんな悩みを抱えているのか 分からない。つらいこと、苦しいこと、悲しいこと・・・。 さまざまな思いを胸に秘め、店を訪れる。人生のつらさを わかっているからこそ、幹郎や従業員の治子は、困って いる人に何のためらいもなく手を差し出せるのかも しれない。 私の近所にもこんな素敵な、人情味あふれるコンビニが あったらいいなと、つくづく思った。


  さつき断景  重松清  ☆☆☆
タカユキ15〜20歳、ヤマグチさん35〜40歳、アサダ氏 57〜62歳。1995年1月の阪神・淡路大震災、3月の 地下鉄サリン事件、そして5月1日。
96,97,98,99,2000と年月は過ぎてゆく。 3人は何を体験し、何を思い、いかに生きたのか? 5年後の5月1日までの彼らの姿を追う、異色の作品。


  屍鬼(一)  小野不由美  ☆☆☆☆☆
人口わずか千三百。今だ古い因習が生きている外場 村に、悲劇は突然訪れた。三体の腐乱死体が発見され、 そのあと村人の不審死が続く。そして、引っ越してきた 謎の家族・・・。村に何かが起ころうとしている。


  屍鬼(二)  小野不由美  ☆☆☆☆☆
次々に不審な死を遂げる村人。突然職場をやめ姿を 消していく村人。何かがおかしいと村人達が気づき 始める。恐怖がしだいに村人たちの中にじわじわと 広がっていく。


  屍鬼(三)  小野不由美  ☆☆☆☆☆
とどまるところを知らない死者の数。そして・・・。
「死んだはずの人間を見た!」
起こるはずのない出来事。それを確かめようとした者へ、 魔の手が伸びる。墓場に隠された真実とは? 読み始めたら止まらない衝撃の三巻目。


  屍鬼(四)  小野不由美  ☆☆☆☆☆
屍鬼の存在に気づき始めた者が、闇から闇へと葬られて いく。そして、死んだはずの者たちが村にもどってくる。 正体がしだいに明らかになり、屍鬼を壊滅する糸口が 見え始めたとき、村人たちの結束がゆらぎ始める。 はたして村を守ることが出来るのだろうか?


  屍鬼(五)  小野不由美  ☆☆☆☆☆
村人たちが屍鬼を屠るために、手に凶器を持って立ち 上がった。鬼どもを追い立てる村人たちの殺意が増長 していく。屍鬼、村人、果たしてどちらが鬼なのか? 壮絶なる闘いの結末は?


  自決 こころの法廷  澤地久枝  ☆☆
終戦まもなく、小学校2年生と4年生の子供たちに手を かけ、父親も母親も自ら死んだ家があった。 親泊朝省陸軍大佐。
彼を軸に、太平洋戦争の悲惨な現実を描き、なぜ一家が 自決しなければならなかったのか、その背景を探る 渾身の1冊。 読んでいて戦争の悲惨さが身にしみる。狂気の時代、 一般庶民もその中にいやおうなしに飲み込まれていく さまが、恐ろしい。2度とこんな悲劇は起こしては ならないと感じさせる本だった。


  沈まぬ太陽(一)アフリカ篇・上  山崎豊子  ☆☆☆☆
恩地元。彼は将来を嘱望されたエリートだった。しかし、 組合の委員長を務めたことから、運命は大きく変わる。 中近東からアフリカへと、彼は10年にもわたり不当 配転される。内規を無視した「流刑」とも思われるこの 会社側の仕打ちに、彼はじっと耐えていた。


  沈まぬ太陽(二)アフリカ篇・下  山崎豊子  ☆☆☆☆
パキスタン駐在を終えた恩地はさらにイラン、ケニアへと 赴任させられる。 ともに闘った同期の友の裏切り、家族との別離。焦燥感と 孤独が彼を追いつめていく。


  沈まぬ太陽(三)御巣鷹山篇  山崎豊子  ☆☆☆☆
10年に及んだ海外左遷を終え、本社勤務に復帰した 恩地だったが、周囲の彼を見る目は冷たかった。
そんなある日、ついにその日は訪れる。航空史上最大の ジャンボ機墜落事故。犠牲者は521名に及んだ。 遺族係りとして現地に臨んだ恩地は、凄惨な状況を見て 愕然とする。


  沈まぬ太陽(四)会長室篇・上  山崎豊子  ☆☆☆☆
「空の安全」を無視し、利潤追求のみを第一とした経営。 御巣鷹山の事故は起こるべくして起こった事故だった。 政府は組織の建て直しを図るべく、新会長に国見正之の 就任を要請する。
国見は会長室長として、周囲の反対を押し切り、恩地を 任命する。 会社の腐敗は果たして正されるのか?


  沈まぬ太陽(五)会長室篇・下  山崎豊子  ☆☆☆☆
会長室の調査により次々と不正が明るみに出る。会長の 国見と恩地はひるまず闘いを続けるが、政・官・財は あまりにも癒着しすぎていた。 やがて不正疑惑は閣議決定で闇に葬られ、国見は突然 更迭される。
勇気と良心を持って困難に立ち向かおうとしていた 人たちの運命は?感動の最終章。


  シックスセンス〜生存者  ディヴィッド・ベンジャミン  ☆☆☆☆
”死者を見る能力”を持つ少年コ−ル。彼は美術の 課外授業の時、親友ジェイソンと共に偶然飛行機の 墜落事故を目撃してしまう。
テロリスト、スチュワ−デス、お互いがお互いを探し 求める男女、そして唯一の生存者の少女の姉・・・。 彼の前には次々と死者が現れる。 飛行機墜落の原因は何か?コ−ルはその能力によって、 謎を明らかにすることができるのか?


  シックスセンス〜逃亡者  ディヴィッド・ベンジャミン  ☆☆☆☆
”死者を見る能力”を持つ少年コ−ル。ある日、彼の親友 ジェイソンの兄テッドが謎の失踪を遂げた。さらに飛行機 事故で亡くなった人間が現れ始める。テッドの失踪と 関係があるのか?コ−ルは謎を解くべく、行動を開始 する。


  シックスセンス〜密告者  ディヴィッド・ベンジャミン  ☆☆☆☆
”死者を見る能力”を持つ少年コ−ル。彼の通う学校は もとは、独立戦争時代から100年にわたって監獄や 絞首刑台を備える裁判所だった。 首つり縄をぶら下げる死者、喘息の持病がある少女、 彼を執拗にいじめる少年・・・・。バラバラだと思われた できごとだったが、しかしそれは思わぬ所でつながって いた。コ−ルは果たして複雑に絡み合った糸を解き ほぐすことができるのか?


