地下鉄(メトロ)に乗って  浅田次郎
ある男が地下鉄に乗った時、ふとしたはずみでタイムトリップし、
過去の父や兄の姿を目撃してしまうという物語です。
30年前の自殺直前の兄の様子や、自殺した本当の理由、父の
過去−父自ら封印し、決して語ることのなかった過去−をも
知ることになります。
過去、それがどんなに悲しくつらいものであっっても、決して 変える
事はできません。しかし人はそれらをしっかりと受け止め見すえる
ことで、未来への確実な一歩を踏み出すことができるのです。
この本はそれを私達に教えてくれていると思います。
ラストはとても切なく、思わず涙が出ました。心が揺さぶられるような
本でした。


13階段  高野和明
期限3ヶ月、報酬1000万円。
喧嘩で人を殺し仮釈放中の青年と、犯罪者の矯正に絶望した
刑務官。この2人に依頼されたのは、死刑囚の冤罪を晴らすこと
だった。複雑に絡み合った真実を解きほぐすと、さらなる真実が
見えてくる・・・。
「限られた時間」という枠の中で行動する2人。全ての真実が
明らかになった時、読んでいる者は思わず驚きの声を上げるに
違いありません。
この作品は、人をぐいぐい引きつけ、そして一気に読みたいと
思わせる不思議な力を持っています。
テ−マはかなり重いものを扱っていますが、その重さを感じさせない
ところに、この作品の魅力があります。
読んだ後、かなりの満足感を感じる作品です。


「死の医学」への序章  柳田邦男
もしもある日限られた命だと知ってしまったなら、果たして自分なら
どうするだろう。取り乱し、泣きわめき、自暴自棄になってしまう
のか?それとも精一杯生きようと努力するのか?
この作品は、死を宣告された医師の壮絶なまでの生き様を克明に
記録した作品です。
医師として今までやってきたことを彼は本にまとめ、後生に伝えようと
します。それは、通常の仕事、講演活動など様々なスケジュ−ルの
合間をぬっての作業でした。彼は患者になってみて初めて患者の
心理状態を知りました。死に臨む患者に医師としてどう接すれば
いいのか、両方の立場を理解できる彼だからこそ、そのことを
どうしても記録せずにはいられませんでした。
最後は、時間との戦いでした。残された時間を限界までがんばり
続けた彼の生きる事への情熱には、とても感動しました。
人はどう自分の死を迎えるべきか?とても難しいことですが、誰もが
そのことから逃れることはできません。
彼の生き方は、きっと読む者に何かを教えてくれるでしょう。
読んだ後、死生観が少し変わったような気がします。


ガン回廊の朝(あした)  柳田邦男
国立ガンセンタ−が設立され、そこが日本のガンに対する中心的
存在になるまでを描いたドキュメンタリ−です。
ガンの早期発見、治療方法、集団検診の確立、全国の医師に早期
ガンを見分けてもらうのにはどうすればいいのかなど、たくさんの
問題をひとつひとつ克服していく過程は感動ものです。今では当たり
前になっている集団検診も、いろいろな努力の末に生まれました。
20年以上前に書かれた本ですが、ガンに対する歴史書的な本だと
思います。ぜひ読んでみることを、おすすめします。


毒笑小説  東野圭吾
塾に習いごと、家庭教師・・・。スケジュ−ルぎっしりの孫と遊ぶ
暇がないと嘆く祖父に、友人の老人二人が手を貸した。前代未聞の
「誘拐作戦」が始まった。果たして結末は?
祖父が孫と遊びたいばかりに孫を誘拐する「誘拐天国」を含め、
傑作12編が収められている短編集です。どれも現代社会をブラック
ユ−モア的に描いていて、読んでいて痛快です。
「変身」「分身」「秘密」「白夜行」などを読んだ時の東野圭吾の
イメ−ジと、この作品を読んだ時の東野圭吾のイメ−ジが一致しない
くらい、この作品はユ−モアに富んでいます。
「彼の新たな一面を見た。」そんな作品でした。


屍鬼  小野不由美
古い因習がいまだに残る外場村。悲劇は突然に訪れた。次々に
村人が不審な死を遂げる。そこへ引っ越してきた謎の家族。
とどまるところを知らない村人たちの死は、しだいに村を不安に
おとしいれていく。やがて、その正体に気づいた村人たちは、
村を救うべく凶器を持って立ち上がる。
この本は単なるホラー小説ではありません。恐怖という言葉の
もとに、人間の持つ愚かさや、弱さ、残虐さを鋭く描き出しています。
人間は「生きる」ために他の生き物を殺すことを厭いません。だが、
「生きる」ために人間が人間を殺すことは、絶対に認めません。
しかし、もし人間を殺さなければ生きていけないとしたら?
殺さなければ自分が死ぬという事態に直面したとき、「誰も殺さずに、
自分自身が死ぬべきだ。」と毅然として言えるでしょうか。
そもそも、生きているとはどういうことでしょうか?体温があり、
呼吸して、心臓が動いていれば、それでいいのでしょうか?
全てが停止していても、その人の人格だけがしっかりと存在している
場合はどうでしょう?「脳死」とは全く逆の場合があるとしたら、
その人間は生きているのでしょうか、死んでいるのでしょうか?
この本のラストに切なさを感じるのは、そういういろいろな思いが
交錯するからではないかと思います。
読みごたえのある、満足感が残る作品です。
「人とは?」「生きるとは?」
こんな問いかけを自分自身にしたくなるに違いありません。