  宿命  東野圭吾  ☆☆☆
和倉勇作、彼は小学校に入学した時から、勉強でも スポーツでも誰にも負けない自信があった。だが、瓜生 晃彦と同じクラスになったことで、彼はその自信を打ち 砕かれる。高校卒業後、二人はそれぞれ別の道を歩み 始める。しかし10年後、勇作は刑事、晃彦は容疑者と いう、思いもかけない形で再会する。しかも晃彦の妻は、 勇作の高校時代の恋人だった。
見えない糸が過去と未来、そしてそれぞれの人たちを 結びつけている。その糸をたぐりよせた時に見える 真実は、驚くべきものだった。
勇作と晃彦、互いの存在は、この作品を書く前から 決まっていたという、ラストの1行に凝縮されている。 綿密な計算のもとに作られた読み応えのある作品だった。


  春雷  伊集院静  ☆☆☆☆
さまざまな友との友情、淡い思い、差別的な教師への 反抗、弟への兄弟愛、父への反抗心の芽生え。少年から 大人への微妙な心の動きを瑞々しく描く、海峡に続く 自伝的作品の第2部。
主人公英雄の心の動きがていねいに描かれていて、 好感が持てる。ちょっと背伸びしてみたい多感な時期の 経験は何ものにも替え難い。少年はこうして大人になって いくのだとあらためて思った。


  賞の柩  帚木蓬生  ☆☆☆
「ノーベル、医学・物理学賞」受賞!脚光を浴びる博士に 隠された秘密とは?他人の成果を自分の手柄にとり 込み、遠く離れていながらライバル達を自然死させる という恐るべき真実!
志半ばで倒れた恩師の死に疑問を抱いた青年医師 津田は、真実を探るべく行動を開始する。 作者が医者というだけあって、医学会の内幕を描いた 部分は、妙に真実味がある。ただラストは、私としては 少々不満が残るものだった。闇から闇へと真実が葬り 去られた、という思いがある。


  彗星物語(上)  宮本輝  ☆☆☆
ビーグル犬フックを一員とする城田家の大家族。ある日 ハンガリーから来た留学生ボラージュを迎え入れる。 ボラージュが訪れた日から始まる城田家の笑いあり、 涙ありのさまざまな出来事を描く作品。


  彗星物語(下)  宮本輝  ☆☆☆
笑い、いさかい、葛藤など、様々な出来事を経験して、 城田家の人々はいっそう家族の絆を深める。 やがて留学を終え、ボラージュが帰国する日がやって 来た・・・。そして、城田家の人々もそれぞれの道を歩み 始めようとする。そんな中、城田家の人たちを見守って いたビーグル犬フックは静かに息を引き取った。 心が温かくなる作品。


  スピカ  高嶋哲夫  ☆☆☆
巨大原子力発電所がテロリストによって占拠された。 汚染ガス放出の予告に周囲の住民が避難する。 彼らの目的は何か?暗号「スピカ」に隠された陰謀とは?
発想は面白いが小戦争的な場面があり、描写は読んで いて、ちょっと顔をしかめてしまった。 占拠の目的も、私にはよく理解できない面があった。 しかし、刻一刻と状況が変わっていき、読者を最後まで 飽きさせないで物語が展開していく。原子力発電所の 仕組みも少しは理解できた。


  世界がもし100人の村だったら  池田香代子再話  ☆☆☆☆
63億人が住むこの世界が、100人の住む一つの村 だったら?やさしい数字に置き換えることで、世界の真の 姿が見えてくる。読む人に必ず感動を与える作品。


  センセイの鞄  川上弘美  ☆☆☆☆☆
「大町ツキコさんですね。」
一杯飲み屋で声をかけてきたのは、高校時代の先生 だった。その日以来、ツキコとセンセイのおだやかな 日々が始まる・・。
さりげない日常の中ではぐくまれる ツキコとセンセイの愛は、読む者の心を温かく包み込む。 静かな時の流れの中にゆらゆらと身をまかせながら、 二人は心をかよわせる。二人の時間は決して長くは なかったが、輝いていたと思う。先生が逝ってしまい、 からっぽのセンセイの鞄をのぞきこむツキコの姿に、 思わず涙がこぼれた。究極の恋愛小説。


  そこに君がいた  辻仁成  ☆☆☆☆
彼のまわりにはいつも友達がいた。彼と彼の友達が 織りなす甘い思い出、ほろ苦い思い出、切ない思い出。 ひとつひとつの思い出がやさしく心によみがえる。青春の 日々を鮮やかに描いたエッセイ。
友達との思い出は、どんな思い出でも大切なものだと つくづく思う。それは年月が経てば経つほど光を増す。 今の私があるのも、友とのいろいろな経験があれば こそだ。この本を読んで友との懐かしい日々を思い出して みるのもいいかもしれない。青春まっただ中の自分に 出会えそうな気がする。


  そこに僕はいた  辻仁成  ☆☆☆☆
懐かしい思い出がいっぱいの少年時代・・・。友達と 過ごした日々を、ある時はユーモラスに、またある時は センチメンタルに描いた作者の自伝的エッセイ。
学校での思い出、さまざまな友人達とのふれあいの エピソード。誰の心の中にも同じような懐かしい日々は あるのではないだろうか。読んでいると甘酸っぱい感情が こみ上げてくる。サラリとした文章の中に、深い味わいが あるエッセイ。読んでいて心がなごむ。


  ダーク・ハーフ(上)  スティーブン・キング  ☆☆☆☆
売れない作家サド・ボーモントには、もう一つの顔が あった。ベストセラー作家のジョージ・スターク。 だが、2人が同一人物だと知られたのをきっかけに、 サドはペンネームを葬り去ることを決意する。しかし それは、恐ろしい出来事が起こる幕開けだった・・。
ありえない話だが、じわじわと恐怖の輪が縮まっていく ような気がした。サドの心理状態がとてもよく描かれて いて、読むものをはらはらさせる。


  ダーク・ハーフ(下)  スティーブン・キング  ☆☆☆☆
消されたくないペンネーム「ジョージ・スターク」は次々に 殺人を犯す。サドと同じ指紋、声紋を持ちながら。そして その魔の手はついに、サドの家族にまで伸びていく。 サドと影の半身の最後の闘いが始まろうとしていた・・。
結末が知りたくて最後まで一気に読み通してしまった。 誰の心の中にも潜む「邪悪なる半身(ダーク・ハーフ)」を 描ききる!さすがはS・キングの作品。傑作。


  タイムスリップ森鴎外  鯨統一郎  ☆☆☆
大正11年、何者かに命を狙われた森鴎外は、ふとした ことから80年後にタイムスリップする。 元の世界に帰る方法を探しているうちに、彼は奇妙な 現象を発見する。芥川龍之介、太宰治など昭和初期の 作家が、かなりの数若死にをしている。なぜか? 原因を突き止めようとする鴎外の前に、彼の命を狙う 謎の男達が現れる。
鴎外が現代風な「おじさん」に変わっていく様が面白い。 携帯やワープロをたくみに使いこなし、ラップを楽しむ 鴎外の姿を想像しただけでも愉快だ。 もし、本物の鴎外が今の日本をながめたら、彼は何と 言うだろうか?聞いてみたい。


  だれでもない庭  ミヒャエル・エンデ  ☆☆☆☆
ミヒャエル・エンデが亡くなった後、長年の担当編集者で あり友人でもあったロマン・ホッケが、エンデのたくさんの 遺稿の中から四十数編を厳選して収録。
表題作の「だれでもない庭」など、興味深い作品が多い。 未完のものが多いが、エンデがどのような創作活動を していたのかを知るうえで貴重なものばかりだ。 エンデファン必見の本。


  小さき者へ  重松清  ☆☆☆
14歳の息子が読んでくれることを期待しているわけでは ないが・・・。パソコンに向かって渡す当てのない手紙を 書き続ける父の姿を描いた表題作「小さき者へ」を含め、 6編の短編を収録。
どの話も読んでいて心がずしっと重くなる。とても苦い 粉薬をオブラート無しで飲んだように、口の中に何とも 言えない苦さが残る。そこに描かれている出来事が あまりに身近すぎるためか、拒否反応が起こってしまう のだ。いじめ、離婚、年老いた親の問題など、さまざまな 問題を読むのは、つら過ぎた。こういうテーマを扱う 小説は、正直言って苦手だ。


  地を這う虫  高村薫  ☆☆☆
奇妙な連続空き巣事件が発生。被害宅は仕事場への 道の途中の家だった。克明な観察とメモをもとに謎を 解き、犯人像に迫っていく、表題作「地を這う虫」を含め、 4編の短編を収録。
緻密な長編ミステリーでおなじみの高村薫だが、短編の 中にもキラリと光るものがある。お抱え運転手、サラ金 取立て屋、警備員など、日の当たらないような仕事に 就いている男達の心情が細やかに描かれている。 読み応えのある1冊。


  椿山課長の七日間  浅田次郎  ☆☆☆☆☆
「このまま成仏するわけにはいかない。」 突然死した椿山課長には、やり残したことがたくさん あった。その思いを遂げるため、彼は七日間だけこの世に もどってきた。限られた日数の中で、はたしてどれだけ 満足のいく行動がとれるのか・・・?
人は、愛する人を失った悲しみを乗り越えて生きていける 強さを持っている。だから、死んでいった人間が心配する ことなど、何もないのかもしれない。椿山課長が本当に やりたかったことは、自分を愛してくれた者たちへ、 「ありがとう」の言葉を伝えることではなかったのだろうか? 心を込めたありがとうの言葉の中には、その人のすべての 思いが凝縮されているような気がする。 人の生きる意味を改めて考えされられた本だった。


    村山由佳  ☆☆☆☆☆
「お前は呪われている。」「お前はみんなを不幸にする。」 母からの言葉による虐待は、真冬の心を切り裂いていく。 そんな真冬に手をさしのべたラリー。彼女は彼とともに 人生を歩もうとするが、思わぬ悲劇が待ち受けていた・・。
人は人を傷つけながら、そして自分自身も傷つきながら ではないと、生きていけないのだろうか? 信頼が裏切られた時、人の心はこれほどまでに醜くなる ものなのか。財産、人種、家族、どれもが人の心を良くも 悪くも変えていく。その中での真冬の凛とした姿はむしろ 悲しげに見えてくる。これからの真冬の人生、どうか愛に あふれた幸せな人生でありますように。


  天使の耳  東野圭吾  ☆☆☆☆
交差点での衝突事故。どちらも信号が青だったと主張 する。どちらの言い分が正しいのか?死亡した青年の 車に乗っていたのは、目が不自由な妹だった。彼女は どんな方法で信号が青だったことを証明するのか? 表題作「天使の耳」を含む6編の作品を収録した短編集。
6編すべてが車にまつわる話だ。その話が、どこにでも あるようなありふれた話で、それが思わぬ方向に発展して いくところに、この作品の恐ろしさがある。何気ない日常に 潜む落とし穴・・・。車に乗るのがちょっと怖くなる。


  天の夜曲  宮本輝  ☆☆☆☆☆
大阪で築いたものを全て失った松坂熊吾は、妻房江と 息子伸仁を連れ富山へ向かう。しかし、新事業のため 熊吾は一人大阪へと戻る。富山での母と子の生活、 大阪で一人奔走する熊吾。それぞれの試練の日は続く。
何年もの間待っていた、待望の「流転の海 第4部」は 期待を裏切らないものだった。人の心の強さ、弱さ、 そして本質。様々な人間の織りなすドラマが、読む者の 心をひきつける。この作品の完結までには、さらに長い 年月が必要だというが、気長に松坂一家の行く末を 見守っていきたいと思う。


  トキオ  東野圭吾  ☆☆☆☆
「拓実さん、俺はあんたの息子なんだよ。」
死の直前、17歳のトキオは過去に戻る。そしてそこで まだ23歳だった父拓実に出会うが・・・。
拓実の不幸な過去、現在の境遇・・・。開き直って生きて きた拓実の前に現れたトキオは、何とかして23歳の父を 立ち直らせようとする。反発しながらでも従う拓実。 そこには時を超えた親子の絆が確かにあった。 トキオは短い人生だった。しかし、拓実の息子として 生まれたことを、決して後悔しないだろう。 病床の息子に、最後に拓実が言った言葉が印象的 だった。感動的な作品。


  毒笑小説  東野圭吾  ☆☆☆☆☆
塾に習いごと、家庭教師・・・。あまりの忙しさに孫と遊ぶ 暇がない。祖父の訴えに友人の老人達が手を貸した。 前代未聞の「誘拐作戦」が始まった。果たして? 毒のある笑いに満ちた短編が12編。どれも傑作。


  図書室の海  恩田陸  ☆☆☆
「図書室の海をよろしく」そのメッセージに込められた 意味は?そのメッセージを書いた人物が借りた本を たどる関根夏。彼女の目的は?
「六番目の小夜子」の番外編で、関根秋の姉、夏の エピソードを描いた「図書室の海」を含め、10の短編を 収録。「恩田ワールド」と呼ばれる独自の世界を描いた 短編集だが、心にすんなりと受け入れられない感じが した。どの物語も、読後感がすっきりとはしない。 「球形の季節」を読んだときもこういう感じがした。 これがこの作者の特徴なのだろうか?