流星ワゴン  重松清
家庭の崩壊、失業。打ちひしがれ、死を願うカズオの前に現れた
のは、5年前に交通事故でこの世を去った親子だった。彼らの
乗るワゴンに同乗したカズオは、自分の人生の転機となる
過去へと向かう。そしてそこで会ったのは、カズオと同じ年の
父だった!
親子、家族、過去、未来・・・。切実に現実からの逃避を願う彼が
たどりついた結論とは?
あの時なぜ気がつかなかったのだろう?あの時ああしていれば・・・。
人間はいつも後悔しながら生きていくのかもしれません。
でも大切なのは、過去を変えることではなく、起こってしまった
過去を見据えて、未来をどう生きるのかを考えることです。
投げ出したらそこで終わってしまいます。
橋本さん親子のワゴンは、死にたいと思っている人をあの世に
連れて行くのではなく、乗せた人に生きる希望を与えてくれる
ワゴンなのです。
親子・・・。心が離れているようでも、どこかでしっかりつながって
いるものなのですね。
過去の出来事がよかったのか悪かったのか?それを決めるのは、
私達が未来をどう生きていくのかにかかっています。起こって
しまった過去はもう変えることが出来ません。でも、そこから出発する
未来は数限りなくあります。親子とは?家族とは?そして生きる
とは?この作品は様々なテーマを投げかけてきます。感動の1冊
です。ぜひ読むことをおすすめします。


イントゥルーダー  高嶋哲夫
「あなたの息子が重体です。」25年前に突然自分の前から姿を
消した女性からの電話は衝撃的だった。
初めて会った息子の目は二度々開かれることなく、言葉も交わす
ことはできなかった。生きて会うことのなかった息子の死の真相を
暴くべく、羽嶋は行動を開始する。そこには、恐るべき犯罪が
隠されていた。
突然自分に息子がいると知って驚いた羽嶋でしたが、徐々に息子に
対し、父親としての感情が芽生えてきます。それだけに言葉を交わす
こともなく別れていかなければならない父と子の姿が哀れでした。
息子のほうは父親の存在を知っていて、その活躍をファイルし、
接触も試みていたのです。離れていても親子は親子なのだと感じ
ました。いろいろな人からの話でしか息子のことを知りえない
父親が、息子の死の真相を暴いていく姿は印象的です。
大企業は自分が生き残るためには手段を選びません。それは現実
社会の中でも同じではないでしょうか?全ての真相を暴きだした時、
羽嶋とその息子は初めて真の親子になった、そんな感じがします。
できれば羽嶋には息子の分まで生きてほしい、そう願わずには
いられないラストでした。


日曜日の夕刊  重松清
どこにでもいそうなカップルを面白おかしく描いた「チマ男とガサ子」、
網棚に忘れられた赤いカーネーションを見た様々な人たちの心の
揺れを描く「カーネーション」など、12の短編を収録。
何気ない日常のできごとに目を向ける作者の温もりが伝わって
くるようです。誰の心にもある悩みや苦しみをていねいに見つめ、
それをやさしく包み込んでいます。読んでいくと、そこには必ず
自分の心と重なる何かを感じずにはいられないでしょう。
幼い日の自分、学生の時の自分、昨日の自分、様々な自分の姿が
見えてきます。
「世の中を埋めつくす暗いニュースや悲観的なメッセージのすき間を
見つけて、ふわっとした手触りのささやかなおとぎ話が書けないか。」
そんな作者の思いは大成功!思わず拍手です!


暗いところで待ち合わせ  乙一
視力を失くし、頼るべき父も失い、一人静かに暮らすミチル。
そこへ殺人犯として追われるアキヒロが逃げ込んできた。
アキヒロは自分の気配を隠し、居間の隅にうずくまる。ミチルは
部屋の中に誰かいる気配を感じながら、危険を避けるため、
気づかないふりをして生活しようと決心する・・・。
お互い今まで、他人との関わりを避けるようにして生きてきた二人
でしたが、奇妙な同居生活が次第に二人の心を共鳴させていきます。
その心のひだが実によく描かれていて、印象的でした。
一人でいることが気楽なことではなく、どんなに孤独で寂しいものか、
それを知った時、ミチルとアキヒロは新たな人生を歩み始める
ことになるのです。
「二人の前途に拍手を送りたい。」
読み終わったあと、そう思わずにはいられませんでした。