  十津川刑事の肖像  西村京太郎  ☆☆☆
週刊誌に、顔写真と身体的特徴だけで、ある男を探し 出す企画が載せられた。賞金は100万円。 あるカップルがその男を探し出すが、その男は何者かに刺され、死んでいた・・・。
「人殺しゲーム」を含む五つの短編を収録したおなじみの 十津川警部シリーズ。


  トム・ゴードンに恋した少女  スティーブン・キング  ☆☆☆☆
9歳の少女トリシアは、母と兄と3人でピクニックに出か ける。途中の遊歩道でトリシアは尿意をもよおし、わき道に 入り、そのまま森の奥へと迷い込んでしまう・・・。森の中で たった1人、9日間を生き抜いた9歳の少女のサバイバル物語。
たった1人森の中で、レッドソックスのリリーフピッチャー、 あこがれのトム・ゴードンとの空想の会話を楽しみ、 ありったけの知恵と気力で様々な困難を乗り越えていく 少女の姿はあきれるほどたくましい。読む方としては、 そんな少女の行動から片時も目を離すことができない。 最初から最後まで一気に読んでしまった。生きる勇気を 与えてくれる、元気が出る本。


  ナイフ  重松清  ☆☆☆
「いじめ」をテーマにした五つの作品を収録。 中学生くらいの子供を持つ親は読んでいてつらいと 感じる話。
おすすめになっている「流星ワゴン」と同じ作者だが、 この作品のテーマは、あまりにもつらく、暗い。


  泣きの銀次  宇江佐真理  ☆☆☆
「妹のお菊を殺したのは、いったい誰なんだ!?」 大店の跡継ぎだった銀次は、店を弟に譲って十手持ちに なる。果たして銀次は下手人を見つけることが出来る のか・・・?
「泣きの銀次」と呼ばれるほど、銀次は死体を見て泣く。 とにかく泣く。しかし、その涙は無念のうちに終えて しまった命を惜しむ涙なのだ。銀次の心の優しさが、 彼自身を泣かせるのだ。
そんな銀次のまわりには、彼を温かく見守る人たちが いる。現代に生きる私たちが忘れてしまった「人情」が、 そこにしっかりと描かれている。事件は悲惨な事件だが、 人と人とのふれあいをうまく描いているので、読み手は その事件をやんわりと受け取ることができる。ラストも よかった。


  夏と花火と私の死体  乙一  ☆☆☆
「私、健君が好きなの。」
そう言った時、五月は健の妹の弥生に木から突き落と され、殺される。 「死体を隠さなきゃ。」健と弥生は五月の死体を安全な 場所へ隠すため、四苦八苦する・・・。
死体を抱えた兄妹の様子がテンポよく書かれていて 面白い。殺された五月が「わたし」という一人称で語ると いう、今までにない形で書かれているのもユニークだ。 この作品は、作者が16歳の時に書かれ、17歳の時に 発表されたものだ。当時、作家たちが騒然となったと いうのもうなずける話だと思った。


  夏の庭  湯本香樹実  ☆☆☆
「人が死ぬところを見たい。」少年達は一人暮らしの 老人に目をつけ、観察を始める。しかし、老人は次第に 元気を取り戻していく・・・。
少年達と老人の心が次第にふれあい、交流していく様が 実によく描かれている。人の生と死も、作者は正面から しっかり見据えている。しかし、「死」というものを前面に 押し出しすぎていると感じるところがあり、様々な人の 死を経験している私は、思わず引いてしまったような 場面が何度もあった。 少年の心の成長だけを視点にとらえ読むのならいいが、 それに「死」という問題を絡めると、どうしても抵抗が あった。読む人の「死生観」で、作品の評価が違って くるのではないだろうか。


  日曜日の夕刊  重松清  ☆☆☆☆☆
チマチマしたチマ男、そして何にでもガサツなガサ子。 どこにでもいそうなカップルの話をほほえましく描く 「チマ男とガサ子」を含め、12の短編を収録。
何気ない日常のできごとに目を向ける作者の温もりが 伝わってくるようだ。誰の心にもある悩みや苦しみを ていねいに見つめ、それをやさしく包み込んでいる。 「ナイフ」を書いた作者の作品だとは、とても思えな かった。意外!!


  脳治療革命の朝(あした)  柳田邦男  ☆☆☆☆
脳が頭蓋から飛び出した青年が、歩けるようになった。 海に落ちて1時間も心臓停止した少年が、何の後遺症も なく元気になった。
最新の画期的な脳の治療法「脳低温療法」によって奇跡 の生還を遂げた人々の記録。これを読むと「脳死」とは 何かを改めて考えさせられた。


  発火点  真保裕一  ☆☆☆
「父が殺される」という、12歳の夏の衝撃的な事件。 杉本敦也は心に深い傷を抱えていた。そして9年後の 21歳。様々な人との出会いと別れは、彼を成長させ、 9年前の事件を冷静に見つめてみようと思い起こさせる。 西伊豆・・・。事件のあった場所へ彼は向かう。そして、 父を殺した沼田の出現。そこに真実は見えるのか?
現在の出来事と過去の出来事が交錯するように話は 進んでいく。敦也自身が淡々と語っていく展開に少々 うんざりする場面もあった。 「平坦な道をただひたすら歩いていく。」読んでいてそんな 感じだった。人の心に憎しみの炎を燃やす発火点。 果たして、この作品に書かれているようなことで人は そうなるものだろうか?真実を直接つかめないもどかしさも 残る。「読後すっきり」にはならない作品だった。


  鳩笛草  宮部みゆき  ☆☆☆☆
人の心が読めるという能力を生かすため、刑事になった 本田貴子。彼女の悩み、苦しみを描いた表題作「鳩笛草」 を初め、超能力と呼ばれる能力を持った女性を描いた 3編の作品を収録。


  半パン・デイズ  重松清  ☆☆☆☆
1970年代を舞台にし、少年たちを瑞々しい感性で 描いた作品。
どんな人にも、心の中に少年時代や少女時代のきらめく ような思い出が残っているのではないだろうか? 同じ時代を生きてきた私は、読んでいてふとなつかしさを おぼえた。「古きよき時代」まさにその言葉がぴったりの 時代だった。少年という言葉にはまだ純粋さが残っていた。 うれしいこと、悲しいこと、つらいこと、くやしいこと、 いろいろ経験して少年たちは一つずつ階段を上っていく。 著者が言うようにこの作品は、まさに「ぼくたちみんなの 自伝」と呼ぶにふさわしい。


  光射す海  鈴木光司  ☆☆☆
自殺未遂を起こした女性は、記憶を失っていた。恋人と 思われる男性はマグロ船に乗り込んで、はるか海の かなたに。二人の間に何があったのか? ひそかに女性を慕う青年が、失われた過去を調べ 始める。女性の心に重くのしかかる、遺伝子の持つ 意味とは?様々な人の人生や思いを織り込んで、物語は 意外な方向へと進んでいく・・。
「リング」「らせん」などから、ホラー系の作家だと思って いたが、人の心に触れるような作品を書いているとは ちょっと意外だった。思わず微笑みたくなるようなラストも 用意されていて、とてもうれしい。


  ビタミンF  重松清  ☆☆☆☆
Family、Father、Friend、Fight、Fragile、Fortune など「F」で始まるさまざまな言葉を、個々の作品の キーワードとして埋め込んだ七つの短編を収録。
さまざまな家族、さまざまな人間を切なく描く、胸にしみる 作品。


  人質カノン  宮部みゆき  ☆☆☆
帰宅途中で立ち寄ったコンビニで、ピストル強盗に遭遇 した!!強盗は尻ポケットから赤ちゃんのオモチャの ガラガラを落として去って行った・・・。なぜそんなものを? 表題作「人質カノン」を初めとして、日常生活の中に潜む ミステリ−を集めた傑作。


  秘密  重信メイ  ☆☆☆
日本赤軍のリーダーだった重信房子の娘として生まれた 作者の28年間を描いた作品。
パレスチナで生まれ、無国籍のまま生きてきた彼女は、 母である重信房子が日本で逮捕されたのをきっかけに、 日本国籍を収得し日本にやって来る。 日本では「テロリスト」として扱われているが、重信房子は パレスチナでは敬愛される「英雄」だったという記述は 興味深い。しかし、私にはどうしても「英雄」だという 記述には抵抗を感じる面もある。日本赤軍が行った ことに対する印象はあまりにも強烈だった。 彼女は「テロリスト」としての母についてはどう思って いるのだろうか?たくさんの人の命を奪ったという事実に ついては、何も感じていないのだろうか?そこのところを ぜひ聞いてみたいと思った。


  プラスティック  井上夢人  ☆☆☆☆
奥村恭輔はある日、自分の部屋のドアポケットに入って いたフロッピイディスクを発見する。その中には同じ階に 住む向井洵子の日記が収められていた。彼はそこに 書かれていることにしだいに興味を抱くようになるが、 その向井洵子の部屋で殺人事件が発生する。なぜ彼女は フロッピイディスクを、それほど親しくもない奥村恭輔の ドアポケットに入れたのか?そこには多くの謎が隠されて いた。
1枚のフロッピイディスクの中に様々な人間のファイルが 収められていて、読者がそれを読んでいくという形で 物語が進行していく。はたしてだれがどんな目的で事件を 起こしたのか?しだいに真実が明らかになるとき、意外な 展開に読者はきっと、あっというに違いない。結末は・・・ どうか自分の目で確かめてください。


  プロジェクトX〜挑戦者たち(1)執念の逆転劇
             NHKプロジェクトX制作班編 ☆☆☆☆
不可能と思われるプロジェクトに挑戦し、数々の困難を 乗り越え、偉業を成し遂げた人々の感動の記録。
 ・巨大台風から日本を守れ
    富士山頂〜男たちは命をかけた
 ・窓際族が世界規格を作った
    VHS・執念の逆転劇
 ・友の死を超えて
    青函トンネル・24年の大工事
 ・ガンを探し出せ
    完全国産・胃カメラ開発
 ・世界を驚かせた一台の車
    名社長と闘った若手社員たち
 ・妻へ贈ったダイニングキチン
    勝負は一坪・住宅革命の秘密
以上6編を収録。


  プロジェクトX〜挑戦者たち(2)復活への舞台裏
             NHKプロジェクトX制作班編  ☆☆☆
不可能と思われるプロジェクトに挑戦し、数々の困難を 乗り越え、偉業を成し遂げた人々の感動の記録。
 ・執念が生んだ新幹線
    老友90歳・飛行機が姿を変えた
 ・カ−ル・ルイスの魔法の靴
    超軽量シューズ 若手社員の闘い
 ・海底ロマン!深海6500mへの挑戦
    潜水調査船・世界記録までの25年
 ・全島1万人 史上最大の脱出作戦
    三原山噴火・13時間のドラマ
 ・美空ひばり 復活コンサ−ト
    伝説の東京ドーム・舞台裏の300人
 ・裕弥ちゃん1歳 輝け命
    日本初・親から子への肝臓移植
以上6編を収録。


  プロジェクトX〜挑戦者たち(3)翼よ、よみがえれ
             NHKプロジェクトX制作班編  ☆☆☆
不可能と思われるプロジェクトに挑戦し、数々の困難を 乗り越え、偉業を成し遂げた人々の感動の記録。
 ・パンダが日本にやってきた
    カンカン重病・知られざる11日間
 ・厳冬 黒四ダムに挑む
    断崖絶壁の輸送作戦
 ・海のかなたの甲子園
    熱血教師たち・沖縄 涙の初勝利
 ・翼はよみがえった
    YS−11 国内初の国産旅客機
 ・国境を越えた救出劇
    大やけど コンスタンチン君・命のリレー
以上5編を収録。


  プロジェクトX〜挑戦者たち(4)男たちの飽くなき闘い
             NHKプロジェクトX制作班編  ☆☆☆
不可能と思われるプロジェクトに挑戦し、数々の困難を 乗り越え、偉業を成し遂げた人々の感動の記録。
 ・宇宙ロマン すばる
    140億光年 世界一の望遠鏡
 ・誕生!人の目を持つ夢のカメラ
    オートフォーカス 14年目の逆転
 ・東京タワー 恋人たちの戦い
    世界一のテレビ塔建設・333メートルの難工事
 ・海底3000メートルの大捜索
    HUロケットエンジンを探し出せ
 ・悪から金を取り戻せ
    豊田商事事件・中坊公平チームの闘い
以上5編を収録。


  プロジェクトX〜挑戦者たち(5)そして風が吹いた
             NHKプロジェクトX制作班編  ☆☆☆
不可能と思われるプロジェクトに挑戦し、数々の困難を 乗り越え、偉業を成し遂げた人々の感動の記録。
 ・幻の金堂 ゼロからの挑戦
    薬師寺・鬼の名工と若武者たち
 ・うまいコメが食べたい
    コシヒカリ ブランド米の伝説
 ・日米逆転! コンビニを作った素人たち
 ・ロータリー47士の闘い
    夢のエンジン誕生からルマン制覇まで
 ・ツッパリ生徒と泣き虫先生
    伏見工業ラグビー部・日本一への挑戦
 ・よみがえれ日本海
    ナホトカ号 重油流出・30万人の奇跡
以上6編を収録。


  プロジェクトX〜挑戦者たち(6)ジャパンパワー、飛翔
             NHKプロジェクトX制作班編  ☆☆☆
不可能と思われるプロジェクトに挑戦し、数々の困難を 乗り越え、偉業を成し遂げた人々の感動の記録。
 ・伝説の深き森を守れ
    世界遺産・屋久杉の島
 ・町工場 世界へ翔ぶ
    トランジスタラジオ・営業マンの闘い
 ・女たちの10年戦争
    「男女雇用機会均等法」誕生
 ・エベレストへ 熱き1400日
    日本女子登山隊の闘い
 ・奇跡の心臓手術に挑む
    天才外科医の秘めた決意
 ・ゴジラ誕生
    特撮に賭けた80人の若者たち
以上6編を収録。


  プロジェクトX〜挑戦者たち(7)未来への総力戦
             NHKプロジェクトX制作班編  ☆☆☆
不可能と思われるプロジェクトに挑戦し、数々の困難を 乗り越え、偉業を成し遂げた人々の感動の記録。
 ・女子ソフト 銀 知られざる日々
    不屈の闘い・リストラからの再起
 ・男たち 不屈のドラマ 瀬戸大橋
    世紀の難工事に挑む
 ・『宗谷』発進・第一次南極観測隊
    日本人が一つになった880日
 ・倒産からの大逆転劇 電気釜
    町工場一家の総力戦
 ・えりも岬に春を呼べ
    砂漠を森に・北の家族の半世紀
以上5編を収録。


  プロジェクトX〜挑戦者たち(8)思いは国境を越えた
             NHKプロジェクトX制作班編  ☆☆☆
不可能と思われるプロジェクトに挑戦し、数々の困難を 乗り越え、偉業を成し遂げた人々の感動の記録。
 ・戦場にかけろ 日本橋
    カンボジア・技術者と兵士の闘い
 ・大地の子 日本へ
    中国残留孤児・35年目の再会劇
 ・液晶 執念の対決
    瀬戸際のリーダー・大勝負
 ・耳を澄ませ 赤ちゃんの声
    伝説のパルモア病院誕生
以上4編を収録。


  プロジェクトX〜挑戦者たち(9)熱き心、炎のごとく
             NHKプロジェクトX制作班編  ☆☆☆
不可能と思われるプロジェクトに挑戦し、数々の困難を 乗り越え、偉業を成し遂げた人々の感動の記録。
 ・史上最大の集金作戦 広島カープ
    市民とナインの熱い日々
 ・日本初のマイカー てんとう虫 町をゆく
    家族たちの自動車革命
 ・霞が関ビル 超高層への果てなき闘い
    地震列島 日本の革命技術
 ・炎上 男たちは飛び込んだ
    ホテルニュージャパン・伝説の消防士たち
 ・腕と度胸のトラック便
    翌日宅配・物流革命が始まった
 ・男たちのH−Uロケット 天空へ
以上6編を収録。


  プロジェクトX〜挑戦者たち(10)夢 遥か、決戦への秘策
             NHKプロジェクトX制作班編  ☆☆☆
不可能と思われるプロジェクトに挑戦し、数々の困難を 乗り越え、偉業を成し遂げた人々の感動の記録。
 ・父と息子 執念燃ゆ 大辞典
    30年・空前の言葉探し
 ・通勤ラッシュを退治せよ
    世界初・自動改札機誕生
 ・兄弟10人 海の革命劇
    魚群探知機・ドンビリ船の奇跡
 ・炎のアラビア
    巨大油田に挑んだ技術者たち
 ・鉄の男たち 逆境からの日本一
    伝説の釜石ラグビー部
以上5編を収録。


  プロジェクトX〜挑戦者たち(11)新たなる伝説、世界へ
             NHKプロジェクトX制作班編  ☆☆☆☆
不可能と思われるプロジェクトに挑戦し、数々の困難を 乗り越え、偉業を成し遂げた人々の感動の記録。
 ・逆転 田舎工場 世界を制す
    クオーツ・革命の腕時計
 ・白鷺舞え 空前の解体工事
    姫路城・定年前の大仕事
 ・絶体絶命650人 決死の脱出劇
    土石流と闘った8時間
 ・巨大モグラ ドーバーを掘れ
    地下一筋・男たちは国境を越えた
 ・リヒテルが愛した執念のピアノ
 ・レーザー 光のメスで命を救え
    倒産工場と脳外科医の闘い
以上6編を収録。 このシリーズを読むと、人間はどんなときもあきらめずに 努力することが必要なのだと強く感じる。勇気ややる気を 起こさせる本。


  岬へ  伊集院静  ☆☆☆☆
父の反対を押し切っての東京の大学への進学。そこでの いろいろな人とのかかわりの中から、しだいに大人として 生きるすべを学んでいく英雄。 家を継がないという英雄の真意を知った父との決別、 弟正雄の遭難事故、旧友との切ない再会。人との絆を 強烈に感じさせる、海峡、春雷に続く自伝的作品の 第3部。
人はどんなことがあっても逃げてはいけない。生きて いかなければならない。英雄は人とのふれあいの中で、 確実に何かをつかみ取り、新たな1歩を踏み出していく。 決して忘れてはならないもの、それは英雄に対する さまざまな人の思いだ。その思いを無にすることなく 歩んでほしい。人は人に支えられて生きているのだから。


  水の中のふたつの月  乃南アサ  ☆☆☆
突然の1本の電話から、10年前の「仲良し3人組」が 復活する。3人には誰にも言わないと堅く約束した秘密が あった・・・。
3人の現在と、過去の出来事が交互に描かれていて、 どちらの出来事も徐々にその真相が分かっていく。 3人が持っている秘密の正体が知りたくて、あっという間に 読んでしまった。 女性というのは、無邪気な少女に見えても意外と怖いもの だなと同性ながら思った。10年後再会した彼女たちには、 また一つ共通の秘密が増えた。その二つの秘密を死ぬ まで引きずって生きていくことを選んだ彼女たちの したたかさには、圧倒される。ラストの1行が衝撃!


  三たびの海峡  帚木蓬生  ☆☆☆☆☆
1943(昭和18)年、河時根(ハーシグン)は17歳の 時に父親のかわりに強制連行され、九州の炭鉱で 働かされる。やがて終戦。彼は日本人女性と二人で故郷に 帰るが、ついには別れ別れになる。そして月日が流れ 半世紀が過ぎ、彼は再び朝鮮海峡を越える。三度目の 海峡越え、それは釜山に届いた一通の手紙がきっかけ だった・・。
強制連行、悲惨な状況下での過酷な労働、仲間の相次ぐ 死。数十年の時を経てもなお残る無念の思い。架空の 物語ではあるが、ここに書かれている朝鮮の人たちへの 残酷なまでのむごい仕打ちは、実際にあったことだ。 心に深く刻まれ決して消えることのない傷を、日本人は 朝鮮の人たちにつけてしまった。胸が痛むと同時に、 申し訳ない気持ちでいっぱいになった。 この作品は日本人なら絶対に読むべきものだ。そして 歴史をしっかり見据えてほしい。


  向田邦子の恋文  向田和子  ☆☆☆
没後20年以上を経て明かされた、N氏と向田邦子さんの 秘められた恋。妹和子さんが迷いながらも、その手紙や N氏の日記を公開した。この本の全てが、手紙や日記で 埋め尽くされているのかと期待したが、それは前半だけで、 N氏の日記の部分が多く、向田邦子さんの手紙はほんの 数通だった。後半の部分は、和子さんの、向田邦子さんに ついて書かれた文章だ。 それでも、断片的に彼女がN氏とどういう付き合いをして いたのかを垣間見ることができる。N氏は自殺したという。 悲しみを胸にしまいこんで、気丈に仕事を続ける彼女の 姿が目に浮かぶようだ。今までにない一面を見た。


  無明の蝶  出久根達郎  ☆☆☆
古本屋「芳雅堂」の主人と、そこに出入りする様々な客、 友人などの人間関係を、時にはユーモラスに、時には しんみりと描いた短編。 彼にしか描けない世界があり、それに触れるのはとても 楽しい。現実にあったことなのか、創作なのか、読む者を 惑わす。古本屋・・・。今の大型書店にはない味わいが そこにある。本と一緒に心のやりとりをしている。読んでいて そう感じた。


  黙示録殺人事件  西村京太郎  ☆☆☆
久しぶりの休日、亀山刑事は銀座で家族と楽しい時を 過ごしていた。そこに突然蝶の大群が現れる。蝶の 飛んできた方角を調べるうちに、彼は青年の死体を 発見する。それは恐るべき事件の始まりだった。 狂信的集団のリ−ダ−野見山、彼はこの事件にどう かかわっているのか?何をたくらんでいるのか? 十津川警部はどう立ち向かっていくのか?傑作長篇 ミステリ−。


  誘拐の果実  真保裕一  ☆☆☆☆☆
大病院の院長の17歳の孫娘辻倉恵美の誘拐と、19歳の 大学生工藤巧の誘拐事件には、大企業「バッカス」という 共通点があった。果たして偶然なのか?この二つの 誘拐事件の裏には、何が隠されているのか?
誘拐という事態に直面し、あわてふためく大人たちの姿が 哀れでもあり、おかしくもある。 自分の利益ばかりを考える大人たち。それを批判的な 目で見る子供たち。誘拐は確かに犯罪だが、この二つの 事件がもたらした意義は大きい。「誘拐の果実」、この 言葉の意味を理解した時、きっとさわやかな感動に 包まれるに違いない。


  リヴィエラを撃て  高村薫  ☆☆☆☆
「ジャック・モーガンが 《リヴィエラ》 に殺される!」 若い女が、悲痛な声を上げて110番してくる。 しかし、その女もジャック・モーガンも、何者かに殺される。 二人が暮らしていた部屋に残されたものは生後6ヶ月の 赤ん坊と、十数枚のピアノ曲のレコードだった。ピアノの 演奏者はノーマン・シンクレア。 《リヴィエラ》 とは?そしてジャック・モーガンが日本で 殺された理由とは? そんな中、ノーマン・シンクレアの突然の東京公演が 決定される。ノーマンの目的はいったい何か?
国際国家、組織などのいろいろな思惑が交錯し渦巻く中、 さまざまな人間の血が流れる。コードネーム 《リヴィエラ》 の謎を抱えたまま、物語は突っ走る。複雑な社会背景と 人間関係が、緻密な文章で組み立てられていく。 「腰をすえてしっかり読まなければ、その複雑な関係が 頭の中で混乱してしまう。」そう思いながら読んだ。 国家や組織に翻弄される人間の愚かさ、無力さ、悲しさ、 そういうものが見事に描かれた、読みごたえのある1冊 だった。


  リプレイ  ケン・グリムウッド  ☆☆☆☆
ニュースディレクターのジェフは、1988年10月18日に 心臓発作に襲われ、43歳で死亡した。しかし彼は大学の 学生寮で眼を覚ます。知識、記憶はそのままで、体は 25年前の18歳に戻っていた。 彼は記憶をもとに株・競馬などにお金を賭け、大金持ちに なる。しかし、再び同年同時刻に死亡。そして気がつくと また18歳に逆戻り・・・。何度でも人生のやり直しが できるが、彼は次第にむなしさを覚える。 人生を何度でも繰り返すことのできる彼の人生の意外な 結末は?
誰もが一度は考える「人生のやり直し」。それが実際に できたら?という夢のあるテーマだが、何度も何度も 繰り返されると、それは悲劇に変わってくる。 彼のとまどい、喜び、苦悩・・・。それを読んでいると、 人生はたった一度でいい、一度だから素晴らしいのだと 思えてくる。


  流星ワゴン  重松清  ☆☆☆☆☆
家庭の崩壊、失業。打ちひしがれ、死を願うカズオの 前に現れたのは、5年前に交通事故でこの世を去った 親子だった。 彼らの乗るワゴンに同乗したカズオは、自分の人生の 転機となる過去へと向かう。 そしてそこで会ったのは、カズオと同じ年の父だった! 親子、家族、過去、未来・・・。切実に現実からの逃避を 願う彼がたどりついた結論とは?読む人の心を揺さぶる 感動の1冊。泣ける!


  レイクサイド  東野圭吾  ☆☆
姫神湖の別荘地、並木俊介夫妻を含め、4組の夫婦が 子供の私立中学校受験の合宿のため、ここを訪れる。 やがて俊介の後を追うように、愛人の英里子も仕事の 話を口実にやって来る。しかし、彼女は殺される。 犯人は、俊介の妻の美奈子!?
最初から霧がかかったような話の進め方。殺人という 事実だけが明白で、あとは陰に何かが隠されている感じ。 霧が晴れるのは物語の終盤。しかしそれも完全に晴れる 訳ではない。心の片隅に釈然としないものを残し、物語は 終わる。あまり読後感がすっきりしない、物足りない 思いが残る作品だった。


  冷静と情熱のあいだ  辻仁成 江國香織  ☆☆☆☆
ずっとこのまま一緒にいると思っていた。そんな二人に 訪れた思いもよらぬ別れ。 別々に歩き始めた二人だけれど、あおいの心には 順正が、順正の心にはあおいが、いつも寄り添っていた。 「10年前の約束を覚えているだろうか?」 二人は迷いながらも、その日を見つめた。 それぞれがまるでジグソーパズルの最後の1片を求める ように、それぞれを求めている。一緒にいなければ心が 満たされることは決してない。静かなる秘めた情熱。 女性のあおいの立場から描いた「赤」、男性の順正の 立場から描いた「青」。この二つの本が見事なまでに とけ合って、素晴らしい物語をかもし出す。こんな恋愛が してみたいと、思わずため息が出てしまう。いつまでも 心に残る素敵な作品だった。


  恋愛中毒  山本文緒  ☆☆☆☆
もう恋愛は二度としない・・・。
そう決心した水無月美雨の前に小説家創路(いつじ)が 現れる。かれは強引に美雨の心の中に入り込んできた。 だれも愛さないと決めたはずの美雨は、創路との恋愛に しだいにのめり込み、ついには彼女自身の心をしばり つけてしまうことになる・・。
大人の小説。読んでいてそう感じた。恋愛をする女性の 心理をここまで細やかに描いているなんて!作者は 恋愛の達人では?きれいな恋愛の話ではない。 どこか現実味のある話だから、引きつけられるのでは ないだろうか。 しかし、女性遍歴豊かな男性にそこまで振り回される こともないのでは?読んでいてじれったい面もあった。


  6月19日の花嫁  乃南アサ  ☆☆☆☆
6月12日、千尋は交通事故で記憶を失う。ただ一つ 彼女が思い出したのは、6月19日に結婚式を挙げると いうこと。だれと?どこで?千尋の過去探しが始まる。 断片的に思い出す記憶。思いがけない真実が現れた時 千尋は?
とにかく一気に読める。記憶喪失の人を主人公にした 話はほかにもあって読んだことがあるが、どう結論まで もって行くのかが面白さの鍵になる。この作品はとにかく 面白い。いろいろな要素をからませ、最後まで読者を 飽きさせない。ラストの描写も、思わず読者をニヤリと させる心憎いものだった。


  六番目の小夜子  恩田陸  ☆☆☆☆
10年以上前から学校の中でひそかに受け継がれてきた 「サヨコ」。今年は六番目の「サヨコ」が誕生するという 年に、奇妙な出来事が起こる。 転校してきた津村沙世子、彼女は「サヨコ」と関わりが あるのだろうか?目に見えない恐怖が心のすき間に 入り込む・・・。本当に恐いものは、人の心が作りだす ものなのかもしれない。この作品を読んでそう感じた。 全体としては面白いが、謎のまますっきりしない部分も あり、読む人によって評価は分かれるかもしれない。


  私が彼を殺した  東野圭吾  ☆☆☆☆
結婚式当日、新郎の穂高誠が殺される。常用していた薬の かわりにカプセルに入れられた、硝酸ストリキニーネに よる毒殺だった。日ごろから穂高をよく思っていない3人が 容疑者として浮かび上がる。彼に毒入りカプセルを飲ま せたのは果たして誰か?またどんな方法で?一つ一つの 事実が丹念に積み重ねられた時、犯人像が見えてくる。 読むものをあっと言わせる異色の結末ミステリー。
最初から最後までじっくりていねいに読んでほしい本。 ていねいに読むことの意味が、ラストできっとわかるはず。 必ず「あっ!」ということ間違いなし!


  わだつみの森  濱岡稔  ☆☆☆
嵐の夜一緒になった男女5人は、道を探し歩く途中、 古びた洋館を発見する。そこには世俗を離れひっそりと 暮らす3人の女性がいた。嵐がおさまるまで5人は その洋館にとどまることになるが、それは恐ろしい惨劇の 幕開けだった。次から次へと起こる殺人。現場に残された 数字の意味は?洋館に隠された秘密とは?謎が明らかに なった時、新たな悲劇が待っていた・・・。
しっかりと構成され、内容の濃い作品になっている。登場 人物も個性的で、ラストまでの話の進め方も見事! 「作者の書きたかったこと、言いたかったことがしっかり 詰め込まれている。」読み終わった時、そう感じた。 ただ、ある程度文学的な知識がなければ、この作品を 本当に楽しむことができないのではないだろうか。 一般の人にはちょっと難解な仕上がりになっている。